おくりもの

大臣

 

水が流れる音が聞こえて、自分の目が覚めていることに気が付いた。夏の終わりのことだ。座椅子に腰かけたまま、祖父が眠るように逝ってしまったのは。

 ゆっくりと窓辺に目を向ける。眼下の河川は、街を南北に貫くように流れている。穏やかな夕日がゆったりと流れる時間を演出していて、祖父がここに来ていた理由が分かった気がした。

 そう。祖父だ。僕がここに来ているのは、先日亡くなった祖父の遺言によるものだ。次の誕生日にここに一人で泊まりに来るようにと。別に従わなくてもよかったのだが、少し興味があったのだ。

 祖父のことはよくわからない。お盆やお正月に顔を合わせることはあったけれど、あまり多くの言葉を交わした記憶はない。どこぞの会社の役員だそうで、いつも小難しそうな顔をしながら父と話していた。

 一度、記憶に残っているのは書斎でのことだ。珍しくリビングの机に祖父が本を忘れていて、それを届けに行ったのだ。何を思ったのか、読めるはずも無い小難しい専門書を開きながら向かったのだ。

__読めないだろう。

 祖父はそう声をかけて、わかるようにその本の内容を教えてくれた。穏やかな声だった。

__色々と知っていけばいい。これからな。


「失礼します」

 声をかけられたのに気が付いて入り口を向く。この部屋に案内してくれた旅館の支配人だ。手には丁寧に包装された瓶があった。

「おじい様からお渡しするように、と」

「祖父から?」

 支配人は小さく頷くと、ゆっくりとこちらに入ってきた。包みはリボンで留められ、メッセージカードが添えられていた。そのまま彼はグラスを一つ机に置いていった。

 リボンに手をやって引っ張る。中には果実酒が入っていた。祖父のことはやはりわからない。でも、今回はわかるための足掛かりがある。

__口当たりが良いものを選んだ。旅立ちに際して。

 わからないことだらけだ。全く。ただそれでも、いつかわかるようになるのだろう。寡黙で、しかし決して厳しいだけではなかった祖父のことも、ここに僕を呼びつけて、わざわざこんなプレゼントをした意味も。

「——ハッピーバースデートゥーミー」

 小さく口ずさむ。自分の誕生日だ。そうするしかない。瓶は小気味の良い音を立てて開いて、後にぱちぱちという音を残している。ゆっくりとグラスに注がれたそれは、夕日に照らされて美しく輝いていた。

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おくりもの 大臣 @Ministar

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