第47話 まさかの出会い

 古今東西、酔っ払いというものは非常に面倒くさい。

 その面倒くささというのは、何も飲んでいるときだけに限った話ではないのだ。

 酔っ払ってだる絡みをしてくるというのが一般的な面倒くさいタイプだとするならば、たまーに酔いがすぐに覚めて理不尽に怒り出すタイプというのもいる。

 まぁ何が言いたいかというと、涼華はまさに後者のタイプだったようで、食事を終えてからも空になった酒瓶を抱えて転がっていたのだが、俺がトイレに行った二分かそこらでもう酔いが覚めていた。

 トイレから帰ってきたら、俺はなぜか理不尽に正座させられ、つい愚痴りたくなってしまったというわけである。


「忘れて」


 開口一番がこれだ。

 にこにこと笑顔ではあるのだが、頬が朱に染まっているのはお酒が残っているのか気のせいかはたまた別の要因か。


「まぁまぁ。涼華が酔ってるなんて珍しい姿を見て俺は面白かったし」

「面白いとか言うから忘れなさいって言ってるの!」

「えぇー……」


 良いと思うんだけどな。ギャップがあって。

 でも、あれだな。涼華は酔ってる間の記憶が残るタイプだ。

 まぁそりゃ恥ずかしいだろうと思うから、話題には出さないようにしよう。


「そういやさ、俺これから大浴場に行くんだけど涼華はどうするよ」

「んー、確か大浴場って深夜まで空いてたわよね?」

「だな」

「なら、私はちょっと運動してからお風呂に入るわ。動いた後に汗を流すのって気持ちいいから」

「へぇ、涼華も運動とかするんだ」

「おいこら私の体型に文句があるなら拳で聞くわよ?」

「誰もそこまで言ってねぇよ!?」


 完全に男目線の意見だが、以前も少し言ったとおり涼華は男女どちらともの理想に近い完璧な体型だし、ダイエットとか気にするタイプじゃないと思ってた。いや、普段の努力があってこその体型の維持か。

 それすらもどうだろうか。瀬利奈と付き合ってたときには胸の形を維持するために簡単な運動を日課にしないと大変なことになると聞いた気もするし。


「変なこと考えてる顔してる」

「変な事ってなんだよ」

「さぁ? 視線が胸に向けられてる気がしたからそっち系?」

「……」

「図星なのね。そういう視線って案外バレるから私以外にほいほいしないほうがいいわよ」


 恥ずかしくなり、入浴セット一式を持って部屋を出た。

 食事が終わる時間帯か、旅館の人たちが他の部屋の食器類を下げて忙しそうに動き回っている。

 邪魔にならないように動いて階段を降り、大浴場の前に立つ。

 入り口は三つ。女湯か男湯か混浴か。

 正直、混浴に入りたくないと言えば嘘になるし別に湯浴み着着用だから入っている人もそれは分かっているとは思う。

 けれど、どう言葉にすればいいか分からないんだが涼華と一緒に来ているわけで、その涼華がいない時に混浴に入るというのもちょっとした抵抗感がある。

 そんなわけで、まぁおとなしく男湯に入ろうか。湯の成分が違うとかそんなことがあるわけでもあるまいし。

 そう思って体を男湯の方に向けると、同じタイミングで混浴風呂からご年配のお婆さん二人が出てきた。

 邪魔になりそうだったから避けようとして、そしてタオルを落としてしまう。


「あら、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」


 謝ってくれたおばあさんに大丈夫と伝える。元は俺の不注意だ。

 しゃがんでタオルを拾おうとして、そしたら白く細い指が先にタオルに触れた。


「落としましたよ」

「あぁ、ありがとうございま――」


 お礼を口にして顔を上げて、そして俺も相手も驚いた表情を浮かべる。


「あれ、結翔くん」

「瀬利奈?」


 なんとまぁ、そこにいたのは瀬利奈だった。

 今からお風呂なのか、俺と同じように入浴セットを抱えている。


「ビックリした。結翔くんも来てたんだ。一人?」

「いや、涼華と一緒。瀬利奈も来てたんだ」

「……うん、昨日からね。家族とたまに泊まりに来てたんだけど、今回は先輩と一緒に」

「へぇ~、そうなんだ」


 やっぱり羨ましいなお金持ち。たまにとはいえこの旅館に泊まりに来るんだ。

 瀬利奈はタオルを俺が持つ入浴セットに戻して、それからポンと手を打った。


「そうだ結翔くん。お風呂、これからなんだよね?」

「え? まぁそうだけど」

「じゃあさ、一緒に入ろう」


 そう言われ、瀬利奈が俺の手を引いて歩き出した。

 もう迷いもなく混浴ののれんを潜り、俺も一緒に連れて行かれる。

 脱衣所には誰の姿もなかったけど、個室になっているというわけでもないから着替えは少し困りそう。

 隣で瀬利奈がさっさと湯浴み着に着替え始めたから、もう俺もどうにでもなれの精神で上の服から脱いでいく。

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