ふんわりオムレツ 🥘

上月くるを

ふんわりオムレツ 🥘





 冬至までにまだ二か月もあるというのに、三時にはもう夕方の気配が立ちこめる。

 加速度的にどんどん日が短くなるこれからの時期が、一年中で、もっとも心細い。


 だけど、今年はうれしいな、ありがたいなと、ヨウコの頬はついゆるんでしまう。

 春、お婿ちゃんの転勤で、思いがけず娘一家が一緒に住んでくれることになった。


 といっても孫娘と孫息子は首都圏の大学に通っているので、たまに来るだけだが、それでも何十年にもわたる独り暮らしが、にわかに花が咲いたように華やいでいる。


 同居に当たってルールを決め、娘が仕事に出かける平日の夕食はヨウコが担当し、週末はお婿ちゃんと娘が交替で作ってくれることになって、今日はその週末である。




      🥗




「おか(娘は子ども時代の呼び方で甘えて来る(^.^))はゆっくりしてて」と言ってくれるので、ヨウコはテレビを観たり本を読んだりパソコンに向かったり気ままに。


 親が照れるほどの愛妻家で、いまどきのイクメンの奔りのように身体を動かすことをいとわないお婿ちゃんは、スマホのレシピで、珍しい外国料理を工夫してくれる。


 それはそれで楽しみなのだが、ヨウコがもっとも心待ちにしているのは「平均寿命に近づいて来たからいいよね?(笑)」と娘が作ってくれるふんわり巨大オムレツ。


 玉子は悪玉コレステロールの大好物というので、独り暮らしのときは生活習慣病で倒れないよう一日一個を厳守したが、これからは、ごくたまになら、ということに。


 で、今夜はその特別メニューの日で、大好きな映画『ひまわり』に登場したような大きなオムレツをだれに遠慮なく賞味させていただこうと、朝から浮き浮きだった。




      🌻




 世紀の大女優・ソフィアローレンと、銀幕の二枚目スター・マルチェロマストロヤンニによる戦争に引き裂かれた恋人たちの切ない物語を、ヨウコは何度も観て来た。


 そのたびに滂沱の涙で頬をぐしょぐしょにしながら映画館をあとにしたものだが、自身の人生経験とともに共感する場面が変わっていく不思議にも興趣を覚えていた。


 いつだったか、こんなにすてきな名作を一度も観ていない(いまから思えば余計なお世話だが)という、会社の女性スタッフ十人をミニシアターに誘ったことがある。


 全員どんなに感動してくれるだろうと大いに期待していたのだが、終了後、喫茶店で感想を訊くと、ごく一部を除いて「別に……」という返答で、すこぶる戸惑った。


 以後、孫たちのアニメ映画のお供以外の映画には、ひとりで行くことにしている。

 感動の押し付けを憚らなかった未熟な若い日も、いまは懐かしい記憶に変わった。




      🥞




「おか~、お待たせ~!」ほかほかの湯気が立つ黄金色のオムレツが運ばれて来た。

「うわ~、美味しそう!」回想から醒めたヨウコは、バターの香りを全身で楽しむ。


 いつ倒れてもいいとは思わないが、やはりだれかがそばにいてくれるのは心強い。

 これからは玉子とかスイーツとか、多少のわがままは許してもらおっかな~。🍰





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