五日目その二

 首のない女性に通された応接間には、すでに二人の人影があった。先日検査をしてくれた眼医者と外科医だ。

「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

 眼医者がタバコを吹かしながらそう言うと、外科医がぺらぺらの身体を揺らめかせながら、

「あんたも今さっき着いたところじゃろうが。座るなりタバコに火を点けおってからに」

 と文句を言った。眼医者はそちらに視線をやったが、すぐに僕の方に向き直った。

「天霧くん、だったね。その異能のせいで外では苦労も多かったじゃろう。キミが良かったらこの死なぬ路でつかの間過ごしてみてはどうかな」

 眼医者からのその提案に僕は驚いた。

「それはつまり、ここに居てもいい、ということですか?」

 恐る恐る尋ねると、眼医者は微笑んで、

「いいんじゃないかの。キミの異能は我々には効果がないようじゃし」

 と朗らかに返した。外科医の方は何も言わない。

 僕が答えるのにためらっていると、扉が開き、先ほどの首なし女性が現れた。スマホを操作して僕らに画面を向ける。

『長老がいらっしゃいました』

 それを見た眼医者と外科医が姿勢を正す。それまで突っ立ったままだった僕はつられて手近な座布団の上に正座した。

 廊下から長老が姿を見せた。『長老』と呼ばれているし、実際老人なのだが、すらりと伸びた背中やワイシャツにスラックスを着ている姿は長老というよりは大企業の会長のような雰囲気をまとっていた。

「みな、楽にしてくれ」

 応接間に入ってきた長老はそう言って自分も上座に座った。

「さて、天霧芽露くん。君がここに来た時に会って以来だね。今日は君の検査の結果と今後の話をしたくて来てもらったのだが……」

 その前に、と長老は眼医者の方を向いて、

「四つ腕さん、うちは禁煙なんだがね」

 とあくまで静かに言った。それを聞いて眼医者は慌てて懐から携帯用の灰皿を取り出してタバコを放り込んだ。

「こ、これは失敬」

 笑顔を作って取り繕う眼医者を横目に長老は一つ咳ばらいをしてから、

「本題に戻ろうか。天霧くん、単刀直入に言うと君の中には何かがいる。それが異能の原因だろう」

 そして二人の医者に目配せした。先に口を開いたのは外科医だった。

「きみの異能の生気を『払う』というところに我々は着目した。きみの払った生気はきみ自身に還元されていない。しかしただ散らされている様子もなかった。ではどこへ行ったのか」

 その続きを引き受けるように眼医者が話し始める。

「結論を言うと、長老がおっしゃったキミの中の何かがキミが払った生気を吸い上げておるようだ。キミの身体の生気をスキャンにかけてみたが、右の肩口、特に肩甲骨の辺りに大きな偏りが見受けられた」

「で、でも!そんなの一度も視たことありませんよ!」

 僕は思わず声を上げた。

「では聞こう。そもそもきみは自分の生気を視たことがあるかね?」

 外科医の言葉に僕は息を飲んだ。そうだ、確かに僕は、自分の生気を視たことがなかった。

「生気は鏡には映らない。灯台下暗しではないが、それはきみのせいではないんだよ」

 慰めるように外科医が言う。

「……何か何かって言ってるってことは、それの正体は分からないんですね」

 長老と二人の医者は頷いた。

「君がここに来た時のこと、もう一度話してくれるかな?」

 長老は穏やかな口調で言った。

 そうだ。僕がここに来たきっかけは……。

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死なぬ路にて 石野二番 @ishino2nd

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