第4話

 当初、わたしを遠退とおのけていた方々は、やがて、見守ってくださるあたたかい目に変わり、何やらまわりはどんどん騒がしくなりました。

 わたしは、あのお方に支えられていたように、次第に多くの方にも支えられるようになっていったのです。

「うちの子に見習わせたいものだ」

「なんと、殊勝しゅしょうなことだろう」

 方々ほうぼうから称賛を浴び、流布るふされるようになりました。ありがたいことではございましたが、わたしのこころの中は何一つ、変わっておりませんでした。

 ところが、この頃から、徐々にわたしのからだは、何かにむしばまれていったのです。

 その何かが、容赦なくこのからだを襲い、痛みが思うように動かすことを許さないのです。

 このさき、余命いくばくもないのかも知れない。すぐそこまで、それがやってきている。そう感じましたが、あのお方の直目をあきらめるなど露ほどもございませんでしたし、わたしになにかあれば、それこそあのお方がとても心配なさるので、気丈にふるまわなければと意を強くしました。

 けれども、抗えないほどの激痛が動くたびに襲ってきて、歩くことさえままなりません。どうかあと一日、あと一日だけわたしに時間をください。切に願いながらも、わたしがここであのお方をお待ち申し上げることができるのは、ほんのわずかな時間だと、このからだの苦痛が教えてくれます。


 日々の夕刻、この駅に電車が到着すると、さまざまな人が改札口から広がって、ちりぢりに各家路を目指します。それはいつの間にか「改進を目指す街」という言葉がふさわしいほど、増勢し目に見えて移り変わっていきました。

 わたしはここで毎日、その経過を見ながら、いまかいまかとあのお方が出てくるお姿を息をのみ、待ち遠しくそわそわさせていたものでした。

 折節、似通にかよった佇まいの方が出てくると、一瞬体がビクッと動いて、全身で緊張したものです。しかしそのあとは、いっそうの侘しさが覆いかぶさり、寄る辺ない身にため息をつきます。過ぎ去りし日々の中で脳裏に浮かぶ、両手いっぱいに広げてこちらへ来る笑顔のあのお方の姿を思い浮かべては、幾度となく涙をのみました。


 思い返せば、毎日ここへいることができたのは、ひとえにみなさまのお力添えでございました。

 凍てつくような季節は、秋田生まれのわたしにとって何でもないことではございましたが、べっとりと汗をかく暑い日は、誰彼だれかれともなくこの喉を潤してくださいましたし、食べ物も恵んでいただきました。

 ときに暴雨のような日には、わたしの濡れたからだに手ぬぐいを差し出し、お声がけをいただきながらからだを拭いてくださいました。

「こんな嵐の中、まだあのお方を待っているのか。おまえというやつは」

 そのみなさまに、残された力をもって、お礼を申し上げなくてはなりません。

「ありがとうございました」

「お世話になりました」

「見守っていただき、心からお礼申し上げます」

 わたしは、お世話になった方々へごあいさつをいたしました。


 駅に着くころには息があがり、意識が遠のきそうにも必死に耐えました。もしかしたらきょうだけは、両手を大きく広げられた、わたしの姿を喜んでくださったあのお方の姿を見ることは叶うのではないか。そんな一縷の望みを残しましたが、適いませんでした。

 だめだったか……。

 ——そのとき、ふと、気がついたのでございます。


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