戦闘

「班長……!?」


 舞う鮮血、落ちていく右腕。そして、再び振り下ろされる鎌。

 梅花皮の右腕を斬り落としたのは、蟷螂の様な昆虫と鯲や鰻に似た水棲生物を掛け合わせた様な、グロテスクな怪物であった。


「岸辺、私の右腕を!」


 岸辺に斬り落とされた右腕の確保を指示し、梅花皮は残った左腕で特殊工具、破砕槌を自分の右腕を食おうとする怪獣に振り抜く。

 重く頑丈で、怪獣の外殻を破砕する事以外は、何も考えていない旧式の槌だが、怪獣には効果があった様で、胴の甲殻を凹ませ、けたたましい雄叫びを挙げ、体液を撒き散らしながら再び水路の中に消えた。


「班長、腕を」

「……ああ」


 岸辺が寸でのところで確保した右腕の切断面を合わせながら、梅花皮は現れた怪獣の特徴を自身の知識と照合する。

 昆虫型は珍しく、百を超える梅花皮の経験の中でも数回しかない。しかし、共通しているのは怪獣の心臓でもある〝芯核〟が小型で、頭を潰しても一定時間は動き続ける。

 そして、水棲型は陸上型より〝芯核〟が大きく、解体の際には常に冷却を絶やさず行わなければ、すぐに熱暴走を引き起こす。

 今の怪獣はこの二つの外観特徴を持ち合わせていた。


「……岸辺、無線を。緊急でヒーローの出動要請をかけろ」

「了解」

「よし、全員現状報告」

「浪花、木島君共に異常無し」

「磯波、檜山君、沢野さん三名異常無し」

「……三人共、よくパニックを起こさなかった。よくやった」


 子供達はパニックを起こしていないが、何時爆発するか判らない状態だ。現に沢野の状態は宜しくない。


「あ、あんた、腕が……」

「気にするな。神経はもう繋がった」


 まだ蒸気を僅かに発する右腕を掲げて見せれば、切断面は既に癒着していた。

 だが、切断された箇所が問題だった。



 ──肘関節を断たれた。少し時間が掛かるな──



 梅花皮の再生能力は弱い。

 通常の再生者なら欠損した四肢や臓器の再生は容易で、梅花皮の様に切断された四肢を繋げ直す必要も無い。

 だが梅花皮は、四肢や臓器が欠損すれば再生出来ず、その再生能力にも目に見えて限界がある上、関節等の機構が複雑な部位の再生に時間が掛かる。


「腕が、いや、それより怪獣……」

「落ち着いて、沢野さん。大丈夫、君達は助けるから」

「助けるからって、どうやって……。相手は怪獣なんですよ?!」

「喧しい。とにかく、今は脱出が最優先だ。……恨み言なら後で聞いてやる」

「……わかり、ました」


 右腕の再生がまだ終わらない現状、梅花皮に出来るのは指揮ともしもの盾役だ。


「岸辺、救援は?」

「……班長、最悪です。西区と北区で怪獣が複数同時発生、ヒーローはほぼ全員出払い、残りも他区に待機命令が出たと」

「こっちは後回しか」

「ええ、しかもどう話が捻れたのか。子供達は既に救助が済んでいて、半端者の為に貴重なヒーローを浪費出来ないという話です」

「……無線を貸せ。全員周辺警戒を怠るな」


 岸辺の話からいよいよキナ臭さが増してきた。

 要救助者である三人はここに居るのに、既に救助が済んでいるという。

 さて、この場合はどう考えれば妥当な答えに行き着くか。

 まず、沢野と木島が誘拐された現場に檜山が駆け付けたが、結果は現状になる。

 何らかの目的があって、誘拐犯は三人を下水道に閉じ込めた。要求が無い以上、目的は身代金ではないと仮定する。

 そして、先程の怪獣。あのサイズの怪獣はあまり見た事が無い。

 小型の怪獣でも全長は10m近くなる。なのに、あの怪獣は水路内に隠れて見えなかった部分を加味しても、おおよそ5、6mが限度だろう。


「久木、聞こえるな」

『良好だ。何かあったか?』

「怪獣が出た。ヒーローは子供達の救助が済んでいるから出せんらしいな」

『待て、一体何の話だ? こちらにはまだ救助完了の報告は来ていない』

「なら対怪研を叩いてみろ。きっと面白くない話が聞けるだろうよ」

『梅花皮、どうにかヒーローをそちらに回す。……必ず生きて帰って来い』

「確約は出来んな」

『梅花皮……!』

「安心しろ。子供達と部下は必ず生きて帰す」

『違う! 私はお前の……!』


 梅花皮は無線を切った。いくら久木でも今から対怪研を叩いてヒーローを引き摺り出すのは無理だ。

 なら、自分達で子供達を避難させ、怪獣を討伐するしかない。


「班長」

「子供達の安全を最優先、殿は私が務める。全員、生きて帰れ」

「了解」


 再生の蒸気が止まった右腕は、まだ筋力が完全には戻っていない。

 子供達もそろそろ限界が近い。


「走るぞ。出口は近い」

「了解、木島君。少し揺れるけど、許してね」

「は、はい、大丈夫です!」

「おっしゃ。委員長、背中に乗れ。そんなに震えてたら走れんだろ」

「ごめん……」

「檜山君。あまり無理しない様にね」


 磯波の言葉に檜山が頷き、梅花皮を最後尾に全員が走り出す。

 出口へ繋がる梯子はもう目の前だ。問題は子供達を梯子に登らせている間、どうやっても無防備になる。


「班長、来ました!」

「全員止まるな! 走れ!」


 ハンマーの引き金に指を掛け、蠢く水面を睨む。

 甲殻型の外殻も破砕する威力を持つハンマーだが、先程の手応えから効果は薄いかもしれない。

 だが、ここで死ぬ気も無い。

 梅花皮は蠢く水面に向かい、ハンマーを振り被り一息に振り下ろそうとした。

 だが、それは水中から飛び出したものに阻まれる。 


「班長……?!」

「構うな! 行け!」


 一瞬だった。水面を突き抜け正確無比に打ち出された怪獣の下顎は、梅花皮の左の脇腹を抉り取った。

 幸い肉と皮だけで済んだが、右腕の再生と脇腹、梅花皮の再生能力のキャパシティを越えつつあった。



 ──まずいな。血が止まらん──



 梅花皮の再生能力では、欠損部位と流出した血液までは元通りにならない。

 その上、再生には多量のエネルギーを消費する。

 傷口の修復は始まっているが、右腕と脇腹の再生で余力は殆ど残っていない。



 ──すまんな、久木。部下を頼んだ──



 鎌首をもたげ、品定めするかの様に異形の複眼が梅花皮を見ていた。

 死ぬ気は無いが、これは無理かもしれない。


「だが……!」


 梅花皮はハンマーを振り抜いた。脇腹から血が溢れ、右腕が軋むが諦める訳にはいかない。

 今、梅花皮が諦め死ねば、標的は下水道から脱出している部下と子供達になる。

 全滅すれば、地上に残した部下に非難が及ぶ。

 鎌と下顎の猛攻をどうにか掻い潜り、梅花皮は強度が低いであろう胸部と腹部の境目に、ハンマーを打ち込んだ。

 怪獣の硬い甲殻を破砕し引き剥がす為に搭載された機構は、引き金を引くと同時に作動する。

 旧型の梅花皮のハンマーのそれは振動ではなく、もっと直接的な杭打ちの要領で打ち込まれる槌頭だ。

 ハンマー内部に内蔵された強化スプリングが発射した特殊合金の杭は、確かに怪獣の甲殻を砕き皮と肉を破壊した。

 だが、それだけだった。


「ああ、くそが」


 よく考えれば解る事だった。

 この怪獣は昆虫型と水棲型の特徴を持つ。つまり外骨格だけでなく、内部にも骨格があるという事だ。

 全身に刻まれた裂傷から血を流しながら、梅花皮は振り上げられる鎌を見上げた。


「班長……!」

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」


 下水道に吹いた風に身を任せ意識が途切れる直前、梅花皮の五感に届いたのは、岸辺と檜山の声と聞き覚えのある懐かしい声だった。


「……まったく、久木は何してんのよ」


 懐かしい姿と後ろ姿、そして押し潰される怪獣を最後に、梅花皮の意識は完全に途切れた。

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怪獣の出る国 ─アンノウンヒーロー─ 逆脚屋 @OBSTACLE

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