母との秘密と引越し
おばあちゃんからそう言われた
一瞬戸惑ったが即座に答えた
「会ってみたい」
そこからはトントン拍子に話が進んだ
おばあちゃんが母に話を通してくれたらしい
後から母の電話番号を私に教えてくれた
プルルル…プルルル
戦々恐々としながらも家に誰もいない時にそっと電話をかけた
機械的な発信音を耳に感じながら生唾をごくりと飲み込む
ガチャ
出た、なんて言おうか
迷っていた時だった
「…むぎ?」
それは、もうずっと聞いていない母の声だったが私が記憶している母の声はもうとっくの昔に忘れていて覚えておらず、知っていたのは当時まだ赤ん坊だった私を抱いて微笑んでいる母の写真だけだった
「久しぶりね」
そう言って母は一言ぽつりと言葉を放った
そこからはゆっくりゆっくりと、それでもたくさんの話をしながら時間は緩やかに経っていく
母は今度ご飯でも行こうと私を誘った、それを私はひとつ返事で了承をした
その時であった、遠くの方で祖父のバイクの音が聞こえる
慌てて私は母に約束だけをして電話を切ったのだった
「ママ!またあとでね!」
ガラガラガラ
ちょうどタイミングよく祖父が買い物から帰ってきた
「おかえり」
それだけ言ってすぐに2階へと上がっていく
心臓の高鳴りが聞こえてくる
冷汗もじっとりとかいている
まるでいけないことでもしたかのようなそんな気分だった
でも当時の私は実際そう思っていた
おばあちゃんと連絡を取ったことも
母と会う約束をしたことも誰にも言わず黙っていた
幼いながらも話してはいけないと分かっていた
これは母と私だけの秘密なのだ
あの日から2週間程して母と会う日になった
少し遠くのスーパーで待ち合わせをしていたので目的地まで全速力で自転車を漕いだ
そうでもしないと家族にバレてしまう
そんな気がしていたのだ
スーパーの駐車場につくと
母に言われていた白い車を探した
ありがたいことにとても狭い駐車場だったので母の車はすぐに見つかった
ふぅ、と小さく息を吐いてから窓ガラスを叩く
母と視線がぶつかる
実際の母は当たり前だが写真より少しだけ老けていた、でも全体的に変わってはいなかった
鼻の横のほくろは母のチャーミングポイントだと思う
助手席に乗り込みファミレスへと向かう
その間、母は今の家の状況を一から十まで聞いてきた
私が不憫な思いをしているのだと悟った母は少しの沈黙の後こう言った
「ママの家に来る?」
そうは言われてもおばあちゃんの時のように即座には答えられず、ただ流れる外の景色だけを静かに見つめていた
家族が許すはずがない、と決め付けていたのだ
そんな私を見た母はそれ以上は何も言わず黙って運転をしていた
そうこうしているうちにファミレスへと着いた
母に食べたいものを注文していいのよ、とメニュー表を渡された
家では食べられない、大きなハンバーグと食後のデザートにこれまた大きないちごパフェを頼んだ
こんなハンバーグでさえも我が家では簡単に食べられない代物なのだと改めて家の貧乏さを痛感させられた
「美味しい?」
ハンバーグとご飯を交互に口の中へとかきこんでいる私を見ながら母は言う
食べることだけに集中している私は頭を上下にこくこくと動かせて反応してみせた
その後のいちごパフェまで食べ終えると
さっきの話の続きだけど、と母は話を始めた
「ママがおじいちゃんに言ってみる、むぎを今からでも引き取って一緒に住めないかどうか」
我が家を牛耳っているのは父では無い
年金で皆を食べさせている祖父なのだ
当時の父は職に就いていなかった
いや今まではしていたのだが飲酒運転で仕事をクビになったのだ
「家に来るってこと?…怒られないかなぁ」
母と連絡を取り、挙句に家まで連れて行くことに何も言われないわけがないと恐怖していた
「大丈夫、ママがなんとかしてみせる」
あんなに恨んでいた母が格好よく見えたのはその時が初めてだったであろう
家に着くと早速母を祖父のいる居間に通した
「…ご無沙汰しています」
緊張が部屋中を駆け回る
祖父は私を睨み一瞥したあとまた視線を母へと戻した
「あんたか、なんだ何しに来たんだ」
祖父はかなり怒っている
やはり母でもどうすることもできないのだ
だがしかし母も臆する姿を見せることなく
一生懸命に理由と経緯を説明した
「…ということで、むぎを預かりたいんです」
母も少し顔が強ばっている気がした
「わかった」
と一言祖父が言葉を発した
それと同時にそれだけ我が家の経済的状況は良くないのだと思った
でもまぁ、了承を得たのだからまずはこれで一歩前進だ
そうして晴れて引越しが決まったのだった
これが中学二年生になる二ヶ月前の出来事である
濁りどぶねずみ 砂糖 むぎ @mugi_oO
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