ざくざく
香久山 ゆみ
ざくざく
角倉氏は激怒した。
僕のことを邪知暴虐な所業であると断罪する。いやいやそんな大した話じゃないだろう? ちょっとした間違いじゃないか。そう言うも、もはや聞く耳持たない。
「どっちでも同じだろ。違いなんてほとんどないよ」
「ちがう、全然ちがう。そもそも成分が違う。牛乳と成分調整乳は同じではない」
牛乳の買出しを頼まれて、僕が買って帰ったのはどうやら「成分調整乳」だったらしい。それで角倉氏はぷんぷんしている。牛乳になみなみならぬこだわりを持つ変人だから。毎日牛乳、朝昼牛乳、蕎麦と一緒に牛乳を飲んでいるのを見たこともある。それでこんないかつい体躯を獲得したのだ。なのに言うことはまるでわがままな子どもだ。
確かに僕から申し出た。昼休みに学食で合流するに当たり、コンビニ寄るから何かついでに買っていこうか? と。それで、売り場に並ぶ一リットルのパック牛乳の中から一番リーズナブルなものを選んだのだ。確かに、牛乳やら成分調整乳やら確認しなかったけれど、それらはいずれも同じような見た目の青とか白とかのパッケージで乳製品のコーナーに並んでいたし、さっき飲んでみたけれど多少牛乳よりあっさりしてるかなという程度で大した味の違いもあるように思われなかった。牛乳と成分調整乳で何が違うというんだ。
「この調整乳には脂質がない」
「結構なことじゃないか。太らないし」
断固として妥協せぬ角倉氏。今回ばかりは僕も納得いかぬから譲らない。
平行線のまましばらく言い争いを続け、さんざん学食内の注目を集めて、角倉氏は「もういい」と大きな溜息を吐いて学食を出て行った。その背中はどことなくしょんぼりうら悲しく見え、なんだか少し悪いことしたかなという気にさせた。
「よう、めずらしく喧嘩かい」
入れ替わりで演劇部長の阿国がひょいと手を振ってやってきた。さも愉快そうににやにやしている。見ていたならさっさと止めてくれればいいのに、面白がっているのだ。テーブルの上の成分調整乳を勝手にごくごく飲んで、やっぱり酒が飲みたいな~、けど公演前でお金がないんだな~とかなんとかぶちぶち言っている。
「二人ともカルシウム不足かな。夫婦喧嘩は犬も食わぬというからね、早く仲直りしたまえよ」
「だれが夫婦だよ」
「はは、きみらいつも一緒にいるじゃないか。だから旦那の浮気で喧嘩でもしてるのかと思った」
どっちが妻だよ、とつっこみ掛けたがやめた。
「にしても、角倉君ときたら女絡みでカリカリしているから仕方ないのだろうね」
「まさか!」
僕は口に含んでいた成分調整乳をぶーっと噴き出す。
あの朴訥とした角倉氏が女人に現を抜かすなど、有り得ない。演劇部長にしては全然リアリティーのない脚本だ。
「裏も取れてるんだよ」
「うらぁ?」
阿国がテーブル越しにぐいと体を乗り出し、ひそひそと小声になる。つられて僕も。
「そう。目撃情報があるんだよ」
「なんの?」
演劇部長の銀縁眼鏡がきらりと光る。
「角倉君は最近、夜な夜な妙齢のご婦人の家に出入りしているらしい」
「まさか!」
僕はまたぶーっと成分調整乳を噴き出す。演劇部長は動じない。顎からぽたぽた白い液を滴らせながら続ける。
「確かな筋からの情報だから間違いないよ」
阿国がにいっと口元を歪ませる。完全に面白がっている。
よもやよもや。
角倉氏が夜中に女の人の家に出入りしているだって?
そんなばかな。僕だってハルとまだなんにも……、ごにょごにょ。
「それでは追加調査頼んだぞ」
バンと力強く僕の肩を叩いて、首にかけたタオルで顔を拭き拭き公演間近で忙しいという演劇部長は去って行った。
学食に一人取り残された僕は呆然としたままなかなか立ち上がれずにいた。
*
その夜、喫茶・三日月館で幼馴染のハルと約束していたので、昼間の角倉氏の話になった。ハルが呆れ顔をする。
「なに、牛乳と成分調整乳の違いも分かんないの」
「わ、分かるよ。牛乳の成分を加工したのが調整乳だろっ。ただ、見分けがややこしいってだけで」
「パッケージで判別できるよ。紙パック容器の上部にくぼみがついているのが牛乳だよ。目の不自由な人でも見分けられるようになっているの」
「へえー」
「きみはこだわりなさそうだもんね」
ハルがくすくす笑う。
失礼しちゃうなあ、カフェラテにさらにミルクを注ぐ僕を見て、ハルがふと言った。
「こないだコンパで会った男の人は、男はブラックでないといけないって言っていたけど」
「え、コンパ?」
聞き返すと、しまったという顔をする。
「ハル、合コン行ったの? いつ? 誰と?」
「人数合わせで先輩に無理矢理連れて行かれたんだよ。一旦は断ったんだけど」
ティースプーンでコーヒーをぐるぐるかき混ぜながら、早口に言う。
「何もなかった?」
「何って、何よ」
「……べつに……」
どんどんハルが不機嫌になるので尻すぼみに切上げる。いや当然恋人でもない僕がとやかくいうことではないのだけれど、でもただの友達かというとそれは。
こんなこと気にしてしまうのも、それもこれも角倉氏のせいだ。あの角倉氏でさえ女性のところへ夜這いにいくのだというから。
ハルと最後に手を繋いだのは小学校低学年の時だっけ。ちらと様子を窺うと、膨れ面で窓の方へそっぽ向いてる。ショートカットがかかる頬は滑らかな曲線を描く。痩せ型で華奢な腕も、ウエストのくびれも、胸の膨らみも、僕とは当然全く違う。きっと触れると柔らかいのだろうな。なんて考えてぶるぶる頭を振る。だめだだめだ。
「なによ」
ハルがちらとこちらへ視線を向けて口を尖らせる。その唇こそ一番柔らかそうだと思う僕はずいぶん重症のようだ。
*
週明け、会いたいと思うとなかなか会えず。大学構内で角倉氏に遭遇する機会がなかったため、手土産に「牛乳」!を買って角倉氏のアパートに出向くことにした。ハルにははじめてのおつかいかと笑われたが、見分け方も聞いたので今度こそ間違いない。午後の講義やらサークルやらに顔を出していたら、すっかり日も暮れてしまった。
角倉氏は大学から少し離れたアパートに住んでいる。ずいぶん年季の入った古い建物だが、その分家賃が安いのだそうだ。
アパートの玄関を潜ろうとしたところ、人の囁き声が聞こえた気がした。耳を澄ませて、声を辿ってアパートの裏手に回る。
ざく、ざく。
囁き声に混じって、土を掘り返すような音。話しているのは二人の男女のようだ。はあ、はあ、と少し息が荒い。男の声は角倉氏だ。
「ふふ。角倉くんのアパートにもお庭があったのねえ」
女性の声がする。
角倉氏の部屋付きの庭に出ているらしい。今夜は新月だ、垣根に阻まれ中の様子はよく分からない。夜な夜な逢瀬を重ねているという噂は本当だったのか。けれど、この声は……。
「庭といっても猫の額ほどだがな」
ざく、ざく。角倉氏が庭を掘り返しているようだ。
「今日びの住宅事情だと広いくらいよ。ああ、もうそれくらいで」
「まだもっと掘った方がいいんじゃないか」
「いいえ、十分よ。一人分あればいいのだから」
一体何の話をしているのだろう。
しばらく耳を澄ませていたがもうそれ以上は聞き取れなかった。ただ、目の前には月のない真っ暗な夜の静寂が広がり、僕は逃げ出すように角倉氏のアパートを後にした。
声は掛けずに、部屋のドアの前にそっと牛乳を置いてきた。傷む前に気づいてくれればいいと思う。
*
翌日学食で阿国に会った。稽古に根を詰めているのか、もともとひょろ長い印象が、この一週間でさらに痩せたようだ。
昨夜の出来事を話すと、うんうんと頷いている。
「声を掛けずに帰ったのは賢明な判断だったね。夜分に男女が営んでいるところに突撃するなんて、出歯亀もいいとこだからね。まあふつうなら覗いちゃうけどね」
言葉とは裏腹にまともな偵察もできないのかと責めてくる、高度な話法を用いる。厄介なので話を変える。
「ところで、夜に庭を掘り返したりして一体何をしていたんだろう?」
「うーん、そんなプレイあったかなぁ……」
案外しつこい。真面目に考えて欲しいものだと思っていたら、思わぬ回答が返ってきた。
「やっぱり、墓穴じゃないかな」
「は?」
きょとんとしてる僕を尻目に、阿国はきりっと真剣な面持ちをしている。
「土を掘るのは古墳時代の昔から埋葬のためと相場が決まっているじゃないか。それに、一人分掘ればいいって言っていたんだろ。まさにじゃないか」
銀縁眼鏡をきらりと光らせてにやりと笑う。
まさか!
ところで古墳といえば、先日民俗学専攻の奴が角倉君にどこそこの小山は古墳か否かと意見を聞きにきて、角倉君ときたら実際見に行くや直感で「古墳だ!」と断言して、その線で再調査をしたら古墳時代の埋葬品やらが発見されて新聞でも話題になったのにはまったく驚いたねえ。結局そもそもは民俗学専攻の奴は恋愛相談がしたかったみたいだけど。古墳や旧跡で度々顔を合わせる歴女とは運命の赤い糸や否やと。……などと、阿国はだらだら脱線している。そのイベント僕呼ばれてないんだけど。民俗学専攻の友だちって誰だよ。ますますもやもやするのは、僕の方がカルシウムが足りていないのかもしれない。
午後の稽古が始まるからと阿国は去って行ったが、ちゃんと講義は取っているのだろうか。また留年しなけりゃいいけど。
秋の陽射しがぽかぽか心地よい。
ひとりでじっくり考えてみるか。月のない夜に男女が人目を憚り庭土をひと一人分掘っている――。端的に状況を整理すると確かに阿国の予想が最もシンプルな解答である気がする。しかし、角倉氏に限っては、間違っても人を殺めるようなことはないだろう。万一そのような事態に至ったとしても、こそこそと隠蔽するような真似はしまい。いや、だけど、もしも角倉氏があの女の人を庇っているとしたら? 女性が人を殺してしまった。それを隠す手助けをする可能性は。仁義に厚い角倉氏だからないとはいいきれないのではないか。
「おい」
そんな妄想をしている時に、背後から声を掛けられて飛び上がりそうになる。
振り返ると一週間ぶりに見る角倉氏が立っている。
「や、やあ。角倉クン、久しぶり」
へんなことを考えていたせいでしどろもどろになる。阿国のせいだ。
角倉氏に会ったら昨夜のことを聞こうと軽く思っていたのに、阿国の物騒な推理を聞いたせいで大変気まずい。ちょっととても聞く勇気がない。
そんな僕の挙動不審に気づいてか否か、「ん」と角倉氏が目の前に紙袋を差し出す。
「え、なに? パン?」
昼ごはんならもう食べたけど、と言う僕に、角倉氏はぐいぐい袋を押し付けてくる。
「昨晩うちに牛乳置いていったのはお前だろう。礼だ」
ばれていたのか。
バイトの仕込があるからもう行く。と、角倉氏はパンを強引に渡すやさっさと去っていってしまった。
結局昨夜の穴掘りの件を問い質す機会を失してしまった。
*
夕方、喫茶・三日月館にハルを呼び出した。
角倉氏から渡された紙袋には菓子パンから惣菜パンまで大量のパンが入っており、とても一人で食べきれる量ではなかったので、ハルと分けることにしたのだ。
最初、昨夜の出来事について話してみても、「死体遺棄じゃないの」とつんとした返事しか返ってこず、まだ先日の件で怒っている様子のハルであったが、角倉氏のパン袋を見るや顔を輝かせた。
「わお、これ今人気のベーカリーレストランのじゃん」
いっぺんに機嫌が直ったようだ。角倉様様である。
「ベーカリーレストラン?」
「うん。パンが売りなんだけどね、レストラン併設でフレンチメニューや夜にはワインも飲めるの。おしゃれな店だよ。オーガニックにこだわって、ワインも自家製造してるとか」
「へえ」
そんな店で合コンとかするのかな。その豆知識も男から聞いたのかな。という言葉をかろうじて飲み込む。あぶないあぶない。また喧嘩になるとこだ。成長してる。えらいぞ、僕。
ハルがテーブルの上にパンを広げる。
「ほんといっぱいあるね。クロワッサンにカツサンドに、あ、話題のグレープムースタルトもあるっ。ヨーグルトムースって食べたことないんだよね。これもらっていい?」
上目遣いに見上げる。こんなにキャピキャピしているハルもめずらしい。余程人気なんだろうな。そんなしゃれた店であの角倉氏がフランスパンやらカルパッチョやらワインやらを運ぶのはまるで想像がつかない。
「これとか形が歪だね。あの店でバイトしてたら残ったのとか失敗したパンをもらえるのかな。いいなー、角倉くんうらやましい」
僕は角倉氏のことがいっそう嫉ましくなった。
*
もちろん墓穴の話を真に受けたわけではないので、数日するうちにすっかり忘れていた。
せっかく忘れていたのに、忘れた頃に角倉氏から連絡があった。
――今晩一緒に山へ行ってほしいと。
少し慌てているようで、電話越しに質問しても要領を得ない。急ぎだとか、人手が足りないのだとか。あの夜角倉氏とともに庭の土を掘っていた女性も一緒だという。
電話口の緊迫した様子にのこのこ出てきてしまったが、夜道を歩くうちに不安が募る。死体遺棄。まさか。あほなことを思い出してしまった。しかし、こんな夜更けに山へ入って何をしようというんだ。
待ち合わせ場所に着くと、黒いバンが停まっている。
「早く乗れ」
助手席の窓から顔を出す角倉氏に促されるままリアシートに乗り込む。
「よろしくね」
と運転席からちらと振り返った声は、先夜の女性だ。長い髪を一つに束ねて、落ち着いた声とは裏腹に、ハンドルを握る手に力が入っている様子からも緊急事態であることが伝わる。
説明もそこそこに車は出発する。だから、僕は、後部座席に乗った大きな荷物が何なのか聞くことができなかった。
車は街を抜け、郊外を進み、対向車も減ってくる。街灯の数も減り、何となく辺りはどんどん薄暗い。道は緩やかな勾配を登り、いつの間にか山の中に入っている。車内は静かで、ただ女性が掛けたシャンソンのテープが不似合いに流れる。山道をぐねぐねとカーブしながら登る車に揺られて半ば酔ったような感覚に陥る。
山の中腹に至ってようやく車は停車した。
車を降りる。月明かりの下角倉氏のいでたちを見た僕は仰天した。
「うわっ。角倉クン、それっ……」
白いエプロンに真っ赤な染みができている。角倉氏の血か、それとも別の。
「ワインを溢した」
「こっちよ」
女性に案内されたのは葡萄畑だった。
「百房ほど獲ってくれる。傷つけないよう気をつけてね」
角倉氏のバイト先で得意先から急な注文が入り、その場にいてすぐに動けた二人で材料調達に出ることになったらしい。
僕らに鋏を渡して収穫の仕方を説明するや、女性自身も颯爽と葡萄畑に身を投じる。しゃんと身を伸ばして葡萄狩りするシルエットは、とても還暦を過ぎているようには見えない。さすがは人気レストランのやり手社長だ。
「けど、どうしてこんな夜に収穫を?」
無事に収穫を終えて、行きよりも饒舌になった帰りの車で訊ねる。後部ハッチから籠いっぱいに詰められた葡萄の甘い香りが漂う。
「まあ今回は緊急事態というのもあるけれど。夜摘みした葡萄は糖度が高くて香りがいいのよ。ワイン用の葡萄についていえば、いま世界中のワイナリーでナイトハーベストが主流になりつつあるわ」
「へえ。でも、朝採れ野菜とかいうじゃないですか。本来収穫は朝の方がいいんじゃないですか」
「そうね。植物は、昼間は光合成によって野菜の糖度が高くなる一方で、水分が多く蒸発するわ。対して夜は、光合成は行われず、糖分をエネルギーにして土中の窒素を吸収するため糖度が下がり苦味が増すけれど、昼間より水分量は多い。つまり、昼間糖分の上がった状態の野菜を収穫するなら日が暮れてからがいいのね。けれど、鮮度の問題があるから、一般的な流通を考えると朝採ってその日のうちに店頭に並べるのがベストなわけ。深夜に買い物してそのまま料理したりしないでしょ」
「うちの店の場合は自家栽培がほとんどだからな。夕方採ってそのままレストランで提供したり、翌朝パン屋に並べるから、糖度の高いものを使える」
「自家栽培って、毎晩山に入るのかい」
「まさか!」
社長がくすくす笑う。
「近所に畑を借りているのよ。私の自宅の庭でも栽培してるわ」
なるほど。それで夜な夜なアルバイトの角倉氏が社長の家に出入りしていたわけか。
「じゃあ、角倉クンの庭を掘っていたのも?」
「ええ。野菜の収穫ね」
女社長が答える。なぜか角倉氏はもじもじ俯いている。
「もちろんレストラン用じゃないわよ。自主練習のために野菜の栽培から始めるんだもの、調理係の鑑だわ」
「えっ。角倉クン料理するの」
「筋がいいわよ。凝り性なのよね。休みの日にも一生懸命作っているというんだから、私も応援しちゃう」
角倉氏が料理にはまるとは思わなかった。
「うちの孫娘のためよ。ね」
女社長がバックミラー越しにウインクする。
なに?! やっぱり女絡みなのか。
「うちの子ね、葡萄のヨーグルトムースタルトがお気に入りなの。一度、成分調整乳を使って失敗したのよね。脂肪分がないとヨーグルトはできないから。それでずいぶん燃えているのよね。来週のあの子のバースデーまでに成功させるって。もう妬けちゃう」
そのせいであんな喧嘩にまで至ったというのか。じろりと角倉氏を睨みつけるとそっぽ向いている。角倉氏をこんな骨抜きにするなんて、一体どんな美女だというのか。
「あ、見る? うちの可愛い孫娘の写真」
女社長がスマホ画面を見せてくれる。僕も一目でメロメロになった。「ハーフなの。可愛いでしょ~」ふわふわカールした栗色の髪の瞳の大きな五歳くらいの美少女がおいしそうにパンを食べる写真だった。
*
お土産に貰った自家製ワインは酒好きの阿国と飲むことにした。
ハルとは一緒に葡萄狩りに来た。
また男のくせにブラック飲めなかったり甘いものが好きだとか笑われるかな。なんてぼやくと、「やっぱり人の話ちゃんと聞いてない」と怒られた。
「私、男はブラックだとか決めつける人って好きじゃない。女は甘いもの好きだと思い込んでたりするんだから」
ハルはブラック党なのだ。特別甘いものは好きではない。けれど、ケーキバイキングやなんかに誘うと必ずついてきてくれる。
葡萄に手を伸ばしたハルが上手くもげずに手こずっているので、手を貸す。
「はい、取れたよ」
視線を下ろすとすぐそこにハルの見上げる顔があった。唇が。
「う、わ。ごめんっ」
慌てたハルが身を反らした拍子に体勢を崩す。
「あぶない!」
とっさにハルの腕を掴む。
「あ、ありがと」
数年ぶりにハルの手を握った。思い出よりもずいぶん華奢でやわらかい。
いつまで握ってるんだと思われるかな。でも、離すことができない。ハル自身、無意識に僕の腕を掴んでいることに気づいてないんだろうな。その手が先に離れるまでは、まあ、いいか。
甘酸っぱい香りが僕らを包む。
ざくざく 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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