【短編】葬式のニューディール政策

青豆

お葬式のニューディール政策

 僕の伯父さんは、お葬式屋さんの権威である。この世界のありとあらゆるお葬式は彼が牛耳っているのだ。

 ある時伯父さんは、僕に対してこのように教えてくれた。

「つまり、良いお葬式屋さんになるにはだな」と伯父さんは言うのである。「何よりも数をこなさなくてはならない。そして、技術を会得した後でも、絶えずお葬式をしなくてはならない。死んだ人をたくさん獲得する人間が、プロになり、そういったプロは死体を獲得し続けなければならんのだ」

 僕はその言葉を、なるほどなと思って聞いていた。彼は誰が見たってプロであったし、いつも紛争地帯にでも出張に行ったのかと思うくらい、大量の死体を運んできた。そんな彼の言葉を信じないわけにはいかなかった。理論は疑えても、事実は疑えないのが、僕の性格なのだ。

 そんなわけで、僕がめでたく葬式屋として起業した時、まず初めにしたのは、S&Wのリボルバーを買うことであった。もちろん、事業計画書にはそんなこと書かなかった。起業して最初にやることが拳銃の調達だとわかったら、銀行家や投資家が震えあがってしまう。結局、拳銃の調達は、僕のささやかなポケットマネーによって賄われた。

 僕がリボルバーを持ってきた時、起業のメンバーだった大学の同級生は驚いた顔をしていた。きっと彼は、拳銃なんて生まれて初めて見たのだろう。なにせこの僕だって、拳銃を直接見たのは、生まれて初めてだったのだ。

「そんなもの、一体何に使うんだよ?」と彼は言った。

 その疑問はもっともであった。伯父さんの言葉を引用したって、そこに因果関係を見つけるのは、至難の業である。

「よい葬式屋になるには、まず死人が必要だ。そうだろう?」

「ああ」

「だから、死人を作るんだよ。まったくの無から」

「無から死人を作る? その拳銃で?」

「そういうことだよ」と僕は頷いて言った。「僕はね、今にも死にそうな人を目の前にして、『うちで葬式をしませんか、これこれこういうサービスが……』なんてセールスしたくはないんだ。もちろん、そういうやり方をしているところを非難しているわけじゃないぜ。でも、できれば僕は違う道を行きたい」

「それで、自分で死人を作るってわけか?」

「そう」

「無からの死人の創出?」と彼は言った。

「お葬式のニューディール政策」と僕は言った。そしてリボルバーに弾を込め、シリンダーを回した。「僕はしばらく射撃の練習をする。細かな雑務は、お前に任せると思う」

 彼は諦めたように溜息をついた。そして、僕の机から必要な書類を取ると、パソコンに向かって作業を始めた。僕は天井に向かって祝砲を撃った。

 こうして、僕らの新たな生活は始まった。


 三年くらい経った後、僕は伯父さんに現状を電話で報告した。僕の事業展開に、伯父さんはままあ満足したようであった。

「確かに、お前の観点は間違っちゃいないよ」と伯父さんは言った。「今の人は八十年生きる。九十年生きたって珍しくはない世の中だ。そういう意味では、現在我々の業界は恐慌状態と言えるだろう」

「ええ、全ては必要なことでした」

「しかしだな、気を付けることだぞ。お前のやり方は恨みを買うぜ。幽霊の怨嗟を恐れろってわけじゃない。生きた人間に気を付けろってことだ」

「わかってます、伯父さん」と僕は言った。「そこには細心の注意を払っているんです。誰も信用しない。信用するのは仲間だけです」

そして僕は受話器を置いた。あたりがしんとしていた。

 ドアが開く音がした。同級生の彼が帰ってきたようだった。彼は取引先のマフィアと打ち合わせをしていたのだ。

「どうだった?」

「どうだったもなにも」と彼は溜息をついた。「平行線さ、何も変わらない。やつらは俺らを馬鹿にしているんだ。だが、考えてみれば、そりゃそうさ。やつらの高級車だらけの駐車場に、俺らのダサいロゴの付いた営業車が止まれば、誰だって馬鹿にしたくもなる」

 僕は窓から事務所の駐車場を覗いた。確かに、僕らの営業車はデザインのセンスがなかった。僕は苦笑して、彼の顔を見た。

「でも、まだ僕らの仕事は軌道に乗り切っていないんだ。車に金なんてかけられない」

「ああ、それは正論だ。だが、俺はもう馬鹿にされるのなんて御免なんだ。今すぐ高級車に変えるべきだ」

「ちょっと待てよ」と僕は叫んだ。「そんな金ないってのがわからないのか? お前が車を勝手に買うのは構わない。だけど、経費では買わせないぜ」

「わかっているさ、そんなこと。自腹で買うんだよ」

「そんな金、どこにあるって言うんだよ?」

 僕は困惑して言った。僕らは起業した当初、しばらくは貧乏生活だと誓ったのだった。そして実際、僕はこの三年間酷く困窮していた。それは彼も同じはずだった。僕に金がないのであれば、彼にも金はないのだ。僕=彼の公式は崩れようがないはずなのだ。

「金なら用意できる。すぐにでもな」

 彼はそう言って、一枚の紙を僕の目の前に掲げた。

「なんだよ、それ?」

「よく見ろよ」

 よく見ると、そこには僕の顔写真が張られていた。その下には何やら数字も書いてある。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん……。僕は溜息をついた。一千万円。『DEAD OR ALIVE』。

 伯父さんの言葉が頭をよぎった。。僕は今銃口を向けられていた。同級生の彼が、酷く軽蔑した目で僕を見ていた。

「恥を知れ、犯罪者」と彼は言った。

 


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