第三話 動物の破片

「ァァァァアァアアアアアアアアアアア!!!」


何だろうか、この非力感。天に本格的に見放されてる。俺のせいとかそういう次元の話じゃなくなってる。


「アアッ……あああああ!!!」


泣きたくなるような感情にもなれず、この状況にブチギレる程の気力ももう無い。


溺れてしまいそうになるほどの“落胆”が、心から溢れ全身に打ち震える。


そんな中、脳裏にイケメンの一言がよぎった。


『俗っぽい言い方をするならば、このダンジョンはかなり危険だ。』


「あ……ヤバ———」


声を上げた瞬間、見えない何処から獣に似た呻きが聞こえる。


“危険”そのものが、俺の、決して遠くは無い何処かで呻きを上げる。


凪のように静かなダンジョンでだ。


ありえないほど鼓動が跳ね上がり、音が聞こえそうなほど汗が噴き出る。




“いる”




俺を殺す“何か”が。


このまま何もしなければ、俺はその何かの養分となり、数時間かしたら排泄される。


なら何をすればいい! 競馬か労働しかしてこなかった人間に、狩りなんてできるわけがない!


でも……死にたくはない。その姿形もわからない何かに、訳もわからず殺されるのは、怖いし、嫌だ。


「どうせ殺されるなら……いや、」


生半可な抵抗じゃあ痛みと苦しみが増すだけだ。

「殺るしかない、のか……?」


でも、どうやって。当然の疑問が浮いて出てくる。その時俺の二つの眼球は轟々と燃ゆるものを捉えた。


そうか、松明か。


判断力が低下する中、俺は松明を手に取り、牛よりも国会議員よりも遅い歩みを、暗闇に向けて進めた。


進む、進む、進む。自殺行為とも見えるし、逆に生き延びるための手段とも言えるその行動を続け、俺は遂に見つけた。


“何か”の正体を。


胴体はライオンのような、いやライオンそのものの姿形をして、頭部は首から2本の太い蔦が生え、その各終端に人間の脳のようなものが接続されていた。


「何だ、これは。」


ただそう言うしかなかった。例えるならば美術館にでも行って不気味で意図のわからない作品を見た時と、同じ気持ちだった。


だがその気持ちと同時に、今手に持つ松明のように不思議と殺意が燃えてきた。


そう、人間なら滅多に持つことはない、殺意が。


このよく分からん珍獣を、殺さなければならない。完全に。徹底的に無力化しなければならない。


それは何故かわからない……。だが、不思議とその殺意は加速度的に燃え上がる。


それは殺されることへの抵抗から来るものだろうか? それともダンジョンとやらに置いて行かれた怒りから? それとも、それとも何なんだ?


そんな激烈な殺意に対する疑問も、数刻経ったら殺意そのものにかき消された。


怒りは6秒経ったら消えるとも言うが、この感情は毎秒毎秒何倍にも燃えて噴き上がる。


殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


走り出した直後、俺は飛び出し、右側の脳に飛び蹴りを喰らわせた。


「ギュウガオオオオオオゥッ!」


「うるせぇんだよ畜生風情がよおおオオオッッッ!!!」


一度だけじゃなく何度も、何度も。ああ、足だけじゃ物足りない!


俺の腕が、頭が、手に持つ松明でさえも! 目の前の脅威を殺したがっている!無垢な赤ん坊がミルクを欲しがるかのように!


「だああああああああッッッッ!!!」


「オラッ!」「死ねッ!」「ゴミがァッ!!


何度も何度も何度も!あああああああ足りない足りない!!!!


死ねええええええええええええッッッッ!!!!



—————




「あ。」


冷静さを取り戻した頃には、獣は獣の形をしていなかった。


「食えるかな、獣だし、食えるか。」


冷静になったとしても、俺は狂っていた。


こんなキメラを食おうと思うやつ、居るわけがないのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毎日俺だけダンジョン生活 上本利猿 @ArthurFleck

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ