緊急救助

『本日未明、北区にあるヒーロー待機所が何者かにより爆破されました。この件による被害者は居りませんが、当局は反異能者団体の手によるものと見て捜査を進めると共に……』


「うわ……、ヒーローの溜まり場を爆破とか、気合い入ってる」

「馬鹿言うな。次は俺らの番かもしれん」

「どうする? 見回り増やすか」

「下手に動けば良い的だ。だが、殺されるのも癪だ」


 休憩所のラジオの周りに集まり、自分達の身の振り方を思案する部下の声を聞きながら、梅花皮は普段と変わらぬ疲れた顔で、目の前に横たわる怪獣の死骸を眺めていた。

 今回の解体は少しばかり厄介な事になっていた。

 〝芯核〟に傷は無いが、この怪獣は内臓に強力な猛毒を含んでいて、ヒーローの攻撃によってそれが漏れ出した。

 梅花皮を含む解体業者が寸での所で間に合ったが、この近くには浄水施設があり、現状はまだ油断が出来ない。


「おい、防護シートの点検はどうなってる」

「あ、はい! 今は毒の流出が止まってるので、張り替え中です」

「そうか、後十分で交代だ。油断無く頼む」

「は、はい!」


 別の班の新人だろうか。やけに初々しい。

 だが、新人が増える事は望ましいが、喜べる事ではない。

 ここに居る者達は全員、異能者と認められなかった半端者。人以下の扱いを受ける者達だ。


「班長」

「どうした?」

「……区長から緊急連絡です」

「分かった。少し早いが、今浪班と交代してくれ」

「了解しました」


 手渡された無線機を片手に、梅花皮は厄介事の気配を感じた。

 久木が緊急連絡を入れてくるという事は、何かが起きたという事だ。


『梅花皮、聞こえるか』

「ああ、嫌になる程はっきりな。何が起きた」

『今、その区域の下水道に民間人の未成年が数人、取り残されている』

「……ふざけてんのか?」

『それならよかったが、面倒な事に事実だ。どうやら、避難指示を無視して度胸試しなんぞやりおったらしい』

「で、その馬鹿を救助しろ。か?」

『……そうだ。細かい情報は端末に送る』

「もう一度言うぞ。ふざけてんのか? 私達には特級の厄ネタだ。助けても助けなくてもな」

『すまない。だが、放置すれば更に厄介だ』

「はぁ……、分かった。人当たりの良い奴を連れて行く」

『すまない。医療機関にはこちらから連絡を入れる』


 梅花皮は特大の溜め息を吐き、無線機を乱暴に置いた。

 最悪だ。今回の怪獣は毒性が強く、自分達でも油断は出来ない。

 そして付近の住人は避難している中で、馬鹿なガキの救助。

 はっきり言って、割りに合わない。

 だが、ここで救助に向かわなければ、半端者が一般人を見捨てたと糾弾され、正義に酔った連中に攻撃される。

 未来を担う若者を見捨てた半端者、ワイドショーや記者が喜んで騒ぎ立てるネタだろう。



 ──さて、久木の言い方では人数は多くない──



 梅花皮の専門は怪獣解体であって、救助ではない。

 そして、こんな真似をする未成年となれば、異能に目覚めている可能性が高い。

 最悪、自分達が血を見る結果になりかねず、血の気の多い奴を連れて行く訳にもいかない。


「岸辺」

「はい、班長」

「磯波と浪花、氷見を連れて来い。あと、救助用装備を頼む」

「了解しました」


 出来る事はやる。だが、件の未成年が戦闘中に潜り込んでいた場合、手遅れになっている可能性が高い。

 久木のその辺りは認識しているだろうが、その場合に自分達に振り掛かる火の粉は、今までの比ではないだろう。

 せめて、部下だけは守りたいが、世間様はそうはいかない。

 嗚呼、まったく本当に割りに合わない。


「今浪!」

「どうした? もう交代だろう」

「すまんが、現場の指揮を頼む。私達は緊急の案件に出る」

「あー、成る程。了解、梅花皮。……死ぬなよ」

「私が死ぬかよ。それより、何かあったら部下を頼む」

「ああ、了解」


 今浪はそれ以上何も言わず、作業員達に指示を飛ばす。

 今浪は雑なところはあるが、信頼出来る男だ。

 梅花皮が槍玉に挙げられても、部下達は守ってくれる。


「班長、各員準備整いました」

「分かった。それでは皆、地獄へ行こう」

「了解」


 荷物と装備を積み込んだトラックに乗り、惨憺たる町の現状を眺める。道は瓦礫の撤去を進める為に脇に寄せられ、飛散した怪獣の体液は除染されているが、復興には暫くかかるだろう。


 この惨状でも、全員が半端者ではない異能者なら、生きている可能性はある。

 元々、異能に目覚めた人間は一般人よりも体が強く、怪獣の毒に対する耐性がある。

 半端者の自分達も、それだけは同じだ。


「そこを右だ。その先に目的地への扉がある」

「扉というかマンホールでしょう?」

「開いて人が入れるなら扉だ」


 運転手の氷見の軽口に付き合い、指差したマンホールは確かに開いていた。

 正確には開けやすい様に、隙間を開けていた。


「……こりゃひどいな」


 岸辺がぼやくが、梅花皮も眉間に皺を寄せていた。

 怪獣の肉片と体液がべったりと付着し、下水道の中まで染み込んでいた。


「ガスマスク用意、計測器を下ろせ」


 梅花皮の指示に班員達は素早く動く。

 計測器は、怪獣の毒性を計測するもので、センサーをマンホールに近付けた瞬間、針が一気に警戒ライン近くまで振れた。


「除染が十分じゃないか」

「中和剤撒け。このまま進む。氷見は残り、もしもに備えろ」

「了解」


 噴霧器を抱えた浪花に中和剤を散布させながら、梅花皮達はマンホールを潜り、下水道へ降り立つ。

 中は暗く、照明は自分達のヘルメットのライトしかない。


「計測器は?」

「今は落ち着いてます」

「よし、進むぞ」


 どうやら下水道までは染み込んでいなかったらしく、下水道内部の数値は安定して安全域を示している。

 ガスマスクで水路が放つ悪臭を遮断し、水路脇の通路を進む。


「班長、本当にこんな所に救助者が?」

「腹が立つが、居るらしい。まったく厄介な話だよ」


 違和感はある。いくら度胸試しと言えど、何故この下水道なのか。いや、下水道に来た理由は本当に度胸試しなのか。

 疑問は考えれば考える程尽きない。しかし、それを考えるのは梅花皮の仕事ではない。



 ──どうせ、久木かその辺が上手く話を作る──



 未成年救助の功績はヒーローに、自分達は影に消える。

 無論、特別報酬は貰うが、それが一番穏便な形だ。


「班長、こちらから物音が」

「分かった。誰か居るか、居るなら返事をしろ」


 声を荒げぬ様に気を配り、梅花皮が岸辺の指した方向に呼び掛けると、微かだが弱々しい返事が返ってくる。


「急ぐぞ」

「了解」


 装備を背負い直し、梅花皮達は暗い下水道を進んだ。

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