019 かくして彼には恋人が二人できた──(仮)ではあるが。



「という訳で、揺日野くんをわたしと夜城さんの、共有財産として扱うことになりました!」

「待て待て待て待て! 待って、なに!? どういう訳なんだよ」


 ぱちぱちぱちーっと拍手をする朝宮と加恋であったが、申し訳ないことに一言一句意味不明だった。

 何がどうなったらそんなことになるんだよ。


 あとシレッと俺を財産扱いするんじゃない! 俺だって生きてるんだぞ!


「共有財産って言うか、公認二股みたいな?」

「公認二股って何!? 最悪ワードにもほどがあるだろ。倫理観が底辺を這いずり回ってるぞ」

「でも、そうとしか言いようがないし……」


 何とか納得してくれない? と言わんばかりに見てくる二人であった。

 何だろう、俺が席を外していた十数分で、世界の常識でも変わっちゃったのだろうか。


「まあ、何というかですね、説明が難しいのですが……」

「つむぎんには暫く、私とも恋人(仮)をやってもらうって話──って言えば、伝わる?」

「伝わらない、ことも無いが……」


 それはそれとして、何言ってんの? って感じではあった。

 意味が分からないのではなく、意味を分かりたくない、と言った方が気持ちとしては近い。


 恋人が二人いる。字面だけで見れば、なるほど夢のある話だろう。

 けれども俺達の場合、それには(仮)が付くし、恋人が二人いるなんて事実がもう、かなりヤバいやつを示す一言であった。


 現実にいちゃいけないタイプの存在である。

 無条件に殺意を向けられても文句言えないよ。


「いや、っつーか、質問に質問で返すようで悪いんだけど。朝宮はそれで、本当に良いのか?」

「わたしは構いませんよ? 揺日野くんも、最終的にわたしのものになりますし」

「未来予知でもしてるみたいな断定の仕方する……加恋も、良いのか?」

「んー、私としては、朝宮ちゃんに隠れながら、浮気チックに進めるのも良いんだけどね。ドキドキするし」


 見慣れた笑みを浮かべながら加恋が言う。つまりはどっちでも良いらしい。

 ということは、やはりこれは朝宮が提案したことであり、要するに公平さを保つものなのではなかろうか。


 どちらも同じ立場に置くことで、優劣を無くし、俺が本当にどっちに靡くかを決めると言ったような勝負の。

 何かこれ、自分で言うと馬鹿みてぇだな。


 どうせ恋愛をするのなら、もっとまともな恋愛がしたかった……というのは、贅沢に過ぎる文句だろうか。

 一先ずは浮雲と、例の後輩くんへの申し訳なさが凄いことになってしまっている。


 何で俺がこんな気持ちを味わわなきゃいけないんだろうな。

 流石にちょっと、振り回され気味な気がしないでもない。


「……悪いけど、どっちも多分、好きになること無いぞ、俺。朝宮はそれで良いかもしれないけど、加恋からしてみたらこれ、致命的じゃないか?」

「甘いなあ、つむぎんは。そんなこと、もうずっと前から分かってて、それと同じだけの時間、好きだったんだよ?」

「お前、そんなに俺のことが好きだったのに、アホみたいに付き合っては別れて繰り返してたのか……」

「あ、あれは! 嫉妬を煽れたりしないかなーっていう、私なりの考えだったの! つむぎん、正攻法じゃ全然揺らがないじゃん!」


 最終的には俺が悪いという方向に着地させ、ふむんっと唸る加恋だった。

 まあ、アプローチの仕方は人それぞれなので、あまり文句を言うのも憚られるのだが……。


 何とも昔から、妙なところで空回りするやつだな……という気持ちである。

 最初からそう言ってくれれば、こんな面倒なことにもならず、スパッとフッて終了だったろうに──いや、それじゃあダメだから、こうなっているのだろうが。


 ……めんどくさ。

 思わず喉まで出かけた言葉を、理性で飲み下した。


「まあ、じゃあ、分かったよ。好きにすれば良い……朝宮と加恋が飽きるまで、上手いこと付き合えば良いってことだろ?」

「飽きるって言うか……」

「わたしたちのどちらかに惚れるまで、ですよ」

「へいへい……」


 我ながら気の抜けた返事をしながら、ぼんやりと思う。

 これ、明日には多分、二人と並行して付き合ってるのがクラス中どころか、学校中に広まるよな……。


 ただでさえ、目を覆いたくなるような悪評が蔓延っているというのに、これ以上ヘイトを稼いだらどうなってしまうのだろうか。

 不安が一周回って逆にワクワクしてきてしまった。


 百人切り以外のあだ名をいただいてしまうことになるかもしれない。超不名誉だな。


「ああ、でも、それなら俺からも条件がある──いや、条件ってほどでもないんだけど。

 加恋はちゃんと後輩くんと別れてこい。嫌だからね? 俺が後輩くんから、加恋を寝取ったみたいな話になっちゃったら」

「……それはそれでアリじゃない?」

「何もありじゃねぇ! 軽々に俺の尊厳を犠牲にしようとするな……!」


 うがーっ! と威嚇するように言えば、ムスッとしつつも「分かった」と答える加恋であった。

 何でちょっと不機嫌になるんだよ。お前の不始末だろうが。


「あとはまあ、無いとは思うけど、もし俺が他に好きな人が出来た時は、この関係は問答無用で破棄させてもらう」

「ええ、もちろんです」

「ついでに二人も、他に好きな人が出来た時は──」


 即この関係破棄しような、と言いたかったのだが、ガチめに睨まれてしまい、言葉に出来なかった。

 どうにも失言だったらしい。


 恋愛感情ってのは難しいもんだな。

 どうにも自分が抱いたことのない類の感情なので、慮る難易度が高めの感情だった。


 へへへっ、と笑うことで何とか誤魔化し、コホンと咳払いする。


「じゃあ、今日はもう解散……いや、加恋のことを待っといた方が良いのか?」

「そうですね、そうしましょうか。どうですか? 夜城さん」

「有難いけど、すぐには終わらないかなあ……」


 カフェで話し合う予定だし、と実に気まずそうな顔で言う加恋だった。

 しかし、そういうことであれば、普通に解散で──


「でも、着いてきてくれると嬉しいかも」

「えぇー……」

「揺日野くん、あんまり露骨に顔に出しちゃいけませんよっ」

「そうは言ってもなぁ……ああ、いや分かったって。その目で見るな、同情しちゃいそうになるだろ!」


 懇願されるような目に弱すぎる俺であった。意思に反して承諾してしまう。

 と言っても、俺たちが付いて行ったところで、何をどうすることも出来ないのだが……。


 まあ、時間は持て余しているし、今回くらいは良いか……と嘆息した。



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