020 当然だが個々の関係性は留まったままではいられない。



「揺日野くんって、やっぱり女性慣れしてますよね?」

「えぇ、何急に。年相応……だとは思うけど」

「ということは、わたしが不慣れ過ぎなのでしょうか……!?」


 う~ん……と困ったように眉を顰めるのは、当然ながら朝宮であった。

 不慣れも何も、圧倒的に異性への耐性が無いことに定評のある、あの朝宮である。


 流石にそんな朝宮と比較したら、だいたいの人間は女性慣れ、あるいは男性慣れしていると言っても過言ではないだろう。

 と言っても、その場の勢いと行動力には目を見張るものがあるので、近い内に克服するのは明白であるが。


「でも、年の離れた姉が一応いるからな。その影響は、多少なりともあるかもな……って、なに驚いてんだよ」

「あっ、ごめんなさい。わたし、勝手に揺日野くんは一人っ子だと思っていたので」

「まあ、中学上がってから碌に顔合わせてないし、実質一人っ子みたいなものではあるよ」


 俺と姉との年齢差は六年。つまり、俺が中学に上がった頃には、既に姉は大学生だった訳である。

 加えて、姉も俺も似たような性格をしているせいか、互いに干渉するようなことは非常に少なかった──とまで言ってしまうと、影響なんて一つも受けなかったように思えてしまうので、多少はあった、とは言っておくべきだろう。


 今となっては全く連絡を取り合っていないので、本当に多少程度ではあるのだが。

 仲は良好とも険悪とも言えない、微妙なところである。


「そういう朝宮は、随分他人の面倒見が良いけど、きょうだいはいるのか?」

「ええ、妹が二人います。双子ちゃんなんですよ、可愛くないですか!?」

「へぇ、そりゃ珍しいな」


 それだけで可愛いかどうかは判断できないところではあったが、まあ朝宮の妹なのだから、容姿は整っているだろう。


「二歳下なんです。だから二人とも、今は中学三年生ですね」

「うちの学校に来るのか?」

「その予定らしいです。成績の方がちょっと不安なので、わたしまでドキドキしてるんですよね、最近……」


 ふ~……と、これまた珍しく、重めのため息を吐く朝宮であった。これもう本人より、周りが心配しすぎてるやつなんじゃない? って感じである。

 とはいえ、その気持ちも分からない訳では無いのだが。


 うちの学校はそこそこの進学校である。

 あまり苦労した覚えはないが、加恋はかなり必死になっていた記憶があった。


「えっ? そこは逆じゃないんですか、揺日野くんが頑張った結果なのでは……!?」

「いやほら、俺は基本的にやればできる子だからな。本気を出せばチョロいもんだよ」

「それなのに、どうしても今はこんな……」

「おい馬鹿、人を憐れむような目で見るんじゃない。ちょっと傷ついちゃうだろ……単純にやる気出ないってだけの話だよ」


 受験時はそれこそ、人生の分岐点な気がしたから真面目に取り組んだが、今となってはそのやる気も燃え尽きている。

 その点、好成績を維持し続けている朝宮はもちろん、加恋も立派なもんだな──と、視線をずらして斜め前の席を見た。


 ここは学校近くの喫茶店。

 加恋についていくとは言ったものの、まさか後輩くんと三対一で話す訳にもいかず、こうして離れた席で見守る保護者スタイルを取っているのだった。


 朝宮とは実に和やかな雰囲気と共にダラダラ会話していたが、加恋と後輩くんの席の雰囲気はもう完全に真逆である。

 超シリアスだよあそこだけ。さっきからどっちも何にも喋んないんだもん。


 見てるこっちですら微妙に緊張してきてしまうほどであった。


「長引いてますね、話し合い……やっぱり揺日野くんが出て行って、夜城さんを攫った方が早いんじゃないですか?」

「や、そりゃ確かに早くはあるだろうが……」


 そんなことをしたら、俺が後輩くんに恨まれるのは確定であった。夜道とかで襲撃されても文句言えないからね?

 あるいはそうでなくとも、消えない傷を刻んでしまうことになってしまうだろう。

 

 どのような対応をしていたのだとしても、後輩くんが加恋のことを好いているのは間違いない訳だし。

 加恋や朝宮、浮雲の気持ちを尊重している俺が、知り合いではないからと言って、彼の気持ちを尊重しないのは違うだろう。


 それぞれの気持ちに差異はあっても、優劣があるべきではないのだから。

 順位付けして良いのは、特に何か強い想いがある訳では無い、俺のような人間の意思くらいなものである。


「ま、時間なんてどれだけかかっても良いんじゃないか? 人間関係なんて、繋ぐのも切るのも面倒なもんだろ」

「揺日野くんらしくない言葉が出てきましたね……どうしました? 悪いものでも食べました?」

「いや失礼、失礼過ぎるでしょう?」


 確かに俺は、まともな人間関係を築いていない自負があるが……。

 それはそれとして、一般論を語ることくらいは許せよ。

 

 それに、俺の人間関係が滅茶苦茶になっている理由の一端には、お前らが関わっているということを理解して欲しかった。

 まあ、それ以前に俺に問題があると言われれば、そこまでであるのだが……。


「とにかく今は、だらっと見てるしかないだろ……そりゃ、暴力的な事件に発展しそうなものなら、流石に出て行くけど、そうはならないだろうし」

「分かりませんよ? 人は恋の前だと、盲目になってしまいがちですから」

「随分と実感の籠った台詞だな……」


 何となくそれ以上踏み込むのが恐ろしく、無言でコーヒーを飲みほす。

 同時、入店してきた人物と目が合った。


 染められた金髪に、人好きしそうな少年──浮雲が、パッと笑ってこっちに寄ってくる。

 瞬時に「これは面倒ごとになる予感!」と察知し、「こっち来んな!」と視線を送ったものの、何一つ伝わりはしなかった。当然だな。


「よっ、奇遇だな、揺日野……と、朝宮さん。あー、悪い、デート中だったか?」

「……いや、ここまで来たらむしろ好都合だな、ちょっと一緒にここで加恋ウォッチに参加して行け、浮雲」

「な、何? なにウォッチ?」

「揺日野くん!? 何言ってるんですか!?」

「や、色々事情があってだな……」


 最近の俺の人間関係は、目まぐるしく構築されては崩壊し、作り直されている。

 で、あるのならば。

 いっそここで、一旦全部整理するのも有りかもしれない。


 どちらにせよ、俺達の関係は浮雲には伝えるべきだったし……。

 対面で話せるのならば、それが一番意思が誤解を少なく伝えられる。


 不審げに俺を見る朝宮と、事情を呑み込めていない浮雲。

 再び難しい表情で話し始めた加恋と後輩くんを見ながら、そんなことを思った。


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俺の恋人(仮)×2が俺の恋人(真)の座を狙っている。 渡路 @Nyaaan

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