第12話 暴君彼女 V.S. 腹黒彼氏 バトルロワイヤル痴話喧嘩①

 黒髪の爽やかな雰囲気の青年が、白いフード付きコートを着た金髪の青年を背中におぶって悠々と歩いている。いにしえの流れる時を見つめ続けてきた立派な山門さんもんをくぐると、帰り道の長い長い石段が下へ伸びている。

 緑、赤、青、藤、白。石段脇に色とりどりの番傘が道へ差し掛けられ、上から見た光景は艶やかな華が咲き誇っている花道のようだ。番傘の上に散った紅葉が積もっている。なんとも風情のある眺めだ。

 背中の青年はぐったりして目をつむっている。寒いのか、かすかに身震いした。


「……真斗さなと、起きたか?出口まであとちょっとだから。タクシーで帰ろうな。」


 東条がかけた声に返事はない。ザナディスは夢うつつをさまよっている様子だった。フッと薄く開いた青い瞳が苦しげに揺れる。ポツリと幼い声が青年の唇からこぼれた。


「……白教会あそこはいやだよ……お母さん。たすけて……僕も、お母さんとお父さんと」


 白いコート姿の青年が体を丸めて小刻みに震えている。遠い遠い昔の悪夢を見ているらしい。


「――いっしょに逝きたい。」


(俺の固有魔法で精神操作されるのに自我が抵抗して、心の最深部に隠していた諸々の”棘”がき出しになった状態だな。

ザナディス。……お前は精神操作系の魔法、そんなに極めてないから知らないだろうけど)


 東条ウィーグが優しい声で工藤ザナディスに語りかけた。


「安心しろ。白教会そこへは行かない。俺が温かい、幸せな場所へ連れて行くから。」


(”その”状態になったら、もう『魔法』はいらないんだよ。……俺の言葉が無防備な心に直接、刺さるからな。)


 金髪の美しい青年が戸惑うようにつぶやいた。


「『幸せな』場所……?」

「『幸せな場所』だ。もう1人で戦う必要はない。俺が守る。お前を」

「……誰にも守られたことが、ない。わからない……それは『幸せ』なのか?……でも」


 工藤の両腕が背後からギュッと東条の体にしがみついた。甘えるような声で囁く。


「『幸せに』なりたい……。」


 黒髪の青年が愛情をまなざしに乗せ、柔らかく背中の青年を見返した。首を動かしてスリ、と金髪の青年の頬に自分の頬で頬ずりする。よいしょ、と腕と足に力を入れて、手に入れた相手を大切に背負い直した。


「なれる。2人で。」

「そうか」

「ああ。行こう。タクシー乗り場はこの石段を下りたら、もうすぐだ。」

「わかった。」


 輝く銀色の星々が夜を清らかに歌う。ハラハラと紅葉が2人の上に降ってきた。石段を2人はゆっくり下りてゆく。

 工藤がゆるやかに左手を動かした。自分を背負っている東条の左手の甲にそっと触れ、キュッと指を添わせて優しく繋ぐ。離れないように。離されないように。厳かな山門がその様子を黙って見つめていた。







 黒髪の兄貴分がハア~、とため息をついた。隣で栗色の髪の美女ゆうじんが『ないわ、ないわー』とブツブツ言いながら首を振っている。

 2人が同時にババッと瑠実を見て指を差し、言い放った。夜の住宅街に美男美女カップルの糾弾が響く。電信柱の上でカラスがギャア~ッと鳴いた。


「お前が悪い!」

「なにやってんの?あんた。」


 ドキッとした瑠実は思わず前に1歩、足を踏み出した。キッと茶褐色の目を吊り上げて言い返す。


「なんで?私、何にもおかしなこと言ってない。……だってユトあいつ毎秒、毎秒、(あ。今の癖、ルビィの頃から変わらないなぁ。)とか(あれ?そんな言葉つかうんだ。そこは前世と違うなぁ。)とかずっとず~っと現世いまの私と前世まえの私を比べてるんだぞ?

結構伝わるからな?!そういうの。隣にいたらすぐわかるからな!

そんなの。そんなの!……言い方悪いけど”前カノ”と比較されてみじめな気分になる”今カノ”ポジションじゃん!なんで前世の自分に嫉妬しないといけないの?なんで今の私をちゃんと正面から見てくれないの?

あいつが悪い。絶対にまごうことなく完全無欠に、ユトが、わ、る、いッ!」


 イグニス澤井が淡々と言った。


「いや?男なら、好きな相手の変化は気づくし知っておきたいのはむしろ普通だ。

お前のことが好きで好きで好きで病んでLv.ヤンデレベル99のユトが”変化項目チェック”を実行するのは当然だ。それくらい許してやれ。なにブチ切れてるんだ、お前は。アホか?」


 元勇者の妹分がクワッと目を剥いて、猛然と反論した。


「なにが”変化項目チェック”だ!そんなの好きな子に実施する男がいるか――ッ?!

イグニス、自分がカノン好きすぎて犯罪領域に両足突っ込んでるからまともな回答できてないよ?私をどうこう言う前に己の行動と思考回路を反省しろッ!」


 楓音が肩をすくめて皮肉な声で言った。仕方ないなぁ、という呆れた顔すら実に美しい。美人は本当に得だ。


「魔王のこと、あーだこーだ文句言ってるけど……なにを今更!前世むかしからあの腹黒男、ず~っとあんな感じじゃないのよ。嫉妬深くて、独占欲強くて、手段選ばないしー。あんな男を選んだのが最大の敗因よ。

だから現世では一般常識のある清廉でまともな男性と恋をして欲しくて、再会を邪魔してたのに。結局出会っちゃうし、なにまんまと付きまとわれてんのよ。ビシッとフりなさい。最初から!変態に隙を見せちゃダメ!

魔王やつに半端に期待持たせた後でフるから、あいつラリっちゃったじゃないのよ。」


 元勇者の彼女がジト目でボソッとつぶやいた。


「……え?でも、そういうカノンだってさー。現世でもイグニス好きなんでしょ?

 なんか、付き合って長い感じに見えるけど。イグニスそいつ、Lv.80は軽く天元突破してる変態だよ?そんな変態彼氏に『管理』されて喜んでるカノンが私のことどうこう言えた義理、ないんじゃないかな……?」

「喜んでないッ!」


 キーッと楓音が反論した。もはや状況が混沌カオスだ。澤井が冷たい目で瑠実を見た。


「お前が短慮を起こすから、思いついた仮説の検証が不可能になりそうだ。

せっかく楓音を助けられそうだったのに。」

「え?」

「私?」


 驚いて目を見張った女性陣に黒髪の青年が冷静な声で説明した。


「――おそらく魔王ユトは、楓音にかかった”教皇の遺言”の暗示を解ける。」

「えっ。ユトは精神操作系魔法、使えないよ?使ったところ、見たことない。」

「そうよ。そんな人を操れる”洗脳”魔法使えるなら、とっくにルビィを洗脳して自分にベタ惚れにして大喜びしてるはずじゃないの。」


 涼やかな声が離れた所から響いた。少し笑っている。


「さすが聖騎士パラディン。大正解。……解けるよ、その暗示。激しくムカついてるから解かないけど。」


 銀髪の青年が笑っている。バレちゃったか、という悪戯っ子のような表情だ。瑠実がカッと怒鳴った。


「お前、最初から楓音の”行動強制暗示”解ける方法知ってたのに黙ってたのか?!なんで?

 ――というか、どうやって?”解除”は不可能ってさっき」

「俺の固有魔法は『状態操作』だよ。特に詳細を説明する機会もないから話してないけど。操作できる”状態”は別に物理に限定されてない。精神”状態”も操作可能なんだよ。黒教皇みたいに精神操作のプロフェッショナルじゃないから、緻密な部分まではいじれないけど。洗脳くらいなら軽い。

女司祭の精神状態を『操作』して黒教皇の”遺言”を聞く前の状態に戻せばいい。俺の『天使の慈悲』は時間の制約を受けないからね。……多分、その死の暗示”なかったこと”にできるよ。」


 なんだ?そのド級のチート。ズルくない?瑠実がこれ以上ないほど驚愕して目を見開いている。澤井が魔王の青年を見た。


「”教皇の遺言”の話を聞いた時から、そんな気がしていた……ただ、ユト。お前すごく機嫌悪そうだったから。今頼んでも多分断るな、と思って言い出さなかった。」


 楓音が戸惑った顔で、澤井を見上げた。


「たしかに。ルビィがあまり構ってくれないから拗ねきってる”構ってちゃんウザい”モードだったわ……。でも、じゃあ、どうしたら……。」

「ルビィに言い含めて魔王ユトの機嫌を取らせ、ほどよくあいつの機嫌が直った時点で頼むつもりだった。

――まさかの痴話喧嘩、からの三行半みくだりはん、からのユト”闇墜ち”という最悪バッドシナリオは想定外だった。」

「……うん。同じく。もう言葉がないわ……。伝説級クソゲーをプレイして絶望、絶叫してるプレイヤーの気分。」

「こ、の卑怯者ッ!」


 瑠実の瞳が燃え上がり、ゴオッと金色に輝いた。グッと握った拳がかたく震える。ココアブラウンの柔らかい髪が怒りに逆立つ。宵闇にゆらゆら茶色い髪が宙を舞った。


「――ユト。ザナディスも、誰も死なずにカノンを助けられる方法を知ってたくせに口をつぐんで見捨てる気だったのか?!自分の”気分”とかいうくだらないクソみたいな理由で?!人の生きてきた時間を、”命”を何だと思ってるんだ。

大体な。前からお前に言おうと思ってた。……お前、自分が嫌な思いをしたらそれを他人に押しつけて当然とか思ってるだろ?自分に嫌な思いをさせた奴は死んで当然、とまで内心思ってるだろ?

そんなわけあるかッ!世界はお前1人が生きてる場所じゃない。

沢山の人が、つらい思い、嬉しい思い、悲しいこと、ちょっと嫌なことも絶望も希望も何もかもを抱きしめて戦いながら日々生きてる場所なんだ。誰だって理不尽は日常で感じてるんだよ。それを誰かに転嫁したりしないで。

……たしかに、お前が心の中でそう思うのは勝手だよ。――勝手だけど、隣にいるとお前のその思考が透けて見える瞬間が結構あるから”私が”不愉快なんだ。

お前のそういうところ、嫌いだ。お前な、決定的に他人へ『感謝』が全くないんだよ。自分、自分、自分。ちょっと気になる相手。それ以外の存在は虫けらみたいに冷たい目で無視して。いつだって切り捨て方と利用方法を考えてる。

お前だって周囲の人に日々助けられながら生きてるくせに!そういう性格の悪さ、前世から大大大っ嫌いだ!」


(え?”嫌い”って言った?ルビィが、魔王を?)

(……あの馬鹿。火にガソリン注いでどうするんだ。地球を『氷河期再臨』状態に『操作』されるぞ。ユト、人類に基本興味ないからな……。)


 澤井と楓音の時が止まった。脳が、目の前の現実の理解を拒否している。

 あれー?ルビィ、なんで腹黒問題児を煽ってるのかなー?楓音の暗示を解いてもらうのに、懐柔して媚びへつらって跪いてでも丁重なご機嫌取りが必要、っていう話聞いてなかった?うん。間違いなく聞いてないしブチ切れ暴君モード発動だね☆

 うわー……。


「えー?忘れちゃった?俺、『魔王』だよ。人間に『感謝』する必要ないじゃん。世界は俺のもの。気に入った人間も俺のもの。気に入らない奴は、踏みにじる殺す消すなぶる。視野に存在すら許さない。

そもそも、ルビィに好かれたくて善良な猫かぶるのしんどかったんだよね。無理して君の顔色うかがってさぁ。……その結果がなに?『前世から大大大っ嫌い』?は?ナメてんの?キレるよ。いや、今キレた。

どれだけ我慢して君の言うこと聞いてたと思ってんの?この暴君乱暴ガサツ脳筋勇者。『愛してる』って10,000回リピートして俺の足に縋りついて靴にキスするまで絶対許さない!」

「するか!断る!」


 深紅の瞳と金色の瞳が鋭く睨み合う。2人の立ち姿に、ゲーム内のラスボス戦『死神神殿』で対峙する勇者と魔王の姿が重なった。黒教会の黒い騎士服を身に纏った女勇者が凛とした姿で軽くあごを引く。可愛い唇を開いた。脚や腕、全身はもはや戦闘態勢だ。


「決闘だ。ユト。お前が勝ったら、私を煮るなり焼くなり好きにしろ。洗脳して言いなりにさせるもよし、殺しても構わない。だが私が勝ったらカノンの”暗示”を消去しろ!いいな!」


 背に6枚の銀色の翼をひらめかせた魔王がクッと嘲笑した。意地悪な表情で女勇者をチラリと見やる。ゆるやかに腕を組んだ。


「いいよ。戦闘力は前世から『俺の方が高い』って200%知ってての申し込みだよね?……それ、もう『あなたの好きにして』ってコトだよねー?

最初からそうやって可愛くお願いしてくれたら、あの忌々しい女司祭の暗示くらい秒で解いてあげたのに。トモダチのために自分の身を魔王に投げ出すんだ?

ホント前世からルビィって、直情的で計算できなくて懐に入れた人間に激甘いよねぇ。そういうところがどうしようもなく愚かでくだらなくて」


 銀髪の青年が甘い瞳でうっとり微笑んだ。彼の輪郭が宵闇に赤く光る。淡い赤い光の粒子が鳥の羽の形をとり、青年の周囲を優雅に舞い踊った。

 シン、と周囲の温度が4℃下がった。彼に近づいただけで指先から凍りつきそうだ。


「だいすき。」


 ケッ、と焦げ茶色の髪の彼女が嫌そうに横を向いた。


「悪寒がする。決闘前に戦意喪失を狙うなんて、卑怯この上ないな。ルールは1つだ。『負けた』と相手に言わせた方の勝ち。いいな?」

「いいよ。……今、降伏したら”靴のキス”は免除してあげるけど?口にしてくれたらいいから。」

「断る。二度とお前とはキスしない。人の命をチェスの駒みたいに考える男はそもそも好みじゃないんだ。……よく考えたら、こんなに性格が合わないのになんで前世で付き合ってたか疑問だな。――あれ?”洗脳”されてた?」


 首をひねる瑠実に、一色が恨みがましい目で言い募った。人差し指で、組んだ腕をいら立ったようにトントン叩いている。


「してない。”洗脳”してたらもっと楽だったよ。アプローチから”恋人”になってもらうまで2年半かかるとか、死ぬほどしんどかったから!

全力で口説いてるのにあんな侮蔑を込めた冷たい目で見られる経験初めてだったし。……もっと楽な恋がしたかったよ。俺だって。

付き合ってからも全然順調じゃないし。すぐ怒るし、命令してくるし、甘えてくれないし。でも、ルビィがいい。自分でも馬鹿だとしか思えないけどね。」


 元勇者の彼女が羽織った水色のパーカーのポケットから自分の携帯電話を取り出した。顔の前に電話を掲げ、『光の祝福』で長剣に変成させる。

 白金の光が彼女の手のひらからカッとまぶしくほとばしった。交差して斜め十字に掲げた瑠実の両手の拳に、真昼の太陽を直視するのに似た激しく熱い光が急速に集まる。彼女が交差した拳をググっと左右へ離すのに合わせて、白金の光が左拳と右拳の間に一筋の長い道をつくる。


シャアァァァァァァァァァッ!


 光の道はギラリと鋭く輝く金属へ姿を変えた。勇者時代に使い慣れた、飾りのない長剣へ変化してゆく。研ぎ澄まされた刀身が対峙する魔王の青年を威嚇するように凶暴な金色の輝きを放った。

 彼女が冷たく彼を見て、瞳をすがめる。右手で長剣を構えた。


「無駄口はもういい。……手加減しないからな。」

「10分以内に俺に『負けた』って言わせたら、女司祭の暗示を消した上でこの先ずっとルビィの”言いなり”になってあげるよ。」

「そうか。じゃあ」


 長剣を構えた瑠実がヒュンッと夜空に高く跳躍した。彼女のココアブラウンの髪が風にビュッとひるがえる。凛とした声が夜の車道に響いた。

 中空から一息に距離を詰め、頭上から一色に長剣で苛烈に斬りかかる。一色が軽く眉を上げた。戦闘開始しているにも関わらず、彼はどことなく嬉しそうな様子だった。


「3分で倒す!」

「大きく出たね。なら」


 彼が手のひらを宙へひらっとかざした。魔王の固有魔法で空気中の水蒸気の『状態操作』を行う。目にも見えない極小の水の粒が急速に氷結してゆく。


リィィィィィィィィィィィン!


 氷結した空気中の水分が一振りの長剣の形をとり、一色の手の中に納まった。深い青みを帯びた銀色の剣は透き通るようにキラリと光った。

 スッと剣を正面に構えた魔王が深紅の瞳で、空から斬りかかってくる勇者を楽しげに眺めた。


「徹底的に叩きのめして、俺以外の誰にも服従できないように支配して、君を俺のものにしちゃおうっと。」


 魔王の青銀の剣先にビュオオオオッと氷吹雪が渦巻く。固有魔法の応用だ。


ガキィィィィィィィィンッ!キィィィィィィン!ガギッ!


 2本の剣が数回噛みついて火花を散らした。運命の皮肉か悪戯か。

 前世『死神神殿』で殺し合った時から幾星霜を経て再び巡り合った恋人達は、今また現世でも刃を交えることになったのだった。

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