第5話強くならなきゃ

目がひりひりと痛み、周りには乾燥した涙が張り付いている。

今の自分が、とても情けない顔をしているのだと分かった。

胸の痛みは少し引き、乱れた動悸も落ち着いていた。

でも胸は変わらずとても重くて、息苦しいのも変わっていない。

誰も居らず静かで、少し生暖かい空気が充満した廊下を、僕はふらふらと歩いた。

そして、下駄箱で靴を履き替え、校舎を出る。

何も考えたくない。

ただ今は、全てを忘れて眠りにつきたかった。

身体を動かす気力すら湧いてこなくて、ただ早く家に帰って眠りたいという願望によって、足だけが勝手にのそのそと前へ進んだ。

真下の地面を見つめながら歩く。

正面の大きな茜色の夕日が、僕の頭のてっぺんに向かって一直線に光をぶつける。

何だか、今の自分を客観的に見てしまった。

そして、酷く虚しい哀れな姿だなと、ふっ、と表情が歪んだ。


しばらくして、僕は家に着いた。

何も言わずに中に入って、そのまま二階の自分の部屋へと直行する。

そして、部屋に入り、鞄を適当に放り捨てて、制服のままベッドに倒れ込んだ。

目を瞑った。

すると、胸の苦しみや痛みが頭にづきづきと響く。

僕は目にぎゅっと力を入れ、苦痛に耐えながら、やがて眠りに落ちた。


何かの振動で目が覚めた僕は、真横に置いていた、光っているスマホを手に取る。

見ると、春乃からのメッセージの通知が来ていた。

僕はそこをタップし、内容を見た。


あの時は急に行っちゃってごめんね。

夏祭りなんだけど、元々友達に誘われてて、その人達と行く事にしたから。

君は君の思うようにすれば良い。

私なんて気にしないで。

これは私からの頼み、よろしくね!


また胸がぎゅっと苦しくなって、切ない気持ちが溢れ出てきた。


ごめん、本当にごめん、春乃、、、、。


謝った所で何も変わらない。

この事を丸く治めるなんて、出来る訳がない。

でも、あかりを捨ててしまった自分の心が嫌いで、それに言葉をぶつけるしかなかった。

僕はもう一度、この春乃のメッセージを読み返す。

胸がまるで、血圧測定機に腕をはめているかのように、どんどんときつく締めつけられていく。

何度も読み返していたその時、ふと春乃の顔が浮かんだ。

涙を流す春乃。

でも、それに逆らうようにぐっと引き締まった表情をしていて、少し口元を緩ませながら、真っ直ぐな目で僕を見ていた。

僕は、はっ、として、目を見開く。

今こうしている自分に嫌気がさして、胸にずきっとした痛みが走った。

僕は手に持っているスマホを、ぎゅっと強く握る。

弱々しく嘆く己の心に、全力で逆らった。

腹に思いっきり力を入れて、心に、心臓に喝を入れた。

ばらばらに砕け散っていた心の破片が、どんどんと集まって元に戻っていく。

そして、ぎゅっと強く引き締まった。

僕は深く息を吸う。

そして、ゆっくりと吐きながら、ベッドから起き上がった。

僕は春乃を苦しめてしまった。

でも今こうしていることは、もっと春乃を苦しめてしまう事になる。

電話で夏祭りに誘った、あの時の嬉しそうな春乃の声も、春乃の浴衣を二人で選びに行ったあの日の事も、全部胸の中にぐっとしまい込んで、


僕は行くんだ。

あかりの元に。


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