エピローグ

「けんちゃん!早く行かなきゃ始まっちゃう」


あかりは焦りながら、僕の手を引いて走る。

見慣れた明るい水色の浴衣。

カタッ、カタッ、と音を鳴らしながら下駄で地面を蹴り、袖をゆらゆらと揺らしながら走る。

僕はそんなあかりの後ろ姿を、見つめながら思った。

もう、強くなれたのだと。

だって、この胸は重苦しくなんてないし、

中身が何も無いんじゃないかと思うくらい、とても軽くて、心地が良い。

そして、ほのかに暖かくて、鼓動が少し速い。

当然、春乃の事を忘れた訳では無い。

春乃と二人で過ごした沢山の思い出も、全部ちゃんとこの胸にしまってある。

でも苦しくは無い。

心が折れることは無い。

常にぎゅっと引き締まっていて、一度も逸らさずに、この現実と向き合っている。

これは、強くなったという事ではないだろうか。

恋は残酷だ。

恋によって生まれる幸せの裏には、誰かの苦しみがある。

でも恋をしている以上、それを受け止めなければならないんだ。

春乃はそれを僕に教えてくれた。

もう、弱々しく立ち止まる事はしない。

僕は前へ、進むんだ。


「ふぅー、間に合ったねー」


両膝に手をついて、息切れしながら春乃は言う。

多分僕とあかりしか知らない、小学生の時に見つけた、花火を見るのに最適な穴場。

屋台列を抜けて、丘を少し登った所にあるこの場所。

様々な光で溢れた夜の街を一望でき、花火がその街の上空に打ち上がる光景は、本当に綺麗だ。

小学生の時に二人で設置した、二つの並んだ岩の椅子に、僕達はそれぞれ腰を下ろす。


「この景色、今年もけんちゃんと二人で見れたね」


真正面に広がる広大な夜の街を、あかりは目を輝かせながら見つめ、噛み締めるように言った。


「うん」


今なら真っ直ぐに頷ける。

そう、僕は強くなったのだから。


すると、その次の瞬間、目の前がぱっと明るく光って、僕たちを包み込んだ。

そして、どこーん、と大きい音が響き渡る。

僕達は声を揃えて、「わぁ、、」と感嘆の声を洩らした。

夜の街に打ち上がる、大きな花火。

それに感動してる暇もなく、次々と花火が打ち上げられていく。

鼓動がどくどくと音を立てて、激しく高鳴る。

胸全体が熱くなって、やがて頬にも熱が生まれる。

僕はふと、横にいるあかりを見た。

すると、あかりと視線が絡み合った。

あかりの頬は、熟れた果実のように真っ赤になっていた。


「ねぇ、もう知っていると思うけどさ」


目線を逸らしてもじもじとしながら、ぼそっとあかりは口を開く。

そして数秒経って、意を決したように、僕を真剣な眼差しで見つめた。


「私、けんちゃんが好き」


僕は、はっ、と息を吸う。

やばい、心臓が胸から飛び出してきそうだ。

胸の奥底から、何かが湧き上がってきて、目に涙が浮かぶ。


「うん、僕も好きだよ」


もう何もかもが、どうでも良くなってくるぐらい、恥ずかしい気持ちが胸中を駆け巡る。

でも、とてもとても、

幸せだった。

花火が次々と夜空に弾け、様々な色で溢れる中、僕達は抱きしめあった。


あかりが好きだ、大好きだ。

これからも、ずっとあかりと一緒にいたい。


あかりの温もりを胸で感じながら、僕はそう強く、強く、何度も思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

強くならなきゃ ひろ @tomihiro_0501

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ