第9話 問:この章でざまぁを受けるのは誰でしょう?

「久しぶり、母さん」

「……ええ、久しぶり。本当に大きくなったわね、エイタ」


 山のふもとにある小さな宿屋で、エイタとその母親……ティカルは向かい合って座っていた。ベルベッドは宿屋の外に待機している。


「驚いたよ。15年前に行方知れずになってそれっきりだった母さんから急に連絡が来るなんて。てっきりもう……」

「……ごめんなさい、エイタ。私は……。私は許されないことをした。あなたの苦しみはすべて私のせいなのよ」

「どうしたんだよ、急に。確かに母さんがいなくて苦労したことはあったけど、今こうして顔を見せてくれただけで……」

「この世界が『物語』になっていたのは……すべて私のせいなの」

「え」


 ティカルは顔をうつむけたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……エイタ。あなたを身ごもったとき、私は本当に嬉しかったのよ。ど……どんなことがあっても絶対に、あなたを守るって決めた。どんなことがあっても絶対に、あなたの味方でいるって決めた。わ……私は、でも。か、体が弱かったから。分娩の直前に、た、体調を崩して」

「落ち着いて、母さん。何があったのか分からないけど……」

「し……死産だった。エイタ、私の体から出た時、あなたはもう息をしていなかった」


 エイタは絶句する。


「わ……私は半狂乱になって、なにがなんだか分からなくなって、ただひたすらに泣き続けて、そうしたら目の前に神様が現われた」

「母さん、いったい何を」

「神様は、い、言った。え、エイタを生き返らせてやるって。その代わりエイタには違う世界の誰かの記憶を与えるって。そ……それからこの世界を、実験的な物語の製造所にするって。定期的に、だ、誰かがとんでもないひどい目に遭う。そ、その対象は『読者』という上位存在の意思によって決まる。どんなに幸せな生活も、『読者』の気まぐれで一瞬で崩れ去る」

「…………」

「私はそれを受け入れた」


 ティカルは泣きはらした目を上げて、エイタを見つめた。


「エイタ。弱くてごめんなさい。私はあなたを失うことに耐えられなかった。卑怯でごめんなさい。私は自分の罪と向き合うのが怖くて、あなたの前から姿を消した」

「……母さん」

「今日はね、エイタ。あなたに裁いてもらうためにここに来たの」


 ティカルは懐から小さなナイフを取り出し、机の上に置いた。

 エイタの体は硬直している。その視線は、張り付いたようにナイフから離れない。


「私はあなたとずっと会っていなかったから、この世界のシステムによる罰を受けることもなかった。……だけど今日、あなたの目の前ですべてを告白した。『読者』に悪い印象を与えた人間は罰を受ける、というシステムなのよね。……だったら私は文句なし、罰せられる対象のはずよ」

「……違うんだ母さん。『ざまぁ』システムは停止した。もう自動的に罰が与えられることはない。すべて終わったんだ」

「そう。……そうなの。だけどやっぱり、元凶である私がなんの罰も受けないわけにはいかないと思う。ねえエイタ、お願いよ。……そのナイフで、私を殺して」

「………」


 エイタは数秒ほど沈黙し、

 そしてナイフを手に取った。


「……あ、ありがとう、エイタ」

「…………」

「ずっと……ずっと、お、思ってた。わた、私が罰を受けるべきだって。よ、ようやく勇気が出せた。お、お願い、エイタ。終わりに、して……」

「嫌だね」


 エイタはうしろにナイフを放り投げた。

 ティカルは驚愕にその体を凍らせ、呆然としてナイフを見送る。


「……ど、どうし、て」

「殺せるわけないだろ。……母さんのしたことは確かに、この世界にとって良くないことだった。だけど、俺を助けるためにやってくれたことだ」

「違う! そういう問題じゃないのよ、エイタ!! どんな目的であれ、私がしたことは許されないこと! それが何の報いも受けないままなんて!!」

「母さんはもう十分苦しんだはずだ! 15年間もひたすら自責の念に耐え続けた! この上息子に殺されるなんて結末があってたまるか!」

「じゅ……十分? 十分なはずないわ! 私は責任も取らず逃げ続けただけ! エイタ、あなたが許しても他の人が許さないわ。私のせいで苦しんだ人はたくさんいる! この世界が物語だというなら、これを見ている読者だって――!」

「知らねえよ!!!」


 エイタは叫ぶ。


「誰が許されるべきで、誰が許されるべきじゃないとか! このくらいの罪にはこのくらいの罰じゃ不十分だとか! なんでそんなことを知らない誰かに決められなくちゃいけないんだ!! 今ここで母さんに対峙しているのは俺だ! 今ここで母さんを罰する権利を持っているのは俺だけだ!! だから俺が決める。俺は……俺は母さんを殺さない!!」


 しばらく宿屋には、エイタの荒い息と、ティカルのむせび泣く声だけが響いていた。

 数分ほどそんな時間が続いたあと、エイタが口を開く。


「なあ、母さん。俺たちの家に来ないか?」

「……え」

「母親と同居したがる夫は嫌われるらしいけどな。……ま、いいだろ。いま俺は山奥で7人の妻と暮らしてる。でもって、たぶんあと1人くらいは一緒に暮らせるはずだ」

「そ……そう。ずいぶんとモテるのね」

「償いをしたいってなら……農作業を手伝ってくれないか? なんせ山奥なもんだから、けっこう大変なことが多くてな。人手はいくらあっても足りないんだ」


 ティカルは机の方を俯いたまま、しばらく考え込んでいた。

 だがやがて顔を上げ、彼女はうなずく。


 そしてエイタとティカルはベルベッドとともに山奥の家に戻り、

 待っていたハーレム要員たちと顔を合わせ、

 そして、

 そして―――――




 そして、何も起こらなかった。

 エイタと7人の妻とティカルは、そのあとも仲睦まじく生きた。

 時に困難にぶつかることもあったが、9人は力を合わせてそれを乗り越えた。

 そして彼らは山奥で、死ぬまで幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。


―――――――――――――――――――――――


 あ、どうも。お久しぶりです。モデレーターです。

 というわけで、章題の『この章でざまぁを受けるのは誰でしょう?』の答えは、『誰も受けない』でした。

 ハッピーエンドで良かったですね。


 ……おお。なるほどなるほど。

 ここで「は?」と思ったあなたはとても鋭い読者ですね。

 つまり「この物語のコンセプトは『毎話ざまぁ』なんだろ? 最終章にしてコンセプトに違反してんじゃねーよ」ってところでしょうか。


 蛇足かもしれませんが、いちおう説明しておきましょう。実はこの物語、『すべての章でざまぁが発生する』なんてことは1度も言っていないんですよ。

 ほら、作品概要欄の『保証内容』をもう1度確認してみてください。


●保証内容

・読者をモヤッとさせる言動をしたキャラクターは、その章のうちに制裁を受けます。

・字数は1章につき3000字程度(2500~3500字)とします。

・このキャラにモヤッとしたけど制裁を受けてない! そんな時は応援コメントで、「こいつのこんなところにモヤッとしました」と書いてみてください。応援コメントをいただいた次の章で、必ず制裁を受けさせます。

・その他、応援コメントでいただいた要望は可能な限り作品に反映させていただきます。


 どうです? すべての章でざまぁが発生するなんてなんて書いてないですよね?


 ああ……。『読者をモヤッとさせる言動をしたキャラクターは、その章のうちに制裁を受けます』とは書いてますね。ただし、『このキャラにモヤッとしたけど制裁を受けてない! そんな時は応援コメントで、「こいつのこんなところにモヤッとしました」と書いてみてください』とも書いてます。

 これはつまり『作者的には読者がモヤッとするとは思わなかったけれど、実際には読者をモヤッとさせた』キャラがその章でざまぁを受けないことは許容されているということです。

 というわけで、ティカルさんにモヤッとした方は応援コメントで書いていただければ次の章で制裁を受けさせますよ。まあこれ最終章なので、次の章なんてないんですけど。


 ……というわけで。刺激を求める読者の皆さまには申し訳ないのですが、これがこの物語の結末です。

 まあ、たまにはいいんじゃないですかね? 罪人が許されたり、ひどい目に遭わなかったりすることがあっても。


 ええもちろん、分かってますよ。あくまでこれは例外。

 かく言う僕もざまぁものは大好物でして。もしあなたがこれからも他のざまぁ作品を読み続けるなら、またそこで読者同士として出会うすることもあるかもしれませんね。

 あなたとの再会、楽しみにしていますよ。


 というわけで。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 それでは、また別の物語で!! シーユーネクストざまぁ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チート能力を持って転生した俺だったが、S級パーティから追放され、幼馴染からも婚約破棄。仕方ないから山奥でハーレム作ってスローライフ送ります~俺を失ったパーティと幼馴染は没落。今さら謝ってももう遅い~ とてもつよい鮭 @nameless

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ