五日目その一
目が覚めると、窓の外は真っ白だった。
窓の外だけじゃない。
僕が寝ていた布団も、そばの畳も、すべて色を喪っている。
「君のせいだよ」
耳元で誰かが囁いた気がした。
「君がすべての命を払ったんじゃないか」
違う。
「違わないよ」
違う、違う違う僕はそんなことしない!
「じゃあ、確かめてみようか」
足元にぼとりと何かが落ちた。
それは人の頭の骨だった。
「さぁ、話してごらん。お前をそんな姿にしたのは誰だい?」
声に従うように頭蓋骨が大きく叫んだ。
「こいつだ!」
*
目が覚めると、びっしょりと寝汗をかいていた。嫌な夢を見ていたらしい。スマホで確認すると、時刻は午前の七時前だった。僕は身体を起こし、両手で顔を覆った。そして大きく息を吐く。
しばらくしてから顔を上げると、窓の外はいつものように真っ赤に染まっていた。太陽が西の山の向こうから半分ほど顔を出している。ここには夜はなく朝もない。太陽は一日中あの位置から動かない。ここ、死なぬ路はどうやらそういう場所らしい。
偶然ここに迷い込んでから五日が経っていた。こんなよそ者の僕を死なぬ路の住人たちは受け入れてくれているように見えた。でなければ、この民宿や診てくれる医者を紹介してはくれないだろう。
自室として与えられた部屋で着替えていると、扉がノックされた。
『おはようございます。朝食の準備ができましたよ』
扉の向こうから女の子の声がした。
「おはようございます。着替えが終わったら行きます」
一階に降りて食堂へ向かうと、朝食が一人分用意されていた。味噌汁と麦ごはん、それに山菜というシンプルな献立だった。
育ち盛りの身としてはもっとボリュームのあるものが食べたいけど、そんなわがままが言える身分ではない。
「まぁ、これはこれで健康的かな」
そんな独り言を呟きながら席に着いた。
*
朝食を食べ終わる頃、食堂の入り口の扉が勢いよく開かれた。
「おう、起きてたか」
入ってきたのは大柄な男性。そして彼の後にセーラー服を着たメガネの女の子と、その子よりもう少し年上に見える同じ顔をした女性が二人の計四人だった。
「おはようございます。あれ?皆さんの朝食は?」
「俺らはもう済ませた。今日帰るから挨拶しとことうってことでよ。で、お前さんはどうすんだ?」
「どうすんだ、とは?」
「行くあてあんのかって聞いてんだよ」
僕は自分の顔が強張るのを感じた。
「それは……、あなたたちには関係ないです」
「そうかよ。悪かったな。主がお前さんのこと気にかけてたから、一応聞いてみただけだ」
男性の言葉を聞いて、セーラー服の女の子が慌てた様子で彼の服の袖をぐいぐいと引っ張った。
「お?これ言っちゃまずかったか?ということだ。じゃあな。縁があったらまた会うこともあるだろうよ」
そう言って彼らは食堂を出ていった。あの一行は三日前からこの民宿に泊まっていたが、結局彼以外の声を聞くことはなかった。
*
食堂から二階の自室に戻ると、扉の下に封筒が挟まっていた。拾ってみると、中には便箋が入っており、こう書かれていた。
『検査の結果が出ました。長老のお屋敷まで来てください』
僕はすぐに支度をして民宿の玄関に向かった。
死なぬ路は今日もにぎわっていた。ここは僕たちの世界で言うところの商店街のようなものらしい。人とそうでないものとが交わる、数ある接点の一つなのだそうだ。
この通りのもっとも大きな屋敷。そこに長老は住んでいた。開け放たれている玄関の前で僕は、
「ごめんください」
と中に向かって声をかけた。しばし遅れて、奥から足音が聞こえてきた。
現れたのは、着物に足袋を履いた小柄な女性だった。いや、着ているものが女物だから女性と判断しているが、本当のところは分からない。
彼女(ということにしておく)には首から上がなかったからだ。本来頭が乗っているべきところに何もなく、首の断面からは青白いもやが薄く細く漂っているだけだ。
「おはようございます。天霧ですが、検査の結果が出たと聞いて来ました」
僕がそう言うと、首なしの女性は懐から何やら取り出した。スマホだった。それを手元で操作して僕の方に見せる。画面には、
『お待ちしておりました。こちらへどうぞ』
と書かれていた。
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