第25話

 「つまり、どうして盤都羅が起動してしまったか、私達にはまだ分からない」

弓野はそう言って自分用の資料を捲りだした。

「不明な部分は保留、用語類等は自宅で読んでもらうとして、盤都羅の起源に関する私の考察を、少し話させてもらいたい。聞いておいて損はないんじゃないかと思う。26ページ目を開いてほしい」

 灯輝とみどりは言われたとおり、各ページの末尾にあるノンブルを追った。 ”盤の起源に関する考察” と汐春の言葉を復唱するような見出しがあった。

「私は日本史の担当だけど、専門は戦国から江戸時代でね。工事関係者も、盤都羅をそのくらいの時期のものかと考えて私を呼んだんだと思う。だが八ノ目の知識を頼りに調べると、もっと前、西暦1000年前後の平安時代中期に制作されたものである可能性が高まった」

 資料には出典と引用が並んでいる。灯輝はなんだか学校で授業を受けているような気分になった。

「風早君のファイルにもあったね、制作者は陰陽師、賀茂光長かものみつなが。だが史料にこの名は存在していない。駒に吹き込まれたものが偽名であるのか、それとも何らかの理由で歴史から消されたのか、定かでない。ただ平安中期、賀茂姓の陰陽師は有名で、この家柄に関係があると私は考えている」

 灯輝は横目でみどりを見た。小さく頷きながら資料に目を落としている。

「盤都羅は遊具として造られた。日本の盤上遊戯と言えば、将棋しょうぎが思い当たるよね。実はこの将棋のルーツも平安時代にあり、しかも陰陽道と深い関わりがあるとされているんだ」

 駒達は黙っているが、気持ち、ポケットから身を乗り出して話を聞いているようだった。

「平安中期の学者、藤原明衡ふじわらのあきひらの著作、新猿楽記しんさるごうきに将棋に関する日本史上最初の記述がある。これは将棋の原形、摩訶大将棋まかだいしょうぎのことを指すと推定されている。注目すべきはそこで使われた駒だ。別の出典によれば十二神将じゅうにしんしょうという駒を含むのだけれど、何を由来としているか分かるかな、風早君」

 突然話を振られ、灯輝は小刻みに首を横に振った。

「これはまさに陰陽師が使役する式神しきがみなんだ」

 汐春の声はやや大きくなっていた。

「つまり将棋も、盤をみやこに見立て、式神である駒を使役し闘う遊具であったという仮説が成り立つ」

「へえ~…」

 内容に興味を示しつつ、灯輝はこれが大学の教授なのだと汐春に尊敬の念が湧くのだった。

「だが盤都羅が持つという十二の符駒の名称は、これら史料にある十二神将と一致しない。摩訶大将棋には他にも多数の種類の駒があるが、それらの内にも明確な関連性を見出すのは難しい。そういった全てをふまえた、私の推論を言おう」

 汐春はいったん言葉を区切り、飲み物を口にした。

「賀茂光長は将棋の発生した時期に、独自の創造性を交えて盤都羅を造り出した。どちらが先かは分からない。ひょっとすると盤都羅が将棋に影響を与えた、なんていうこともあるのかもしれない。とにかく陰陽の力を用いて造られたそれは、あまりに異質なものだった。駒の記憶が正しいならば、きっと数回は盤都羅は行われたのだろう。だが」

 灯輝もみどりも駒達も、聞き入っていた。

「盤都羅は偉い人の、ともすればみかどの、不興ふきょうを買うような事件を引き起こした。それによって制作者の名と共に、辺境であった山奥深くに葬られることになった」

 汐春はそこで語りを止め、両手をテーブルに置いた。

「なるほど興味深い」

 ガルガが応じた。

「我ら符駒は盤都羅の戯法の知はあれど、外でのまつりごとや事象はあずかり知れぬ。本体が永らく封じられた理由、頷けるものはある」

「じゃろう。朧気に瞼に浮かぶ最後の盤都羅は平安の世じゃ。何か、不都合なことが起きたはずじゃ」

 駒達でさえ盤都羅が放棄された理由を知らないというのは、不思議なことに思えた。

「まあ、全ては憶測さ。駒の言うことが正確であるという前提でのね」

 汐春は両手を広げた。

「宇宙人が作ったとか、未来から来たとか、そんな可能性だってゼロじゃない」

 それを言ったら元も子もないでしょうと、駒を除いた三人は笑い合った。それからしばらく続いた雑談は、近頃の緊張をほぐすのに役立った。



 三人のドリンクは残り少なくなっていた。汐春が歓談を切り上げ、真面目な声で言った。

「ではここで、今日のメインテーマともいえる相談をしたい」

 灯輝とみどりも神妙な面持ちとなった。

「目指すは盤都羅の終了。ではどうやってそこへ向かうか」

 当然の議題であった。汐春は座ったまま少し身を乗り出した。

「三人で盤都羅本体を、そして他の符駒がいるならそれを探したい。櫂脈の探知や、考えられるあらゆる手段を使ってね」

 灯輝もみどりも、この申し出にすぐに応えることができなかった。汐春は続ける。

「もちろん危険を伴う。ただ、相手が符駒なら会話ができる可能性が高い。それぞれが局者を見つけていれば尚更ね。私達で説得しよう。駒と本体が揃うことで、確実に終局へ近付くと思うんだ」

 灯輝は汐春の言うことは理解できた。それがもっとも現実的な計画であることも。ただ――

「そんなにうまくいくんでしょうか」

 みどりが灯輝と同じ疑問を口にした。

「分からない。だがそれしか……」

「待たんか」

 八ノ目が割って入った。



 「八ノ目、分かるよ。穏便に済ませるのは納得がいかないって――」

「違うシオハル、待て」

 八ノ目の声には緊迫感が漂っていた。

「むう」

「あっこれ…」

 ガルガと香天も声を上げた。



「櫂脈じゃ。こっちに来とる」

 八ノ目が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盤都羅 ~古の邪遊具~ ジョカジ @jyokaji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ