第13話 暴君彼女 V.S. 腹黒彼氏 バトルロワイヤル痴話喧嘩②

 氷の花が地面を彩る。脆いシャボン玉のように無数の雪の結晶が空中へ浮かんで消えた。楓音がハアッと寒そうに両手の指先へ息を吹きかけた。凍りついたアスファルトの路面を見ながら、隣に立つ澤井に問いかける。


現代ここには魔力がないのに魔王あいつ、普通に氷雪系攻撃魔法使ってるけど……固有魔法は特別に使えるんだっけ?この吹雪も氷も、その固有魔法の応用?」


 黒髪の青年が軽くうなずいた。目はじっと妹分の勇者と魔王の青年の長剣ガチンコバトルを追っている。今のところ両者、互角だ。総合的に身体能力でユトが上回ることを考えれば、ルビィはかなり善戦している。刀身が打ち合う鋭い金属音が連続して路上に響いた。

 路面のアスファルトはあちこち剥がれているし、電柱、ガードレールは120%氷結している箇所もある。こんな派手に音を立てて路上チャンバラを繰り広げているのにいまだに野次馬も警察も来ないのは、ユトが固有魔法で”認識阻害”系の『状態操作』を近隣一帯にかけているのだろう。

 見るも無残な状態の道路や電柱等も戦闘終了後に『状態操作』で原状回復してくれると信じたい。


「だろうな。現に俺も君も現代ここで一切、魔法は使えない。ユトのあれは空気中の水蒸気や地表の水分をコントロールして操作してるんだろう。

髪や瞳の色の変化も自分の身体状態を『操作』して”銀髪赤目”に見せているんだと思う。」

「なんで、わざわざそんなことしてるの?……まさかルビィにフラれたショックで『幸せだったあの頃に戻りたい』とか感傷に浸っちゃったの?」


 元聖騎士の青年はフッと笑った。


「かもな。あいつ、意外にロマンチストだから。」

「男ってバカねー。『ワガママ言ってごめんなさい』って素直にすぐ謝ればよかったのに。

ルビィ、真っ向から謝罪されると許しちゃうから絶対仲直りできたのに。魔王あんたがキレちゃダメでしょ。」


 栗色の髪をサラリとなびかせた美女が心配そうに戦う2人を見やった。


「ルビィ、勝てるかしら……?」


 澤井は難しい顔をして眉を寄せた。首を傾げながらあごに軽く左手をあてる。


「変だな。……俺の読みだと、ユトは『君とは戦わない。愛する君に怪我なんてさせられないよ!』ぐらいの熱烈なセリフを潤んだ目で訴え、かつ防戦一方で自分からは攻めに出ず、それに動揺したルビィが攻撃できなくなって渋々仲直り……という展開だったんだが」

 

 佇む元聖騎士と元女司祭の眼前では、長剣で斬り結ぶ元勇者と元魔王が睨み合い、激戦を繰り広げている。

 一瞬の隙をついてドカッ!と一色が瑠実に強烈な回し蹴りを炸裂させた。


「隙あり」

「――ッ!く、そぉ~~~っ!」


ドガアァァァァァァン!


 蹴りで吹っ飛ばされた瑠実がガードレールに背中から派手に激突した。ガクン、とアスファルトの道路に横ざまに倒れる。デニムを履いた脚が投げ出された。

 ぶつかった弾みで手から滑り落ちた長剣がフォン……と淡い光の粒子に分解され、元の携帯電話に戻った。

 軽快な走りでタタタッとすぐ傍まで来た一色が地面に落ちた瑠実の携帯をパシッと拾い、自分の上着のポケットに突っ込んだ。二コリと余裕の表情で上から座り込む瑠実を見下ろす。甘い顔立ちのイケメンの凄みある笑顔、怖い。もはやホラー。心臓に毒だ。


「はい、没収ー。電話帳の男の名前、お父さんの以外全部削除して返すからね!

もう俺以外の男と口きかないで。筆談は可。あ。でも指とか触らせたら殺すよ、ルビィを。」

「……お前、隠さなくなってきたな。危険思考そのものを。

いいのか?私を殺したら、命が紐づけされてるお前も同時に死ぬんじゃないのか?」


 銀髪の青年がはんなり笑った。青年の背後に大きな赤い満月が空を妖しく占拠している。禍々まがまがしい美しさに満ちた夜から目が離せない。


「いいんだよ。100回でも200回でも1000回でも、何回転生しても必ず俺は君を追いかけて探し出す。君は逃げられない。

必ず会えるとわかってるなら何も問題ないよ。むしろ再会した時に他の男と結婚とかしてた時の方が悲惨かな?俺、そんなのショックすぎて何しちゃうか分かんないよ。……うん。想像だけで煮え滾ったはらわたがグツグツいってる!ヤバいね!アハハ!」


 ココアブラウンの髪をガシガシかきむしりながら、瑠実が苦しそうに言った。


「逃げたりしない。私がお前から逃げたことがあったか?……なぜ、何度『愛してる』と言っても信じてくれないんだ。私の言葉は、なぜおまえの中でそんなに軽いんだ!お前を裏切ったこともないし愛してなかった瞬間もない。”信じてほしい”と、ただそれだけのことがなぜお前には伝わらないんだ!

虚しい。虚しくて悔しい。お前に信用を与えられない自分に、吐き気がするほど腹立ちが止まらない。私は、こんなにこんなに心をお前に預けているのに!お前はいつだって独りよがりに自分の中だけで『愛』を完結させて、私の感情なんてお構いなしに疑いを口にするんだ。

あまつさえ、やっとのことで再会した時のセリフが『逃げてみる?』だと?

――ふざけるな!どれだけお前を探したと思ってるんだ。会えないかもしれない可能性に泣いた夜がないとでも思ってるのか?

いい加減にしろよ……。私の『愛』はそんなに軽くない。地球より銀河系よりブラックホールより重いんだ!その重さで愛される覚悟がないなら、お前こそ逃げてみろ。――逃がさないからな。地の果てまで追いつめて、私から逃げたことを死ぬより後悔させるぞ!」


 一色が驚いた顔で彼女を見ている。深紅の双眸が不安定に揺れた。ゆっくり膝を折って屈み、瑠実の目を見た。


「……なに。俺が悪いって言いたいの?『愛してない』って責められた?今」

「言ってない。」

「言った。ルビィの方がずっと俺を愛してるのに、俺がそれを信じてないから虚しい悔しいって。」

「それは……ただ、私は!」

「信じるよ。もう、二度と疑ったりしない。ルビィの気持ちがちゃんと俺にあるって信じる。」


 バッと瑠実が顔を上げた。まじまじと一色を見つめる。


「――本当か?もう根拠のない不安に駆られて嫉妬でキレないと約束できるか?」

「うん。約束する。ただし」


 魔王いっしきの深紅の目がスウッと細まった。ゾクッと瑠実の肌が寒気に粟立つ。注意深く反応の詳細まで観察されているのを感じた。一色がゆっくり言葉を続けた。


「ルビィが今、女司祭あいつより俺を選んだら、ね。」

「?意味がよく分からない。」

「俺と帰れる?女司祭を見捨てて。今夜にも自傷行動が発露するかもしれないよ?でも俺は今、あの女の暗示を消去する気はない。

ただ、今夜俺を選ぶなら明日あいつの暗示を消してもいい。ルビィの中で俺が『一番』だって安心できるから。選んで。今すぐ。」


 深い海底へ無力に引きずり込まれるような重さの沈黙が、場を支配した。

ドクン。ドクン、ドクン、ドクン。心臓の血流音が耳障りだ。瑠実はギュッと瞼をつぶった。きつく握りしめた両手を、一色の冷たい手がそっと上から包んでくる。


「ねぇ。迷う必要、ある?それとも……やっぱり俺よりあいつの方が大事なの?」


(明日。明日!もし楓音の暗示を消してくれるなら、戦略的にはユトの言うとおりにした方が……でも。でも!)


 一色が顔を寄せてきた。甘い言葉で悪魔のように誘惑する。チュッと冷えた頬に温かいキスを贈られた。


「だいすき。お願い、ルビィ。俺を選んで。もう絶対離れないから。ルビィだけに愛情を捧げて、言いなりになってあげるよ。

他の人間なんかどうだっていいでしょ?俺には君がいればいいし、君には俺がいればいいんだよ。ほら、『負けた』って言って。

甘やかしてあげる。何もかもから守ってあげる。”俺”の言うことだけ、聞いてればいいよ……。ね?」


 目の前の青年の輪郭をボウッと赤い光の粒子が包んでいる。気づくと、淡い鳥の姿をした赤い光の塊が瑠実の肩に数羽とまっていた。さえずるように赤い鳥が瑠実にくちばしを触れ、そのまま彼女の体に溶け込んでゆく。

 一羽、また一羽。なんなく侵入した魔王の『状態操作』魔法が、彼女の精神こころへ干渉を始めた。


(あれ?……ほんとだ。私、どうして)


 青年の言葉が渇いた心にしみ込み、浸透する。なぜそんな簡単なことに今まで気づかなかったのか。

 自分で判断するから、悩みがあり苦しみがある。決断を信頼する誰かに委ねれば、どれほど楽に生きられるだろう。全部ユトが正しい。ユトの言うとおりだ。

 瑠実がトロンとした瞳でゆらりと顔を上げた。銀髪の青年をぼんやり見つめる。茶褐色の目の焦点が合っていない。


「”ユト”の言うことだけ?聞いたら、いいの?」

「そう。君は”俺に逆らえない”んだよ。深く深く俺を愛しているから。」

「”逆らえない”?」

「”逆らわない”」

「……”逆らわない”。”ユトに逆らわない”。」


 一色が愛しさを噛みしめるように思わずギュッと瑠実を抱きしめた。焦げ茶色の頭にスリ、と頬ずりする。瑠実は、ぼんやりされるがままだ。地面に座り込んでさっきまで戦っていた決闘相手に抱きすくめられても抵抗の様子もない。

 魔王の深紅の瞳が熱い歓喜に満ちる。彼は心からの深い笑みを端正な顔に浮かべた。


(手に入れた!)


 楓音がギョッとした顔になる。慌てて隣の澤井を振り仰いだ。


「ちょっ……!反則じゃない?!魔王あいつ、ルビィを”洗脳”してるわよ!さっき前世で『しなかった』って超ドヤ顔してなかった?

え~~~っ?こんなの、こんなのズルいッ!ちょっとチート能力持ってるからって卑怯極まりないわよ!」


 澤井が不可解な表情で呟いた。何やら納得がいっていないようだ。


「……ユト、前世と別人じゃないか?俺のイメージのユトはルビィすきなこを”洗脳”したりしない。『言いなりになる女なんかつまんないよ~。』と言いそうだ……と、思っていたんだが。

まあ。全く違う環境で生まれ育って、前世のままの人間に育つはずもないか。――にしても、たしかにアレは反則だな。鬼畜すぎる。前世のザナディス並だ。」

「助けに行く?……決闘に割り込んだら、逆にルビィが危ない?」


 澤井と楓音の視線がしっかり交わった。同時にうなずく。元聖騎士の青年がダッと地面を蹴って走り出した。同時に腰ベルトに吊っていた収縮式黒トンファーをベルトから外し、カシャン!カシャン!カシャン!と60センチ弱の長さに引き出す。元勇者の彼女を抱きしめている魔王の背中目がけて一直線に疾走した。元女司祭の彼女は斜め左方向へ走る。


(イグニスが魔王を攻撃、攪乱して――!)

(カノンがルビィを魔王から引き離す!)


 一色がスッと目を細めた。背後を振り返らず、腕の中の愛しい彼女に囁く。


「行くよ。しっかりつかまって。瑠実。」

「どこに行くの……?」

「俺達2人きりの”世界”だよ。怖い?」

「ううん。行く。ずっと、ずっと」


 いたいけな茶褐色の乙女は、熱く瞳を潤ませて青年の首にかじりついた。柔らかい体がしんなり魔王の青年に絡みつく。桃色の唇がつぶやいた。


「ユトと一緒がいい。」


(か、可っ愛い~~~ッ!素直なルビィ、激可愛い!もっと早く”洗脳”しとけば良かった。何を紳士ぶってたんだ俺は。アホか!

 ……まあ。今から時間はあるし、いくらでも”俺至上主義”に刷り込んでいけば……!)


 興奮とめくるめく甘い期待がひどい。一色の呼吸が獣のように荒くなった。と、背後から改造黒トンファーの鋭い一撃が打ち込まれる。


ドガッ!


 一色はとっさに瑠実を腕に抱き上げて横へ跳んだ。ザッと怒りに満ちた表情で元聖騎士の黒髪の青年を睨む。涼しい顔で澤井が、続けざまにトンファーで一色を攻撃してきた。近距離で破砕音が断続的に響く。アスファルトの破片が宙をブワッと舞った。イグニスの追撃は容赦がない。

 震えた瑠実がぎゅうっと一色の首に腕を回して縋りついた。もはや脳内がピンク一色で、正直戦闘どころではない。一色の深紅の目が血走った。


聖騎士イグニス……邪魔しないでよ!愛を深めに行くんだからっ」

「ウチの”勇者”を返してもらおうか。……対等な立場の自由恋愛なら俺も口を挟むつもりはないが、固有魔法で”洗脳”は完全にレッドカードだ。18禁鬼畜変態調教モノのAVと同じことやってるぞ、変態ユト。」

「そんなAV見てんの?女司祭にチクっとこー。」

「見てない。楓音に付きまとってたゲスなストーカーどもから押収した私物にあった。”美女があなたの言いなりに!”って要はそういうコトだろ?」


ガキッ!ガン、ガン、ガン!


「うるさい、うるさい、黙れ!そっちだって女司祭にフラれたら軟禁、からの監禁フルコースまっしぐらなんじゃないの?!俺のことどうこう言える立場じゃないよね?」


 地面に下ろした瑠実を背後に庇い、青銀の長剣で応戦しながら一色がキレ気味に返した。澤井がクッとかげのある表情で笑う。透き通った銀刃の長剣と黒トンファーがガリガリガリガリガリ……としのぎを削る。


「……なに言ってるんだ。カノンにフラれるとか。俺が、そんなヘマする訳ないだろ?彼女のご実家にも挨拶済みだし、なんなら残るは提出だけの婚姻届も確保済みだ。

肝心の本人については24時間、状況を把握している。

やり方がヌルいんだよ、お前は。前世から。愛してるなら徹底的に逃げ道をつぶさなきゃダメだろ?」

 

(ヤンデレ男同士の会話、怖ッ!)

 

 内容が全部聞こえていた楓音は、走りながら悪寒で震えあがった。思わず足が止まる。その時、カン、カン、カラン……とカノンの靴に何かが当たった。

 足下を見ると純白のボールペンが意思を持つかのようにまぶしい白銀の光に明滅している。カノンは驚いて息を飲んだ。


(えっ!この感じ……。これ、白教皇ザナディス猊下の固有魔法『聖なるしもべ』かかってない?!なんでそんなレアアイテムがこんな住宅街の路上に落ちてんの?――まさか。魔王か、ルビィが持ってた?)


 『これを使え』と誰かに言われている気がした。誰か、とはこの場合100%ザナディスだ。だが、信じてよいものか。

 楓音の脳裏に前世の残虐な白い聖職者の面影が浮かぶ。そもそも黒教皇を毒殺させ、勇者と魔王を殺し合わせる呪いをかける相手を信じられるはずがない。

だが。


(……そのザナディスが”楓音を助ける”って言ってる。)


 電話で瑠実が言った言葉がおもむろに耳によみがえった。


(現世のザナディスは信用に値する。)

(イグニスもカノンも私を信じろ!)


 楓音はグッと奥歯を噛みしめた。現在、瑠実は一色まおうの”洗脳”下にある。

そして2人を引き離し、隔離したところで、その”洗脳”を澤井と楓音には解くことができない。

 呪い、精神操作といった魔法は扱いが難しい。一色の”洗脳”を解くことができるのはおそらく一般の聖職者でなく最高位『教皇』クラスの能力が必要だ。

しかも現代で澤井と楓音は魔法そのものが使えない。”錯乱””洗脳”を鎮静・解除する魔法も前世で心得があるが、現代ここでは使用できない。だが、黒教皇と白教皇は違う。『固有魔法』があるからだ。


(本当なら精神操作の達人、黒教皇のウィーグ様が一番適任なんだけど……でも)


 今回、ウィーグの助力は期待できない。なら同じく『教皇』のザナディスに賭けるしかない。

 ゆっくりと足下のボールペンを拾う。前世の知識を必死に記憶の底から引きずり出した。同じ白教会にいたから、戦司祭ウォープリースト達の聖十字架剣ホーリーソードにおける『聖なるしもべ』発動条件も聞いたことがある。覚え間違いでなければ、たしか。


(祈祷を3節以上詠唱、その後に……)


「……天と地を統べる偉大にして崇高なる我らが神よ。弱きものを救い、悪しきもの禍々しきものを滅ぼす光を我に遣わしたまえ。

心に付け入る黒き闇を払い、白く清らかなるあなたの使徒とならしめたまえ。

――世は混沌に満ち、救いと裁きが天より来る日を我はこいねがう。

百合よりも雨よりもたおやかなその慈悲で穢れきった大地を隅々まで潤したまえ……!」


(発動キーワードの宣言!)


 栗色の髪をした元女司祭の美女は、華奢な手でボールペンを頭上に高く掲げた。


「『猊下のために』」


カッ!


 楓音が手にした純白のボールペンが目に痛いほどの白銀の輝きを放った。光がバラッと空中でほどける。シュルシュルと優美な曲線を描いた光は流線形の白銀の弓に変化し、楓音の手に溶け込むように収まった。


「なッ――なんで女司祭がアレ持ってんの?!」

「カノン……?ザナディスの固有魔法の気配だな。あれは――聖十字架剣ホーリーソードを発動させたのか?」


 驚いた一色と澤井が背後を振り向いた。一色の背の奥でただ一人、瑠実はぼんやり虚ろに楓音を眺めている。


(ザナディス猊下、お願い申し上げます。……瑠実の、勇者ルビィの”洗脳”を解除して下さいっ!)


 ゲーム内で戦闘時の美しい女司祭の姿が、弓を持つ楓音の立ち姿にブレて重なった。夜の星より清楚な瞳がひたと『魔王』と彼の背後の『勇者』を見定める。長い長い紫の髪が夜風になぶられ、激しく舞った。

 スッと足の立ち位置を調整した。白い立ち襟の白教会の司祭服を纏った美女が神秘的な表情で大きく弓を引く。弓に白銀の光の矢がフォン!と出現した。


「……弓矢なんて女司祭、前世で使ってなかったじゃん。そんな一朝一夕で使えるはず」

「甘いな。”俺の”楓音は中学、高校と弓道部の鬼主将にしてインターハイ優勝者だぞ。現世では最も”使える”武器だ。」


 ハッと侮る顔になった一色に、澤井がドヤ顔で返した。”俺の彼女、デキる子だから!”的な雰囲気にイラっとした一色はどさくさに紛れて澤井の足をダン、と踏んでやった。澤井がウグッと痛そうに顔を歪める。紫の髪の美女が目を細め、躊躇なく白教皇の特別な魔法が付与された矢を放った。


ビィィィィィィィィィン!


 まばゆい光の矢がうなるように一色と瑠実目がけて宙を疾走する。呼応した大気がビリビリ震え、吠えている。この場にいるだけで感じる圧がすごい。一色はとっさに『状態操作』でドーム状の厚い氷の壁を自分と瑠実の上に張った。

 あの矢はヤバい。当たるとヤバい感じがヒシヒシする。そして逃げてもきっと追尾機能がついている。あの性格の悪いザナディスなら地の果てまで追ってきそうだ。

 瑠実は、ぼうっと自分達目がけて飛んでくる白銀の光矢を見ている。ユトの指示がないと動かないのだ。地面に座って呆けている瑠実を見て、一色は急に自分が何をしたかまざまざと理解した。


(……これじゃルビィじゃない。たしかに)

(俺だけを見て、俺を怒らせないで、俺から離れないかもしれないけど)

(でも)

(君の意思で俺をなじったり、俺に微笑んだりするんじゃないと意味がないよ……)

(ごめん。俺が間違ってた。ごめん――!)


 一色はしゃがみ込んでギュッと瑠実を抱きしめた。愛してる。”洗脳”を解いて、そのままの君に今戻すから。


バリィン!バキバキバキ……!


 頭上で光の矢が氷壁に衝突した。矢は凄まじい勢いで氷を破壊して突き破り、進む。厚い氷壁の最後の薄皮一枚へあっという間に到達した。矢の先端が突き抜けたと同時に光がパアアッと散開する。


キラキラキラ。


 魔王の青年と元勇者の彼女の上から、心洗われる白銀の光の雨が降ってくる。光の粒子が輝きながら人のかたちを取った。金髪に青い瞳。白い豪奢な布が足元まで覆い隠す。金糸の飾りと透明な大粒の宝石が襟と袖元を華やかに彩る。冷酷な雰囲気の美しい青年があごに軽く手をやった。左耳に青い宝玉の小さなピアスが3つ輝いている。


『バカめ。そんな青二才に”洗脳”なんぞされよって。』


 金髪の美青年は、瑠実に向かって高慢に手を差し伸べた。目の前に差し出された手にも無反応で、ココアブラウンの髪の彼女はポケ~ッと白教皇の幻影を見上げている。ザナディスのこめかみに青筋が浮いた。イラっとした顔で握った拳を高く振り上げる。


ゴッチィ~~~~ンッ!


「痛ッ――ァっ!痛い!痛い!聖職者の癖に暴力振るうなんて最低!しかもゲンコツで渾身の力でブン殴る必要、ゼロだろうがっ!

……え?幻影なのになんで物理攻撃可能なの?やっぱり”変態”は世の常識を捻じ曲げるな……。」

『正気に戻ったか。やかましい。小娘アホが。病んでる男に惚れたなら、手綱くらいしっかり握っておけ。』


 ブンブン軽く頭を振った瑠実が、意思が戻った強い瞳でザナディスを見る。ニヤッと笑った。


「悪い。助けてくれたんだな。……ありがとう。ザナディス。」


 白い教皇服の青年がフン、と不機嫌そうにそっぽを向いた。手のひらを優雅に上向けて、彼女に差し伸べる。瑠実は深く考えずその手につかまり、よいしょと立ち上がった。白い青年が元勇者の彼女の手をグッと強く握った。


『不本意な役回りだ。馬鹿どもめ。……返す。これは元々、貴様のものだ。』

「え?返すって何を?」


 ハッと目を剥いた一色が青い顔で叫んだ。ザナディスの幻影と瑠実の間に割って入ろうとする。


「ダメだ!受け取っちゃダメ!それは――」

『……惚れた女を”洗脳”するクズなんぞ滅びろ。』


 ギッとザナディスの幻影を睨みつけた一色から殺気が立ち上った。コォォォォォォォと逆巻いた空気が凍る。深紅の瞳が冷たくシン、と殺意にこごえた。手にした青銀の長剣を瞬時に振りかぶり、冷酷な白い美青年の咽喉を一閃する。

 猛吹雪が足下から巻き起こった。雪と氷に飲み込まれる直前、ザナディスの幻影がフッとかすかに笑った。


『残念だったな。魔王』


 白教皇の幻影が砂のようにザラッと崩れる。白銀の光の集合体が急速に瑠実の手にまとわりつく。光は黄金へ輝きの色彩を変えた。灼熱の輝きの小さな爆発が夜の住宅街に炸裂する。


カッ!


 瑠実はザナディスが握っていた方の手に焼けつく痛みを感じた。右手がブルブル震える。うねる強い炎に纏わりつかれているような心地だ。


(熱い!痛いっ)

(あれ?これ、なんか覚えのある感じ……前世で、ううん。人間になる前。)

(まだドラゴンだった頃に私の一部だった……力が込められてる……)

(まさか――!)


 楓音が息を切らせて澤井の傍へ駆け寄ってくる。金色の光の渦の中心にいる瑠実とすぐ傍にいる一色を交互に見て、澤井に問いかけた。


「何が起こってるの?瑠実、死んじゃわない?あれ、大丈夫なの?

ザナディス猊下、何したの?」


 黒髪の青年が、漆黒の瞳で光と瑠実をじいっと見ている。小さく息をのんだ。


「……古代書に『白教皇が代々守り継ぎ、”勇者”が必要な時にそれを与うる』と記されし伝説上の武器だ。魔王を殺せる、地上で唯一にして最も強力な最終兵器もの……。」

「ええええええッ?!それ、まさか!」


 イグニスが静かにうなずいた。周囲の空気が熱い。体が焼かれそうだ。魔王が支配していた冷気が一挙になぎ払われ、熱風が2人に轟々ごうごう吹きつけた。

 黄金の光が一振りの神々しい剣に姿を変えた。瑠実の手で長剣は嬉しそうに輝く。天上の祝福を受けたように、夜空の星々が呼応して艶やかに光り出した。

 魔王の青年が苦々しい顔でつぶやく。


「……あの白教皇クソ野郎。”聖剣”出してきやがった。」

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