018 ここに来て新旧・恋人(仮)は話し合う。


 修羅場という言葉は正しく、この時の為に作られたんじゃないだろうか。

 そのくらいバカげている、現実逃避じみたことを考えてしまうくらい、現状は最悪だった。

 ストンと表情が抜け落ちた朝宮と、笑みを作ったままの加恋が見つめ合っている。


 まあ、ね。客観的に見れば浮気がバレた瞬間だからな、これ。

 事実はどうあれ、そう見えてしまうのは仕方のないことだ。


 これはもう、切腹でもしながら土下座でもしないと弁解できないんじゃないだろうか。

 いいや、あるいはそれでも全然足りないかもしれない──が、とにもかくにも、まずは謝罪から始めなければならないだろう。


 ゆっくりと歩み寄ってきた朝宮に対し、静かに床に膝を突けば、そのままそっと頬に両手を添えられた。


「謝らないでくださいね、揺日野くん」

「は……?」

「まさか揺日野くんが、あっさりとキスされちゃうとは思ってませんでしたけど……でも、仕方ないので許します。だってこれは、勝負ですから」


 そんな何でもありの無法バトルだったのかよ、という俺の文句は、しかし言葉にされることはなかった。

 蓋をされる。もちろん口に。


 なにで、とは言うまでもないだろう。

 朝宮の顔が至近距離にあった。ふわりと、朝宮の綺麗な金髪が舞う。


 そうしてどれほどの時間が経っただろうか。数秒か、あるいは数分か。

 ハッキリとは分からない。


 あんまりにもあんまりな衝撃展開で二度も殴られたせいか、脳みそがふわふわとしている気がした。

 銀の橋が二人を繋ぎ、やがて途切れる。


「やられたらやり返しゅ。わたしは絶対に負けましぇんよ」

「すげぇ……顔真っ赤にして滅茶苦茶噛んでるのに、キメ顔だけはちゃんと維持してる……」

「細かいことは良いんでしゅっ!」

「いやあの、私がいるのに二人の世界に入るのはやめてくれない?」


 加恋の呆れたような声が降ってきて、ハッとしたように朝宮が立ち上がる。

 それに遅れて立ち上がれば、綺麗に朝宮VS加恋みたいな構図が描かれてしまった。


 すっかり景品扱いされてしまった俺は蚊帳の外って感じである。

 ど、どどどどどうしよう……。


 リアルファイトとかに発展したら、俺が止めなきゃいけないのだろうか。

 ぶっちゃけ介入できる自信が全く無いのだが……。


 もう浮雲とか呼んで、颯爽と逃げ去りたい気持ちでいっぱいいっぱいだった。いや、絶対に呼ぶことは無いのだが。

 見せられるわけないだろ、こんな状況。


 下手したら彼の脳みそがその場で砕け散って、元に戻らなくなってしまう可能性があった。


「結構意外。朝宮ちゃんって思ってたより、大胆な子なんだね」

「ふふっ、夜城さんほどじゃありませんよ」

「あはは、顔真っ赤にしちゃうくらい初心だもんね」


 ニコニコニコーッと表面上はどちらも笑っているのだが、絶妙に和やかな雰囲気にはなっていなかった。

 かと言って、今すぐどうこうなるような雰囲気でも無い。


 睨み合いと言うには穏やかで。

 楽しく話していると言うには、些か棘がある。


「でもまさか、朝宮ちゃんまでつむぎんの毒牙にかかるなんて思ってなかったなあ」

「わたしもそう思います、揺日野くんは罪な男ですからね」

「いや本当、つむぎんは普通に最低な男だよ。知ってる? 中学の時なんて、下駄箱に入ってたラブレター、悪戯だと思って応えなかったんだよ?」

「う、うわぁ……」

「あの、ちょっと? 何か急に俺の罵倒大会が始まってんだけど? 今の流れでそうなるのはおかしいだろ」


 あとラブレターは本当に悪戯だっただろうが! 看破した俺、流石! と称えても良いまである。

 いや、何か……うちの中学、一時期「揺日野に告る」を罰ゲームにするのが流行ってたっぽいんだよな。


 今思い返しても発想が邪悪過ぎる。

 お陰でメンタルが嫌な方向に強度を増しちゃったじゃねぇか。


 普通に女性不信にならなかった俺を褒めて欲しいくらいだ。


「つむぎんが勘違いしてるだけで、最初の数人以外はマジな告白だったんだよ、アレ……」

「は? おい、そんなの聞いてないぞ……!」

「言うより先につむぎん、ラブレター破ってゴミ箱にシュートしてたじゃん……。その後、話を聞こうともしないし」

「っすー……どうにか勘違いさせてきた側が悪いってことにならないか?」

「どう足掻いてもトントンにしかなりませんね、それは……」

「くぅーん……」


 まさかの事実に思わず子犬になってしまった。

 負け犬の如く、小さく声を上げてしまう。


 まあ、仮に当時気付いていたとしても、誰かと付き合うだなんてことには、なっていなかっただろうが……。

 振り返ってみれば態度は最悪だったので、過去に戻れるなら一発ビンタしたいなと思った。


「しかし、そう考えるなら俺、意外とモテてたってことになるのか……?」

「現状が作られた原因なのに、認識がそこからなんですか……」

「や、お前らは何て言うか……普通じゃないだろ、色々と。頭がぶっ飛んでるぁっ!?」


 バシィ! と小気味の良い音と共に、足へと衝撃が走る。

 加恋のやつ、また腕を上げたな……とその場に蹲ることになってしまった。


「良い? 朝宮ちゃん。つむぎんってこういう、失礼な男なんだよ」

「でも、そういうところも好きになっちゃいましたからね……」

「惚れた弱みだよねぇ」


 俺をボコして意気投合し始める二人だった。何で俺を的にしたら和やかな雰囲気が出来上がるんだよ。


「っつーか加恋。お前、そろそろ行かなくて良いのか?」

「あー、そうだった。でも私、まだ足りてないんだよね……ねぇ、つむぎん」

「や、ダメだろ。普通に……さっきのだって、襲われたも同然だぞ、俺」

「そう言わずにさ、ね?」

「だーめーでーす。というか、ちゃんとお話ししましょう、夜城さん」


 ポンッ、と朝宮が加恋の肩に手を置く。流石に目の前で致すのは許さないらしかった。

 とはいえ、そうでなくとも俺だって拒否するつもりであったのだが。


 二人は少しの間見つめ合った後に俺を見て、


「ちょっとしますから、揺日野くんは席を外してください」


 と、俺を教室から放り出すのだった。

 ピシャーンッと扉が閉められる。


 ……急に不穏な展開になってきたな。

 何事も起こらなければ良いなと祈りながら、一先ずは自販機の方へと向かった。



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