第5話
この省線の駅で、あのお方との笑顔でおめにかかれるこの場所で、わたしがこのまま力尽きてしまっては申しわけがたたないと。
もしも、あのお方がひょっこりとお戻りになられ、わたしの息絶えた姿などをあのお方にお見せしてしまいましたら、わたしは一生の後悔をいたします。
何より、あのお方はひどく悲しむでしょう。それだけは絶対にあってはなりません。ここは、何ものにも代えがたい、わたしとあのお方の幸せな場所でなくてはならないのですから。
わたしは、懸命に立ち上がり向きを変えると、最後の力を振り絞り、よたよたと歩きだしました。
一方で、大切な場所を死守したことで安堵し、ふと、秋田の原風景の中、あのお方とともに笑顔で歩いているような軽やかな気持ちになりました。
自分はどこへ行こうとしているのだろう。一歩、一歩と行くその行き先には、何やらぼんやりとした光が見え、わたしを導いてくれるのです
今はもう何の不安もなく、わたしはその光の方向へゆっくりと向かっております。それはあたかも、あのお方のように、あたたかい。何もできなかったこのわたしを、惜しみない大きな愛情で包み込んでくれるような、やわらかな光でした。
初めてお目にかかったときから、わたしを本当の子供のように慈愛に満ちて接してくださり、わたしはその情味触れる中で育ちました。わずかの期間ではございましたが、あのお方と一緒に過ごせたことは、無上のよろこびでございました。
わたしは、あのお方をお待ち申し上げること以外、何もできませんでした。
もう、お待ち申し上げることができなくなりましたことを、どうぞお許しください。
わたしが、お待ち申し上げていたことを、覚えておいてくださいませ。そして、きょうまで、お待ち申し上げていたこの思慕が、あのお方へ届くようにお祈りくださいませ。
きっとあの省線の駅が、わたしとあのお方の懸け橋となってくれることをこころから願ってやみません。
ああ、わかります。もう尽きるのだと……。
最期に、ひと声あげましょう。この想いが、あのお方へ届くように。
——
待ち続けて 一宇 桂歌 @mochidaira2000
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