第15話 現世の二人のエンディング

 カフェの広いオープンテラスで優雅にホットワインを飲んでいる白コートの美青年が、ゆっくりグラスを揺らした。硝子の内側で赤ワインから温かい湯気が立ち上る。


「――で、”聖剣”はどうした?」

「こんな雪も降りそうな真冬に、なんで暖房きいてる店内じゃなく寒空の店外テラス席、待ち合わせ場所に選んだ?

えっ?嫌がらせ?ウィーグ様と同棲してるのからかったから、こんなダイレクトに嫌がらせぶつけてきた感じ?」


 寒風にガチガチ歯を鳴らした瑠実がキャメル色の厚手コートの襟をかき合わせた。雪雲が視界に入る。目の前で白コートに薄灰色の革手袋をした青年は、寒さなど感じさせない澄ました顔で笑っている。 


「この私がそんな俗物的な行為をするとでも?くだらんな。あと、”同棲”でなく”同居”だ。言葉の選択には気をつけろ。ひねるぞ、小娘。」


 瑠実の隣に座る一色がしら~っとした顔で怨嗟をつぶやいた。


「……その左手の指輪がまぶしくって目障りなんですけど。あ、手袋つけてても魔王おれ物質”透過”して見えるんで。

なんですか?幸せ見せつけたくてわざわざエンゲージリングつけてきたんですか?手袋で隠して。やっらしー。恋に浮かれてる聖職者とかマジ見苦しいですよ。滅びてくれません?

どうせ俺の指輪は受け取り拒否されて、まだ渡せてもないですし。あっ。ものすごいムカついてきた。そのダイヤがギラギラうるさい薬指メンズリングのプラチナ部分、『状態操作』で変色させて暗闇よりドス黒くしてやりたい。よし。やろう。」

「悠」


 寒さで白い息を吐いた瑠実が一色の頭にポン、と手を置いた。ファー素材の手袋で”よしよし”する。温かい茶褐色の瞳で一色の顔を覗き込んでニコッと笑った。


「あのな。150万円越えの”婚約指輪”は重すぎる。返品してこい。税込み15万円までなら、安心して受け取ってやるから。」

「そんな!なんでそんなこと言うの?俺の愛を具現するアイテムが税込み15万円制限枠とか無理。無理ゲーすぎるよ!

本当なら”飼い犬・庭付き白い一戸建て”ごとセットで贈りたいのに!なんで俺の提案、全部ダメ、ダメ、ダメって一蹴するの?ちゃんと『愛してる』って言ってくれたじゃん。録音・録画済みだからね。俺は瑠実を幸せにしたいだけ……なのにっ!」


 工藤と瑠実がジト目になった。


(……こいつ、本当に”面倒くさい”な。たかが婚約で”世話が面倒な獣と30年返済ローン付き”の家を贈るか?頭わいてるだろう。)


 瑠実が、ココアブラウン色の頭をフルフル振った。


(ザナディス。多分な、”返済ローン”はついてない。

こいつの生家、驚くほど金持ちで挨拶に行ったらご両親が婚約祝いにポ~ンと土地と新築プランカタログ出してきた。あ、ペットカタログもな。


『いや~あなたがうちの”困ったちゃん”悠くんの”前世の恋人”ですか!生きてる間に出会えて良かったな、悠!逃げられないように、新築一軒家ここに隠して誰にも奪られないよう大切にしまっておきなさい。』


――とか聞こえたが、脳がもはや理解を拒否した。だから”家”は、絶対に、受け取り拒否のスタンスを貫く……。)


 ザナディスが、ジト目からチベットスナギツネ的表情に変わった。頭痛でも感じたのか、こめかみを軽くおさえている。


(……おい。小娘。回収するつもりだったが”聖剣”はやはり貴様が持っておけ。”身の危険”を感じたら魔王ヤンデレを聖剣で強制封印して逃亡しろ。偽造パスポート、逃走手段、戸籍、潜伏先ぐらいは用意してやる。

聖騎士と女司祭の所へは行くな。聖騎士ヤツ魔王コイツはツーカーだ。匿ってくれるフリして捕獲されるぞ。)


 瑠実がしみじみうなずいた。


(ザナディス……。お前、本ッ当にイイ奴だよなぁ。あ。むち使う夜のプライベートはウィーグ様、許してくれてんの?それともウィーグ様相手に鞭、使ってんの?でもウィーグ様ってどっちかっていうと……まさかのまさかだけど”使う”側から”使われる”側にジョブチェンジ、とか――)


 途端、金髪の青年がカアッと白皙の頬を赤く染めた。え?と瑠実の目が丸くなる。一色が意地悪そうに笑った。


「聞いちゃダメだよ、そこは。部外者に”内緒”にしとかないと白教皇、今夜も『お仕置き』されちゃうから。」

「え?冗談のつもりだったのに。」

「瑠実は冗談のつもりでも、きっと黒教皇は冗談で許さないよー。」


ガタン。


 動揺も露わな金髪の青年が席を立った。長い睫毛が何度も瞬く。潤んだ青い瞳に涙の膜まで張っていた。何を思い出したのか、ブンブン頭を振っている。ハーフ美青年の”弱った”色気がすごい。抱きしめて守ってあげたい。

 ため息が出そうに滴る色気にあてられた周囲のお姉さま方が一斉に工藤の方を見た。全員がホウ……と顔を赤らめる。


(……ザナディスって超絶、女にモテるのに。なんでウィーグ様と付き合ってるんだろ?)

(黒教皇の”獲物”に認定された時点で、逃げ場はないよ。多分。あとそれ黒教皇に言っちゃダメだよ。白教皇、鎖でベッドに繋がれちゃうから。)

(う~ん。他人の恋愛に口出しする気ないけど、無理強いはちょっと……)

(あの指輪見てよ。)


 一色が瑠実の右手の手袋を外した。自分も左手の手袋を外し、素手で手を繋ぐ。屋外にいるため、2人とも手が冷たい。脳内に直接、魔王いっしきが『状態操作』魔法の応用で工藤の手袋を『透過』して見ている映像が流れ込んできた。


(え?ちょっと!)


ザナディスが手袋をはめている左手薬指に、世界でも有名なブランドのエッジをカットしたデザインの指輪が見える。粋な感じにブリリアントカットされた綺麗なダイヤモンドが数か所に輝いていた。高そうな指輪だ。それよりも特筆すべきは……。


(だあああああああッ――⁈な。なにアレ!『暗闇のゆるし』ってあんな使い方できたの?指輪に付与されてる魔法がエッグイ……。やだ。ウィーグ様、鬼畜。ザナディス可哀想。)


 ふふふ、と意地悪気に笑った一色が繋いだ瑠実の素手の手を自分の口元へ近づけ、ハアッと吐息で温めた。


(ねー。現世じゃ”ドS鬼畜猊下”は黒教皇の方だよねー。あれじゃ婚約指輪というより、超大作ファンタジー映画で登場した『魔王の指輪』に匹敵する『呪いの指輪』だよー。

アハハ!すごいゲームのアイテムっぽい!……まあ、でも白教皇も”教皇”だし自分で呪いの”解除”くらいできるでしょ?それをしないってことは、つまり当人同士がああいう"性癖"なんだよ。ね?)


 瑠実が死んだ魚の目をした。


(知りたくない。聞きたくない。私は何も聞かなかった。うん、そうしよう。)

(店外のテラスで待ち合わせにしたのは、店内だと”手袋を取らなきゃいけない”からかな?あんな魔法で束縛されてるの、知られたくなかったんだろうね。)


 工藤の左手がビクッと震えた。薬指の指輪から東条ウィーグの固有魔法『暗闇のゆるし』の気配が強く立ち上る。淡い緑色の光が輝くのが薄灰色の皮手袋を透かして見えた。


「…………ッぁん」


 金髪の美しい青年が羞恥に耐えがたい顔でうつむいた。守るように自分の両腕で自らを抱きしめる。かすかに全身が震えている。青年の足がガクガク揺れていた。チラッとのぞいた華奢なうなじが赤く染まっている。

 涙をためた瞳で苦悶し、ウルウル震えるザナディスがヤバい。伝説の”禁断のAV”を目前で上映されている気分だ。瑠実と一色は言葉を失い、灰になった。


(あンの鬼畜変態エロ教皇ウィーグさまがぁ――ッ!)

(あ!瑠実!待って。)


 ぶちキレた瑠実がガタンッと席を立った。テーブルをまわって工藤の傍へ急いで駆け寄る。一色が、瑠実と繋いだ手はそのままに固有魔法で瞬時に瑠実に『精神干渉』ガード・遮断の防御膜を張った。

 瑠実が工藤の左手の革手袋をむしり取る。そのまま薬指の指輪をスルッと抜き取った。怒りに満ちた強い目で忌まわしいダイヤの指輪をギュウウウッと握り締める。


「ウィーグ様、ザナディス虐めないで!卑怯ですよ。こんな……『”屈辱”に感じる感覚を再現』とかいう腐った魔法、恋人に渡す指輪に付与して身につけさせるとか!

変態。ド変態。信じられない!

没収!没収です。この指輪。今すぐ質入れして換金してやるッ!悠、近くに質屋は――」


 手を繋いだまま反対の右手で携帯電話をポチポチしていた一色がニコッと爽やかに笑った。携帯の画面をパッと瑠実に見せる。


「うん。このカフェを出て左に13メートルの場所に1軒目があるよ~。キャバ嬢が戦利品の高級ブランドバッグ換金しに持ち込みそうな、殺風景でうっさんくさ~い店構えの質屋!いいんじゃない、そこで!指輪これ換金した分で焼き肉でも行こー。」

「よし。伝票は持ったな?カフェ出るぞ。百貨店で楓音と國士の”結婚祝い”を買ったら、今夜は3人で焼き肉だ!」


 ビックリした表情の金髪の美青年の瞳のふちに溜まった涙を、瑠実が手袋の指で優しくぬぐった。意志の強いまなざしで工藤と目を合わせ、凛とした声で言った。


「こんな仕打ちに甘んじるな。ガツン!とやり返せ。私が守ってやる。

別れ話に行くか?”聖剣”携えて同席の上、加勢するぞ。」

「な、に?」

「――お前こいびとを泣かせるなんて許せない。泣くな。変態ゴミは私がぶった斬って地球上から殲滅せんめつしてやる。」


 茶褐色の瞳で熱く『守ってやる』と言い切った瑠実が、フッと微笑んだ。え。やだ、カッコいい。アニメの半端な王子様より断然リアルにカッコいい。瑠実と工藤の背景にブワッと咲き誇る白薔薇の艶やかな幻影が見える……!美形(女)×美形(男)の逆転”愛の囁き”エモい!

 ハラハラしながら一連の流れを見守っていたカフェ店内、テラス席全員の淑女達が心の中で絶叫した。


(キャアアアアアアアアッ~~~~~~!強めの幻覚が見える――!)

(なに?あの女の子、メチャメチャ素敵ぃっ!)

(イケメン!女の子なのに超絶イケメンだわ!ヤッバい。嫁ぎたい!あの目で見つめられた~いッ!)

(惚れる!惚れた!推せるわ、”尊い”っ!)

(恋愛シュミレーション・ゲームの”王子様”⁈いや。どっちかというと!)

(RPGの無双系『勇者』って感じ――――ッ!!)


 一色がハア、とため息をついて携帯をスチャッと取り出し高速でコールした。ニッコリと狐のような細い目で笑って、通話に出た相手にベラベラ機関銃のようにクレームを奏上する。


「ちょっと~黒教皇、何してんの?医者だろうが。仕事しろ、ニートか。

あんたが白教皇に余計な悪戯しかけるから、ウチの”カノジョ”邪魔なファンまたドッサリ増やしちゃってるんですけど?も~!大学内の厄介な瑠実の”ファン”ようやくあらゆる手段をもって沈静化させたばかりだってのに。……これ系の奴ら、釘刺して回るのすんごく大変なんだからやめてくれる?」


 受話器の向こうで、相手は笑ったようだった。


『……ああ。やっぱ一色君かー。真斗の指輪、本人以外が触ったら即『精神汚染』して”発狂”するよう仕込んでたのに。ルビィが平然としてるから、絶対君が『精神干渉』ガードしてると思ったー。

好きな子にベッタリくっついて守るなんて、もう”魔王”の看板返上したら?ルビィの”騎士”か”従者”でいいじゃん。だって」


 意地悪そうに東条ウィーグが言った。クックック、と笑い声が響く。


『――”夫”には、まだしてもらえないんでしょ?』


 ブチブチブチッ!一色の頭の血管と思いやり回路が何十本か激しく千切れた音が聞こえる。黒目がザワッと深紅に染まりかけた。工藤が恥じらう面持ちでゆっくり口を開く。


「……すまない。大丈夫だ。だが、感謝する。指輪を返してくれ。」

「おい。DVに慣らされちゃダメだぞ。ウィーグ様、これを通してお前をいたぶってるんだろ?こんなモノ――!」


 元白教皇の青年が乙女のように頬を染め、首を振る。


「別に”いたぶられて”はないな。……探してるんだ。”幸せ”を。2人で」


 雪も降りそうな寒いテラス席で男女の思考が止まる。瑠実と一色が真っ白に燃えつきた。埴輪はにわのような目と口になってしまったが、致し方ない。

 ななな何言ってるんだ、ザナディス。いや、ホント何言っちゃってんの――ッ⁈


(探してるもなにも!)

(……すごく”幸せそうな”顔して微笑んでますがアナタ~~~っ!)


 瑠実がギリッと歯噛みした。一色と繋いでない方の手で悔しさのあまり拳をブルッと握り締める。


「クソッ!……今夜の高級”焼き肉”がオシャカになった……ッ!」

「いや。肉より、もうこの変態カップルと絶交したい。関りを持ちたくない。”禁断の花園”は柵の向こうでやってって感じ。」







 携帯の画面でメールの添付画像を開くと、輝くステンドグラスと祭壇の写真が目に飛び込んできた。赤と青の厳粛な光に包まれた美しい教会内の風景だ。

 2枚目の写真には、純白のドレスの長い裾を気にしながらこちらを振り向く楓音の照れた姿が映っている。3枚目に、白のタキシード姿で幸せそうに笑っている澤井が現れた。黒髪イケメンのウェディング・スマイル、破壊力がスゴい。式場スタッフのお姉さまズが背後で悶えている。

 瑠実は温かくこみ上げる思いに胸が満たされる余韻に浸った。


(結婚、おめでとう。カノン、イグニス……)


「今日、式場の下見とドレスの試着日だっけ。……これがウェディングドレス?あ。肩出すのOK出たんだ?聖騎士イグニス、露出完全NG派だと思ってたー。幸せそうで何より。もう”教皇の遺言”の”行動強制暗示”は、後遺症もなく完全に”消えた”ね。」

「お前のおかげだ。ありがとう。悠。……暗示の『消去』後、アフターケアに昨日も2人の所へ行ってきたんだろう?」


 一色がうんざりした顔でうなずいた。両手で顔を覆ってさめざめ泣き始めた。


「……うん。もう『消去』は完了で大丈夫。俺、精神の『状態操作』は経験少ないからソコが心配でアフターケアに何回か行ったけど。もう大丈夫だと思うよー。ホント良かった。……もう、当分あの2人のマンション行きたくない。空気甘いし、会話甘いし、玄関へいちいち!手を繋いで!宅配便取りに行ったりとかさぁ。

耐えられない。出されたコーヒー、無糖のハズが”佐藤”が死ぬほど入ってる味しかしなかった……!」

「落ち着け。”佐藤”さんは人間だ。”シュガー”だ、”シュガー”。動揺で脳内まで震えてるのはよく伝わった。……でも結婚前のカップルなんて、そんなもんだろ?」

「……俺のプロポーズは、なかったことにされてるのに?」


 瑠実がキョトンとした顔で足を止めた。キラキラ輝くイルミネーションが背景で一斉に点灯した。そういえば、そろそろ日が沈んで宵闇に世界が温かくくるまれる時間だ。

 工藤と別れ、港町の水辺の暮れなずむ公園を2人で歩いている。アッシュブラウンの髪の甘い顔立ちのイケメンが、拗ねた表情でこっちを見た。


「なぜ?指輪が”高級すぎる”って返しただけだぞ?別にプロポーズ、断ってないじゃないか。」


 一色がぶーたれた顔で文句を羅列してきた。本当にこの男は神経が細かい。図太い瑠実とは正反対だ。


「……あのね。指輪を『突き返された』ら、一般常識的にはそれは『お断り』ってこと、ちゃんと頭の中の”恋愛”辞典の項目にメモっといて。

言っとくけど俺、普通に優良物件だからね⁈少女漫画とか恋愛主軸のアニメなら”当て馬”じゃなくて”メインヒーロー”張れる逸材だから!大体、指輪が高額なのも女性は喜びこそすれ怒られるなんて思いもしなかったよ……。

ハア……。ホント瑠実ってブッ飛んでる。こんな虐げられてそれでも愛してるなんて、俺”ドM”世界の扉のドアノブに片手がかかってる自覚ある……。」


 一色の背後で、ライトアップされた観覧車が7色の光に移り変わる。鮮やかに世界が彩られ、美しい夜が幕を開ける。イケメンがまたシクシク泣き真似を始めた。涙は出ていないが。

 大体、何が”メインヒーロー”だ。お前、少年漫画やRPG、バトルアクション作品なら真正”ラスボス”ポジションの腹黒策謀キャラだろうが。戦闘力、地球壊せるくらい高いし。瑠実はしら~っとした目で腕を組んだ。


「……よく考えたら、別にしなくていいんじゃないか?”結婚”。

お互い他の相手には目移りしないと思うし、一生このまま一緒にいれば、それでいいじゃないか。お前は何をそう焦って、1人で何と戦ってるんだ?戦うなら2人で戦うべきだろう。」

「はああああああッ?ちょ、ちょっと待って。待ってください!その暴論なに?学内稟議もそんな感じなの?ウソ。そんな暴論展開、絶対に稟議の承認下りないよー。

します。結婚は、絶対に、します。お願いだから結婚して!

イヤ。こんないつまでも不安定な”彼氏”状態で瑠実に”捨てられないか”ハラハラドキドキ暮らしていくの心臓がもたない。早死にする。イヤ。やっとこうしてくっついていられるのに俺、死にたくない!うわぁ~~~!」


 錯乱しつつ愛を叫ぶイケメン。現実がバグッている光景だ。通り過ぎる通行人達が面白おかしそうにチラチラ見物してゆく。見世物になってるぞ、元”魔王”。いいのか?それで。実に情けない。

 瑠実は、スッと左手を泣いている一色に差し出した。騎士に忠誠を誓わせる女王のように高慢なしぐさで。茶褐色の瞳で愛しい恋人に問いかける。


「――で、諦めるのか?お前は。」


 甘い顔立ちのイケメンがハッとこちらを見た。差し出された瑠実の手と顔を順番に見る。黒い瞳がギラッと獰猛に輝いた。獲物を狩る獅子が木陰で静かに戦闘態勢に入る姿を連想させる強さで。

 瑠実の背を甘い期待がゾクッと悪寒になって走り抜ける。やっぱり、お前ユトはそうでないとな。


「……ねぇ。”結婚”して。君が傍にいないと、俺」


 元魔王の青年が油断のない瞳で甘く微笑んで、元勇者の彼女の手を取る。

 左手薬指にキスを落とした。空気中の水蒸気が瞬時にひそやかに氷結し、彼女の指に幻を描く。美しく儚い雪の結晶が宙に生まれ、蝶の羽のように数回羽ばたいた。雪の結晶の蝶は、彼女の指へしとやかに舞い降りる。


シュアッ。


 蝶が彼女の薬指に巻きついて、ハート形フォルムの指輪に姿を変えた。雪と氷の銀青に美しく輝く。一色がニコッと微笑んだ。


「……世界滅ぼしちゃうかもしれない、から。」


 2人の強い目が火花を散らし、交わった。戦場で刃をかわすような、水底で手を繋ぐような緊張感が2人の周囲を包む。非常に心地よかった。

 ココアブラウンの髪をゆるやかに揺らした美女が薬指を顔の傍へ掲げた。ひらひら手を裏返し、右手の人差し指でツン、と氷結リングに触れた。


キィィィィィィン。


 ハート形フォルムの指輪が勇者の固有魔法『光の祝福』で組成変性され、構成物が雪と氷から金属の”プラチナ”に作り変えられる。

 瑠実がまっすぐに一色を見て、花がほころぶように微笑んだ。左手薬指の銀色のエンゲージリングを顔の横にかざす。


「……それは『勇者』として看過できない一大事だな。なら、この指輪にかけて誓ってやろう。『魔王おまえ』が命ある限り――」


 一色が突然グイッと瑠実の腰をつかんで上へ抱き上げた。うっとりと彼が彼女を下から愛しげに見つめる。

 前世からの宿敵、そして恋人。そんな縁深い相手を見下ろし、彼女は身を任せながら甘く囁いた。2人の背景でまぶしい7色の観覧車が明滅し、華やかな祝福を贈る。


「――世界を滅ぼす暇もないぐらい、生涯私を”愛させて”やろう。」

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愛が重い女勇者と腹黒魔王が、伝説級クソゲー世界から現代へ転生したらしい 十六夜 かがり @ssyyuu1869

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