第13楽章 エピローグ ーー和解--

「トリスタン。やはりここにいたのですか」

 桃色の花束を持って、イゾルデが墓地に現われた。トリスタンは、エルザの墓石の前で彼女を愛撫するように優しく青い花をなでていた。

 「……ここから離れられないんだ。エルザがまだここで笑ってくれているような気がしてな。イゾルデ、あんたもそうなんだろ?」

「ええ」

 イゾルデは花束をエルザの隣のゼンタの墓石の前に供え、祈りを捧げた。ミリアム教の祈りを知らない司祭は、自分の知っている中でもっとも効力のある祈りの言葉をつぶやいた。

「あんた、エルザはやはり叔母だったんだな。『異端』の聖女の血を引いていたんだな」

「そうです。このことは極秘で、ハインリヒ猊下しかご存じなかった。それが、相棒にも知られてしまうとはね」

「俺の『地獄の子』の生まれのこと、初めての殺人がパルジファルさんだったことも極秘さ……。俺たちは相棒で何でも知っていて、わかり合えると思っていたが、そうでもなかったんだな」

「いいえ、わかり合えますよ」

 イゾルデは、静かな笑みを浮かべた。

「エルザの癒しがなければ、ゼンタの愛がなければ、私はあなたを仇として憎んだかも知れない。けれど、彼女たちは至高の贈り物をしてくれました。最高の相棒を憎まず、赦すという決断を私ができるように、癒してくれたのです」

「それじゃあ……」

 驚くトリスタンに、イゾルデはにこりと笑いかけた。

「赦します。ただし、償いを課します」

「さすがは従軍司祭イゾルデ様。無償ではないんだな。償いとは?」

 イゾルデは、少しためらったが、トリスタンの肩を抱いてそっと言った。

「生きてください。生き続けてください。年上のこの私よりもずっとずっと長生きしてください。それが、エルザ、ゼンタ、そして私の望みです」

 トリスタンは、まぶたに手をやった。朝日のまぶしさだけではない、赦された者にしかわからない、生きる喜びの神々しさ。

「……ありがとう」

 イゾルデは手を差し伸べ、トリスタンは彼の細い指をした繊細な手を、ごつごつした手で握り返した。

 和解の握手。天に召された二人の聖女は、そのありさまを見届けていた。墓石に供えられた花が、微笑むように揺れた。


(了)

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トリスタンとイゾルデ ー異世界ブロマンス楽劇奇譚ー 猫野みずき @nekono-mizuki

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