遭遇

「よかった……。木島君、助けが来たよ」


 梅花皮達を迎えたのは、そんな弱々しい声だった。

 ライトに照らされて目を細める三人は、間違いなく学生で、体は頭から足先までずぶ濡れであり、その内の木島という少年は折り畳んだ制服を枕にしていた。


「……磯波、毛布を」

「はい。すまない、三人だけか?」

「待て!」


 背負った荷物から毛布を取り出す磯波の眼前に、ひしゃげた鉄パイプが突き出された。

 半ばコンクリートに埋まった形の鉄パイプを持つのは、如何にも非行少年といった出で立ちの少年だ。


「ちょっと! 檜山君?!」

「信じすぎだぜ、委員長。こいつらが、あの連中の仲間じゃないって証拠は無いんだ」

「待て待て! 一体何の話だ? 俺らは君達の救助を頼まれて来ただけだ」

「信じられねえ。第一、どうやって俺達がここに居るって分かったんだ?」


 剣呑な雰囲気の檜山の言に、梅花皮の違和感は膨れ上がった。


「……一つ、聞く。区から出た救助要請に従い、私達はここに来た。つまり、区役所に誰かがお前達の現状を伝えたという事だ」

「誰だよ? 俺達の携帯は連中に壊されてる。連絡なんざ無理だ」

「なら、誰が何の目的でこれをやったかだ。……とにかく、ここを出る。全員の容態は?」

「おい、勝手に話進めんな。テメーら、一体何者だよ」

「檜山と言ったか。私達は帝都東区に雇われた解体屋だ。区長の依頼でお前達の救助に来た。信じられないなら、直接区長に繋げてやる。どうする?」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、檜山を黙らせる。

 今はこの少年を納得させなければ、後ろの二人の救助もままならない。

 まだ疑いの目を向けてくる檜山が、何か言おうと口を開いた時、彼を止める者が居た。


「檜山君、その人達は大丈夫だよ」

「木島、無理して喋んな」

「その人達は、本当に解体業者の人達だよ。区役所で見た事がある」

「本当か?」

「うん、確か区長が一番頼りにしてる人達だって、父さんが言ってたよ」


 木島の言葉を聞いた檜山は、数度悩む素振りを見せた後、梅花皮達に派手に染めた金髪を下げた。


「すまねえ! 助けに来てくれたのに疑っちまった」

「気にするな。だが、詳しい話は聞かせてもらうぞ」

「ああ、勿論だ」


 医療知識のある磯波に木島の容態を診させている間、梅花皮は檜山ともう一人の救助者である沢野から話を聞き出す。

 二人曰く、指示に従い避難している最中に他の避難者の群れに巻き込まれ、木島と沢野がはぐれてしまった。

 それを檜山が探していたら、怪しい覆面の連中に拐われそうになった二人を見付け助けに入ったが、相手の異能により気絶させられ、目を覚ましたらこの下水道だったという話だ。

 俄には信じ難い話だが、檜山のあの様子から下手に疑う理由もない。


「班長。彼ですが、随分酷いやられ方をしてる。右足が折れてる」

「そうか。浪花、背負えるか」

「任せろ」

「気を付けろよ。頭を打ってる可能性もあるんだ」


 三人にガスマスクや毛布を手渡しながら、磯波が浪花に指示する。

 とりあえず、要救助者は見付けた。この劣悪な環境と状況の中で、全員が恐慌状態になっていないのは奇跡的だろう。


「よし、気分が悪いとかも無いみたいだし、多分大丈夫だと思うけど、ちゃんとした病院で診てもらった方がいいね」

「すいません」

「いいよいいよ。君達が無事で何よりだ」


 磯波が浪花と脱出の準備を進めている間、梅花皮は岸辺と状況の再確認をしていた。


「怪我人は一人、要救助者は三人。無線で氷見に伝えろ。私は区長に話がある」

「了解、何も無ければいいんですがね」

「その辺は、区長の腕と口次第だな」


 三人は学生、確実に学校から何かしらの話が漏れている筈だ。

 梅花皮は三人の制服を一瞬だけ確認する。


「ん? どうしたよ」

「いや、なんでもない」


 ライトに照らされた檜山が疑問するが、梅花皮は気にするなとかわす。

 三人共、異能者である事を示すバッジが制服に留まっていた。

 となれば、この三人に何かあれば責任は全て自分達に降りかかる。いや、そうでなくとも今回の件は、マスコミには良い餌だ。


 正体不明の集団に拐われた学生、半端者による犯行か。


 これが売れる記事の見出しだ。

 自分達は解体業者としか言っていないが、通常の常識で解体業者とは半端者が行き着く場所だ。

 三人はパニックで気付いていないだろうが、パニックが治まり気付かれると余計な騒ぎに繋がるのは目に見えている。


「……区長、聞こえるか?」

『良好だ。状況は?』

「要救助者三名を確保、内一名は右足の骨折。他二人に今のところ異常は見られない」

『了解した。細心の注意を払い帰還してくれ』

「それと厄介な話だが、どうやら度胸試しではなかった様だ」

『どういう意味だ?』

「三人は謎の集団に拐われ、この下水道に居る。部下が確認したが、怪我人の傷は人為的なものだ」

『……詳しく聞きたいが、それは後だな。今は帰還してくれ』

「了解」


 岸辺も同じく通信が終わった様で、こちらに頷きを返してきた。


「よし、これより帰還する。各自、足元に注意しろ」

「了解」

「おら、委員長。手ぇ貸してやるからしっかり立て」

「ごめんなさい。安心したら力が抜けちゃって」

「大丈夫かい?」

「はい、なんとか」


 厄介な事にならなければいい。梅花皮はそう思いながら、暗い下水道を先導する。


「なあ、怪獣解体って儲かるのか?」

「うん? あー、そうだね。上は利権やらでウハウハだね」

「うげ! 先生が言ってた通りかよ」

「お、怪獣解体の事を授業でやってんの?」


 檜山が軽い口調で聞いてきた話は、怪獣解体業者についての事だった。

 どうやら、檜山達の担任はカリキュラムとは別に怪獣解体について話をした事があるらしく、そこから檜山は興味を持っていたらしい。


「大事な仕事だって話だったから、てっきり儲かるかと思ったんだがなあ」

「ははは、班長が上とやり合ってくれるから、俺達はまだましな方だけど、他はもうスカンピンよ」

「へえ、あんた結構やる方なんだな。なあ、他の話を聞かせてくれよ」

「檜山君、あんまり無理に聞いたらダメだよ」

「固い事言うなって。木島や委員長も気になるだろ」


 敬語も何も無い口調だが、彼なりに気を遣っているのだろう。心なしか、二人の顔にも余裕の様なものが見え始めた。


「怪獣が現れるルールってあるんですか?」

「ルールかい? ふむ、実のところまだ解明されてないんだよね。今は市街地の外れから現れるって事くらいかな?」

「海や地下から現れるから、海運も決まったルート以外は航行出来ないし、地下鉄道も構想段階でダメになったって話だ」


 磯波と浪花が砕けた口調で言葉を交わし、三人も先程より年相応の顔を覗かせている。

 その途中、道半ばまで差し掛かった辺りで、ふと気付いた事があった。


「……檜山、お前のその鉄パイプはどこから引き剥がした?」

「あ? これか。目が覚めて辺りを確認してたら、ちょっと崩れた場所があったから、そこからだ」

「崩れた場所だと?」

「おう、壁が崩れて隣の水路に繋がってた。怪獣が暴れたせいだろ?」

「いや、帝都の水道インフラは怪獣対策が為されている。崩れたとしても、他ブロックに崩壊が伝わらない様になっている。それに、怪獣が暴れて崩れたなら壁程度では済まない」

「お、俺はやってねえからな! 身体強化系の異能だけど、壁壊す意味がねえ!」

「落ち着け、お前は周りを見れる奴だ。疑ってない」

「班長、何か気掛かりが?」

「いや、気掛かりという程でもない。だが、違和感がある」


 三人を襲った連中は、何故この下水道に放置した。

 身代金目的の誘拐なら、適当なビルでいい筈だ。

 それなのに、何故この下水道を選んだ。

 いや、まずこの三人はどのタイミングで拐われた。

 避難中なら怪獣発生当初、つまり怪獣発生から討伐、解体準備が完了するまでの間に、この下水道に放置されたという事だ。


「岸辺、計測器は」

「……数値は正常ですが、妙な針の振れ方をしてますね」

「子供達は?」

「正常です。若干の振れはありますが、通常の範囲内です」

「やはり、思い過ごしか……。いや、磯波、岸辺。念の為、構えとけ」


 腰に提げていた怪獣解体用のハンマーや斧といった工具を、各自手に持つ。

 いきなりの変化に学生三人は面食らうが、正直気にしてはいられない。

 何かおかしい。長年怪獣に関わってきた者としての勘が騒ぐ。


「……なあ、このハンマーどうだい? カッコよくない?」


 その緊張の中、突然磯波が手に持ったハンマーを檜山達の前に出して見せた。

 通常のハンマーとは違う。槌頭がエンジンの様な機械式の怪獣解体用のハンマーに、檜山は戸惑いながら磯波の会話に乗る。


「え? あ、ああ、なんかカッコいいな。ゲームに出てきそうだ」

「だろう? 怪獣の外皮から甲殻や鱗を引き剥がす時に使うんだ。怪獣の外皮はかなり硬いし、ちょっとやそっとじゃ傷も付かない。だから、こんな特殊な工具が要るんだよ」

「へぇー、じゃあなんか凄い機能があんのか?」

「そうそう、例えばこのハンマーだと、このスイッチを押したまま叩き付けると、中のモーターの振動で鱗を浮かせるんだ。そして、岸辺さんが持ってる斧とかで引き剥がすんだよ」


 緊張していた空気が、磯波が始めた突然の工具語りに緩む。

 木島と檜山は磯波の工具語りを興味深く聞き、沢野のあまり興味は無さそうだが、幾らか緊張から解放されていた。


「これ、高い?」

「高いよ。正直、壊れたらすぐに買い換えるのは無理だね」

「大体、どれくらいなんですか?」

「俺のは少し型遅れだけど、これくらいだね」

「うわ! 単車並みじゃん!?」



 ──磯波を連れて来て正解だったな──



 磯波の柔らかい人柄や雰囲気は、緊張を適度に解す。

 梅花皮の班がこれまで大したトラブル無くやってこれたのは、磯波の人柄による所が大きい。


「帰って時間があったら、工具の一つ二つ好きに見せてやる」

「マジ? やったぜ!」


 本当に時間があればだが。

 梅花皮がそう言った瞬間、水路の水面が揺らめいた。


「伏せろ……!」


 梅花皮の声に沢野を庇って反応が遅れた檜山を突き飛ばすと同時に、梅花皮の右腕が斬り落とされた。

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