第5話
俺は渡された本をぱらぱらとめくってみる。普通の文庫本。男の言う「彼女」は綺麗好きか本を大事にしたいのか本屋でカバーをかけてもらったらしい。
別に、恋愛小説が好きだとか読みたかったとかそういうわけじゃない。
「この本に気づいたの、荷解きのときでしたっけ。この本、彼女が入れたと思いますか?」
「まあ、彼女が好きって言ってた本だし。俺は買った覚えはない」
「これ、新品っぽいですよね。カバーも綺麗なままだし、開き癖もなくて全体的にかたいし。それに帯にもしわや傷ひとつない。好きな本だったんでしょ?これ、あなたに貸そうとしたわけじゃなくて新しいのを買って来たんじゃないですか?」
ぺら、とカバーを外し、裏表紙のあらすじを見る。するとカバーに隠れていた帯から何かが落ちた。拾い上げてみると、手作りと思われる栞だった。
シンプルなデザインに三輪のバラの絵。色鉛筆で丁寧に描かれたそれは本物に負けない美しさだった。
「それは……?」
「赤いバラの絵。さすがに素人に押し花は無理だろうから……。バラの花言葉は情熱・愛情。本数でも意味が変わるけれど……例えば一輪で『一目ぼれ』なんて有名ですよね。三本あるってことは『告白』『愛しています』。」
「それは……まさか」
「告白、オーケーだったんじゃないですか」
「そうか、俺勝手に勘違いして……」
「まあ、もう昔のことだし忘れちゃってもいいと思……」
「よかったぁ~!嫌われてなかった!」
「!……よかったですね」
「うん!ありがとね、お兄ちゃん!君がいなかったら一生引きずったままだったよ!それにしても花言葉とか詳しいの?本数ごとなんて全然知らなかった!」
「まあ……俺、姉がいるんですけど。その姉にちょっと教わったことがあって。あの、もしよければ会ってみます?」
「へ?お姉さん?急だね~?」
「まあ、俺、あなたの話聞いてたら姉さんのこと思い出して。なんとなく似てるし、会ったら楽しいかもと思って。」
「ふ~ん。でもそれならまずはお兄ちゃんとお友達にならなきゃな!お兄ちゃん、俺みたいな不審者にほいほい付いてきちゃって危なっかしいとこあるから心配なんだよね~」
「それを自分で言いますか……。というかお兄ちゃんって呼ぶのやめてください。俺にだってちゃんと名前あります。あなたの名前も聞かせてください、というか自己紹介からしたほうがいいかな?」
「そっか、なんとなく気が合う感じしてたけど名前も知らなかったんだっけ~」
まだまだ夜は長い。この人は俺のことを危なっかしいとか言ったけど、あんたも大分だぞ。大人になって友達なんて言われて……まんざらでもないけど?
実は俺は学生時代、ある先輩のカバンにこっそり本を入れたことがある。
それは姉の頼みから始まった。男のあんたなら見つかっても言い訳できるでしょ!と必死に頼まれては断れない。人の目を盗んでサッカー部の部室に潜入。俺はお目当てのカバンに本を入れた。目印は聞いていた。
この話をするのはいつになるだろう。
酔っぱらいの戯言 藤間伊織 @idks
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