第48話 のんびり入浴
混浴風呂には人が少ない。
まぁ、湯浴み着着用とはいえ混浴に好き好んで入ろうなどという奇特な人は少ないと思うんだよね。俺はその奇特な側の人間だけど。
温泉のマナーとして先に体を洗い、それからゆっくり湯船に浸かる。
さっき部屋で入ったからそんなに汚れてはないと思うけど、それでも一応念入りに全身を洗ってから大きな浴槽に浸かってゆったりと足を伸ばした。
離れた位置でイチャイチャしているカップルの邪魔をしないようにしながら肩まで浸かると、全身に優しい温もりが広がって心地いい。
先に脱いでいたはずなのに瀬利奈が入ってくるのが遅いのは少し気になる。
けど、それよりも今はこの温泉を楽しもうじゃないか。
「ね、ねぇ。どうしてそんなに混浴を勧めるの?」
「そりゃあ、中にお楽しみがあるからですよ」
「でも、恥ずかしいよ……」
脱衣所の方から瀬利奈と誰かもう一人の会話が聞こえてくる。瀬利奈は先輩と来ていると言っていたから、その先輩だろうか?
ただ、なんだか聞き覚えのある声な気がするんだよな。
と、そう思っていたら脱衣所に繋がる扉が開いて――、
「「あ」」
瀬利奈が言っていた先輩と、俺の二人が同じタイミングで同じ言葉を発した。
その先輩――白田先輩がしばらく固まっていて、そして全身の肌が紅潮したかと思ったらすごい勢いで脱衣所に帰って行ってしまった。
「ちょちょちょちょっと瀬利奈ちゃん!? 聞いてないんだけど!?」
「私もさっき偶然会ったんですよ。よければ一緒に温泉で楽しむのはどうかと思いまして」
「ダメダメ! 心の準備ができてないのにぃ!」
なんか、トラブってる?
俺がいると何かマズいのだろうか、と、思いかけて、さすがに一緒にお風呂というのは俺もなんだか恥ずかしくなってきた。
瀬利奈は元カノ、涼華は友達ということで、涼華は怪しいけどまだこの二人は一緒のお風呂に入る理由はある。ただ白田先輩は仲良くしてもらっているだけの先輩後輩だから、恥ずかしいと思う気持ちはよく理解できる。ほんとごめんなさい先輩。
「おーい結翔~……って、あ」
「「あ」」
なんかまた聞き覚えがある声が聞こえて、しばらくの沈黙が流れる。
その後、扉がガラリと開いたかと思うと湯浴み着に身を包んだ涼華が入ってきた。
「あ、結翔やっぱりこっちにいた。ほんとあんた分かりやすすぎる」
「ちげぇって! 男湯に行こうとしたら瀬利奈に連れ込まれたんだよ!」
「はいはい優しい涼華さんはそういうことにしておいてあげるわ」
「泣くぞ? 俺ここで泣くぞ?」
優しい目が心にグサグサ突き刺さる。
言ってたとおり部屋で少し運動していたのか、涼華の髪はわずかに濡れていて、先に体を洗うためにシャワーの前に座った。
湯浴み着が解かれ、裸体を拝むことができる最高のチャンスなのだが、そんなことをすればお湯に沈められて次に見る光景が極楽の花の湯か地獄の釜茹で地獄になることはほぼ確実。
まだまだ死にたくないから視線を外して顎までお湯に浸ける。
「あの人、すっごくモテるんだ」
「みたいだな」
「太郎もたくさんの女の子にモテたいの?」
「清美が好きでいてくれたらそれで充分だよ」
カップルの惚気会話がここまで聞こえてくる。
ほんと幸せそうで何よりですね。羨ましいですお幸せに。
俺は知り合いの美女たち三人と一緒の温泉にいるというのに誰一人として恋人でないというちょっとよく分からん状態ではあるけど。
と、ここで扉が開かれて、足音から察するに二人が入ってきたから瀬利奈と先輩だと予想する。
二人がシャワーの前に座るような音を聞くと入れ違いで涼華が俺の隣にやって来て体をお湯に沈めた。
「ふぅー。極楽極楽」
「おばさん……いてぇ!」
「次は顔ね」
頭に拳骨が落とされた。容赦ねぇ。
痛む頭を擦っていると、涼華はチラチラと後ろを気にしながら話してくる。
「今日の旅行、元カノに話したの?」
「まったくの偶然だよ。俺もさっき驚いた」
「そうなんだ。あんた、ほんと妙な縁を引き寄せるわね」
「現実は小説よりも奇なり、ってか」
俺もまさか旅行先でこんな出会いがあるとは思いもしなかった。本当に人生何が起きるのか分からない。
と、体を洗い終えた瀬利奈が涼華と反対側の隣に座り、白田先輩がその横に座った。
四人で力を抜きながら文字通り全身で温かいお湯を堪能する。
何か話そうかと思ったけど、温泉が持つ魔力の前には無力だった。
彼女に罵倒されて捨てられたんだけど、励ましてくれた女友達との距離が近くなったのは気のせいだろうか 黒百合咲夜 @mk1016
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