第14話 暴君彼女 V.S. 腹黒彼氏 バトルロワイヤル痴話喧嘩【終幕】


東条がゆっくり目を開けた。まだ目を閉じたままの工藤を見て、優しく微笑む。2人は東条の自宅に帰り着き、キッチンに作りつけられたカウンター前の木製スツールに隣り合って座っていた。

 工藤ザナディスが見ている光景を共有するため、両手を繋いでいる。金髪の青年がやや遅れて青い瞳を開いた。


他人ひとの恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら……。お前さぁ~、ルビィに”聖剣”出すのはやり過ぎじゃない?

一色君が死んじゃったらどうすんの?”恋愛ゲーム”に凶器差し入れたらゲームオーバーだって。わあ~、笑えな~い。」


 呆れ顔でミネラルウォーターのペットボトルに口をつけた黒髪の青年に、金髪の青年がツンとした雰囲気で反論した。離された片手が妙にさみしく感じるのは錯覚。勘違い。気のせいだ。と工藤は自分に言い聞かせる。


「黙れ。……先に”反則”を犯したのは、魔王あっちだ。貴様と違ってあの青二才は精神操作の経験が少ない。現に、人間性が抑制・侵蝕されて小娘が”廃人”になるところだったぞ。あの程度のハンデは出して然るべきと判断した。不満でもあるのか?」


 水をゴクン、と飲み下した東条が手の甲で口をぬぐう。ニコッと笑った。


「ん。別に?……ただ、お前がルビィばっか気にかけるから面白くないなって。

――思い返してみると、教皇室に呼びつけて長時間罵倒したり、陰険な嫌がらせしたり、偽物の聖剣に『精神操作』系の魔法かけて渡したり。白教皇お前がそこまで情熱かけていじめ倒してたのってルビィだけじゃない?

あっ!あーあーあーッ!まさか前世からルビィのこと、好きだったの?お前。

だから、魔王と恋仲って知って『亡者の息吹のろい』とか、かけて殺し合わせたりした?

うっわぁ。アウト。前世年齢差では完全に”ロリコン”判定だわ。しかも愛が歪んでる。恋人を殺す”死の呪い”とか、片思い相手にかけるか?いや、かけない。有罪!懲役2,000年確定の有罪!」


 親指と人差し指で銃の形を作った東条がバーン!と工藤を撃ってきた。

 げんなりした顔で片手を額にあてた工藤がため息をつく。少し逡巡した後に、言葉を選ぶように紡いだ。


「……前世むかしはそうだったかもしれんな……。たしかに奴だけ『特別』に感じていた。現世いまは、手のかかる子どもの挙動を狼狽うろたえつつ見ている”保護者”の心境だ。

――それ以外に適切な表現が浮かばないことに、軽く絶望すら覚えている。」

「えっ!マジで⁈育児中の母親気分?ヤッバァ――ッ!!」


 ブッハアッ!と東条が盛大に噴き出した。腹を抱えて全力でゲラゲラ笑っている。これぞ抱腹絶倒!イラっとした工藤が、まだ東条と繋いでいた左手を振り払ってスツールから立ち上がろうとした。


ブン!……ブラン、ブラン。

ブン!ブン!……ブラン、ブラン、ブラン。

ブンブンブンブンブンッ!……ギュウウウウウッ。プラ~ン。


 繋がれたままの手が、2人の間でプラプラ揺れる。東条がニコニコ善良な笑顔で工藤を見上げた。

 ギュウウウウウ。キツく握った手の力はゆるめない。振り払おうとした手を食らいつくように強く握られ、ザナディス工藤の背後に怒りの白銀オーラが立ち上った。


「手を離せ……『聖なるしもべ』で台所の刃物全て貴様に襲いかからせてもいいんだぞ……!」


 ウィーグ東条がニヤッと悪い顔で笑った。


「なになに。る~?そっちが『遠隔操作』でくるなら、こっちは『精神操作』で対抗してもいいぞ?一色君と違って黒教皇おれは足掛け80年以上の精神操作歴を誇るプロ中のプロ。現に、もうザナディスおまえ、何の違和感もなく俺のこと好きになってるだろ?

もっと熱烈に『好き』を『愛してる』に書き換えてやっても俺は問題ないけど?

あ。すっごい名案な気がしてきた。よし。そうしよう!大丈夫。俺、結構稼いでるからいつでも”嫁”に来てくれて構わないからな。」


 ビキビキビキ。ザナディスの額に青筋が立った。


ガァァァン!


 勝手に飛び出たキッチンの大小各種引き出しからジャキ~ンッ!と果物ナイフ、鋏、肉切り包丁などバラエティ豊かな刃物類が立ち上がる。遠隔操作の固有魔法『聖なるしもべ』で操られた刃物達が宙に浮いてグルグル東条の周囲を飛び回った。非常にサイコな光景だ。黒髪の青年がヒュウ、と口笛を吹く。


「え~。ヤダ。怖ぁ~~~い♪メンヘラ彼女に刺されそうな男の気分。」

「これが最後通牒だ。私の、手を、離せ……。」


 工藤の青い目が据わっている。ガチギレ5秒後だ。ウィーグはポリポリ頬をかいた。さすがに煽り過ぎたかもしれない。


(だって、ザナディス反応が一々可愛いから)


 ウィーグの黒い瞳が意地悪そうにスッと細まった。意図せず、口の端が上がる。


いじめたくなるんだよな……。)


「『キスして』」

「は?」


 金髪の青年が驚いた様子で黒髪の青年を見た。急に日本語が理解不能になった人みたいだ。東条は畳みかけるように言葉を足した。


「『自分から、俺の膝に手をついて、キスして』ザナディス。……ああ、やっぱお前忘れてた?俺の固有魔法発動条件。それとも知らなかったっけ?」


 東条が意味深な笑顔で繋がった2人の手を軽く持ち上げた。チュッと工藤の手にキスする。


ウィーグと不用意に”手を繋いだ”ら危険だぞー。ザナディスおまえ精神こころいじりたい放題だから。」

「なっ」


 ガクン、とザナディスの体が勝手に動いた。厳密には”そうしないといけないような気がして”自分で動かしたのだが。さらには自分の手が、何かに突き動かされるように東条の膝の上に置かれる。そのまま体重を相手にかけた前屈かがみの体勢で、ザナディスはウィーグの顔にそっと自分の顔をよせた。

 近づいた互いの唇からこぼれた吐息が交わり合った。ギリ、と悔しさに元白教皇の青年は奥歯を噛み締める。


(この……ッ!)


 ウィーグが黒い目で優しくザナディスを見た。


「……好きだ。俺とずっと一緒にいて欲しい。必ず”幸せ”にするから。」

「魔法で相手の心を支配して手に入れて、それでお前は満足なのか?私の”偽りの”好意を受け取って虚しくはならないのか?ウィーグ。」


 唇が触れそうな距離で、ザナディスが静かにウィーグを見た。淡々と問いかける。

元黒教皇の青年は、やや邪悪な微笑みで答えた。


「相手を好きになる『理由』なんて星の数ほど存在するぞ?優しくしてくれたから、顔が好みだから、傍にいてくれたから。

なんにせよ自己中心的な理由だ。結局は、その人間が生きて培ってきた価値観で物事の好悪を決めてるんだよ。完全な主観だ。相手の主観にさえ合致すれば、それが”本物”になる。

――つまり、今ここにいるお前が『好き』と感じる、という事実だけが”本物”なんだよ。”魔法で『好き』と刷り込んだ”過程は別に重要じゃない。

卑怯?上等だ。使える手を使って、何が悪い。”卑怯”という言葉を使うのは負けた側だけだしな。俺、勝負事は必ず勝つ主義だから。ほらほら。反論しろよ。完膚なきまでに論破してやるから。」


 東条が言葉に重い熱を乗せ、工藤を追いつめる。


真斗さなと。口、開けろよ。舌入れていい?」


 工藤が東条の目を見ながら、冷たく尋ねた。


「……なぜ今度は魔法を使わない。さっきみたいに私の精神を操作して、口を開けさせればよかろう。」


 狡猾な黒い青年は、内緒話をするしぐさで恋しい相手へ囁いた。


「――好きな相手にしか使わない『お願い』っていう、”魔法”のつもりだけど?」







「やったぁ!形勢逆転!史上最強の武器”聖剣”があれば瑠実の勝ちはほぼかたいんじゃない?ザナディス猊下さすがだわ。」


 興奮で楓音が頬を染めた。本物の聖剣には前世のゲーム内でもお目にかかったことがない。旅立ちの前に前世のザナディスが渡してきたのは、偽物だったからだ。

瑠実の手できらきらしく輝く黄金の長剣を見つめる瞳は熱に浮かされている。

対照的に、澤井は難しい表情で眉間にしわをよせた。ハア、と疲れた中間管理職の風情でため息を漏らす。なんだか頭痛までしてきた。


「いや……ユトが反省してルビィの”洗脳”を解こうとしていたところに、ザナディスが余計なブツをブッ込んできたというか。仲直りできる流れを木っ端微塵みじんに爆破していったというか。とにかくこれは、マズい。

”聖剣”は魔王を殺すための逆転チート武器だからな。アレで下手に攻撃したらユト、『魂ごと消滅』とか普通にあり得るぞ?世界すら滅ぼしかねん。……まあ、ルビィもそこは心得て”考えなし”な使い方はしないと」


 輝く美しい紺青の星空を背景に、焦げ茶色の髪をなびかせた元勇者の彼女が右手で頭上に高く聖剣を振り上げた!

 金色にギラギラ獰猛に光る眼は”手負いの”トラ状態だ。怒っている。非常に怒っている。激オコだ。叫んだ声が、この場の残り全員には「ガオォォ~~~ッ!!」と野生の獣の咆哮に聞こえた。黄金の剣がそれに呼応して激しく輝きを放つ!


「ひとを”洗脳”するとか、ナメてんのか!そこへ直れ!成敗してくれるッ!」


(((いやいやいや。時代劇かよ。)))


 3人の心がきれいに1つになった瞬間だった。


(きゃ~~~ッ!世界崩壊級の破壊兵器、”考えなし”に使ってる――!)

(あのバカッ!誰かウィーグ様連れてこい!あの人の隕石ゲンコツなら奴を止められる!)


 一色がフッと銀の髪をかき上げて余裕の笑みを浮かべる。流し目で瑠実を見た。ヒステリーを起こした元カノをなだめる色合いが瞳にひらめく。


「……ダメだよ。そんな”白いバカへんたい”がよこした凶器なんか振り回しちゃ。危ないからね……ほら、こっちに貸して。二度と日の目を見ないように重石つけて深海の底にでもガンガン沈めとくから。」


 言ってることがヤクザか殺し屋のソレだ。瑠実がギロッと睨み返した。ビシィィッ!と左手で元カレの魔王を指さす。


「なら降参して、楓音にかかった暗示を解け。言っておくがお前の『言いなり』にさせられるのは死んでもごめんだ。口でうまく丸め込もうとしても無駄だからな!」


 一色がやれやれと肩をすくめた。仕方ないなぁ、という雰囲気がダダ洩れている。


「……面白くないけど、女司祭の暗示を解くよ。聖騎士の恨みも買いたくないしね。

でも”降参”はしたくない。だって俺、負けてないもん。全然、俺のが強いしー。

実際白教皇バカが反則武器出してこなかったら、ルビィ今頃俺に叩きのめされて「……私の負けだ。クッ殺せ!」とか言ってるエロゲー展開一直線だよねー?

……だから、ルビィが『負け』を認めて”結婚”してくれるなら悔しいけど女司祭を助けてもいい。」

「嫌だ。」


 瑠実が、秒で返答した。場の空気が凍る。澤井と楓音はなんでなんでなんで~~~~⁈と白目を剥きそうになった。


(えっ。相手が妥協してきたんだし、そこは引きどころじゃない?……まあ、確かに”結婚”は人生の一大事だから悩む時間は欲しいわよね。即決を迫るなんて、全然紳士じゃないわよ!

……でも瑠実も結局、魔王が大好きなんだし。約束ぐらいならしてもいいんじゃないの?”結婚”)


(――あ~。ユトの馬鹿。ほんと馬鹿。完全に”言い方”で失敗してる。ルビィ、死ぬほど負けず嫌いって知ってるだろ?そこはお前が優しく折れて「ゴメンね。暗示は解くよ。……ねぇ。だいすき。結婚して?」とか甘える感じでいけばイケただろう。

勝負を前面に出すな。そうじゃなく”結婚”と”愛してる”をポイントに交渉するんだよ!)


 野次馬2人の心中も意に介さず、両想いなのにマウントの奪い合いで意味不明に戦う元勇者と魔王の会話はバカバカしくも続く。


「なら”婚約”でもいいけど?」

「燃やすぞ。ゴミのように激しく」

「……えー。じゃ”結婚秒読みのお付き合い”」

「”婚約”と同義語だ。日本語で遊ぶな!」

「ちぇー。”深い関係の彼氏”」

「言い方がエロい。肉体関係を無理強いする気か?――却下。お前はカラダ目当てなのか。」

「なっ!違うよ!そっちこそ!現世で再会当日に部屋に連れ込んできたじゃん。ロマンスの欠片もないよ!カラダ目当てなのはそっちじゃないの?」

「はあああああああッ?ふざけろよ。女の部屋に入っておきながらウジウジウジウジと。このヘタレ!男ならドサッと押し倒して、激しくディープキスぐらいかましてみろ!」

「ヘタレぇ?……そりゃヘタレもするよ。好きで好きで好きでたまらない子を目の前にして、男は臆病になる繊細な生き物なんだからッ!

――だから、だから、1回ぐらいルビィが折れてくれてもいいじゃん!俺、前世でいつも折れてルビィに”勝ち”を譲ってたでしょ?負けず嫌いなトコも大好きだし愛してるけど、たまには譲ってくれたら俺だってちゃんと『愛されてる』って実感できるのに!」


(え?)


 瑠実が急にポカンとした表情になった。これ以上なく大きく目を見開いている。

金色の”戦闘モード”だった瞳が茶褐色にフッと戻った。一色の”銀髪赤目”もいつの間にか、元の色彩に戻っている。


(”勝ち”を譲る?)

(それは……たしかに1度もしたことなかった。)

(そんな簡単なことでよかったのか?それでお前は私のことを信じられたのか?)

(ちゃんと”愛してる”って)

(なんだ)


 2人の視線がそっと甘く結びついた。カアッと瑠実が突然、赤面する。つられて一色もボワッと発火した。

 顔を真っ赤にした2人がモジモジしながら、お互いを見つめ合う。チラッと上目遣いで一色を見た瑠実がギュッと黄金の聖剣を胸に抱きしめ、可愛い唇を開いた。


「……悪かった。私の『負け』だ。前世からずっとお前しか愛してない。

大好きだ。惚れた方が恋愛の敗者だというセオリーに従って、負けを認め、お前に『降伏』する。」


 うっとりした黒い瞳で瑠実に顔をよせた一色が、とろけた声で言った。


「……俺も、途中ちょっと本気でドツいてゴメン。反抗的な彼女を調教する男のゾクゾクする快感……ちょっとわかっちゃったっていうか。新しい扉開いてもいいかなって、自棄になって。

でも大好き。やっぱり大好き。傷つけてゴメンね。

――俺の『負け』だよ。前世も現世も、君が視界に入った途端、俺、バカになっちゃうんだ。世界のすべてが君を中心に回ってる。君が俺の『世界』で、俺の絶対的な『支配者』なんだ……。愛してる。勝つのも負けるのも相手が君じゃないと意味がない。

現世も来世も永遠に、俺を勝ち負かして君に”夢中”でいさせて……。」


 ゆるやかに近づいた2人の唇が、しっとりと甘く重なる。あふれる愛を伝えるように、受け取るように。

 瑠実の腕が一色の首に回った。アッシュブラウンの髪の優男が愛し気に彼女の全身を強くかき抱く。彼女の背が美しく、しなった。


「…………。」

「あれ?仲直りしてる……。なんで?」


 こうして人類滅亡カウントダウンすら危ぶまれた波乱万丈な痴話喧嘩は、ここになぜかロマンチックな終結を迎えたのだった。

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