四
8月31日(水)
今日の朝、目がさめてみると右手がボクのものに戻っていた。このまえまでのことがうそだったように動く。でも自分で殴った跡だけは変わらずに残っていて、とても痛んだ。
そして昨日のところにあるこの文はいつ書いたんだろう。この字のうねり方からみて、右手が書いたものに違いない。あの右手はコウスケだったのだ。「ごめんなさい」ってことは反省しているのかな。だとしたらコウスケはボクに最後にこれだけ伝えて、消えてしまったんだ。
コウスケはボクの右手にずっといたんだ。ボクといっしょに夏休みをすごした。いっしょにご飯を食べて、いっしょにプールに行って、いっしょに宿題をしていたんだ。ボクは弟がいなくなってようやくそのことに気づいた。もうコウスケに会えない。そう思ったら涙が溢れて止まらなかった。
弟はあの日、買い物を押しつけられたことを恨んでいただろうか。お母さんに頼まれた買い物。ボクはそれがめんどくさくて、コウスケに押しつけてしまった。ボクはずっとそのことを知らないフリをしていたんだ。ボクのせいで弟がトラックにハネられたなんて認めたくなかったんだ。お父さんにもお母さんにもずっと言えなかった。でもコウスケはそんなボクと、死んでからも一緒にいてくれた。ごめんなさいって言ってくれた。
右手の君へ。ありがとう。
今日でその夏休みも終わる。明日からまた学校が始まってしまう。右手が使えなかったせいで、夏休みの宿題はほとんど終わらなかった。結局ボクは左手でものを書くのを諦めることにした。どうしても引いた線がペン先に隠れてしまうのに慣れなかったんだ。
お父さんとお母さんには日記をみせて、このことを正直に話した。右手がコウスケのものになっていたこと、そのせいで宿題が進まなかったこと、その様子を毎日日記に書いていたこと、そしてコウスケがボクを許してくれたこと。二人とも何も言わずにボクの話を聞いてくれた。
ただお父さんが「この日記はどうやって書いたんだ?」と聞いてきたけど、なんでそんなヘンなことが気になるんだろう?
右手の君へ 乙川アヤト @otukawa02
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