017 かようにして旧・恋人(仮)は巧みに迫る


「ごっ、ごめんなさい、揺日野くん! そういえば今日は生徒会があるんでした……デートはまた今度にしましょう!」


 お手々とお手々を合わせて幸せ~ってな感じにごめんなさいのポーズを作り、申し訳なさそうに言う朝宮。

 教室の入り口には、生徒会役員らしき女子生徒が朝宮を呼びに来ていた。


 そういやこいつ、生徒会だったな……。

 しかも、生徒会長である。

 いやはや何というか、成績優秀かつ超人気者で、生徒会長だなんて言うと、まるで現実味がないのだが、事実そうなので仕方ない。


 因みにではあるが、俺は何処にも所属していない。強いて言うなら帰宅部か。

 どうでも良いことではあるが、加恋も帰宅部である。


 浮雲? 俺が知ってる訳ないだろ。

 でも如何にもスポーツマンって風貌ではあるし、運動部か、あるいは何かしらのスクールには通っているかもしれないな。


「ん、了解。それじゃあ適当に暇潰して待ってるから」

「待っててくれるんですか?」

「まあな、俺は意外と尽くすタイプなんだ」

「ふふっ、似合いませんね」


 さらっとそんなことを言った朝宮は、「ありがとうございます」とにっこり微笑みながら、教室を後にした。

 こうして教室に残ったのは俺一人になった訳であるのだが、さてどうしようかと思う。


 暇を潰すとは言ったものの、読み止しの本は家に置いてきてしまっていた。

 であれば、ソシャゲか? とは思ったが、残念ながら今日分のスタミナはお昼に消費してしまっている。


 つまり、端的に言ってやることがない。

 模範的な優等生らしく勉強に勤しむのも、有りと言えば有りなのかもしれないが、とてもではないがそんな気分にはなれなかった。


 しかし、そうとなればどうするか……。

 部活の類に入ったことがないので、正直何時までやっているのか等が全く分からないのだが、まあ少なくとも一~二時間は覚悟しておくべきだろう。


 ぼんやりと過ごすには少々長すぎるし、勿体ない。

 ふむ……と嘆息してから、学校内で出来ることを考え始めた。


 その時である。


「あれ? つむぎん一人だけ?」


 俺をそんな風に呼ぶ人間はこの世に一人だけである。

 つまるところ、加恋が少しだけ意外そうな顔をしながら、教室へと入ってきていた。


 当たり前みたいに前の席へと座り、こちらの机に肘を乗せる。


「朝宮ちゃんは? あっ、もしかしてフラれちゃった?」

「ばーか、お前じゃないんだぞ。付き合って数日で別れるもんかよ……生徒会だってさ」

「なるほど、それでつむぎんは律儀に待ってるって訳だ」

「そーゆーこと。加恋こそ、彼氏と遊びに──ああ、違うな。別れたんだっけか」


 言葉にしながら、この前のことを思い出す。

 俺のことを好きだと言い、俺の目の前で別れ話を切り出した加恋のことを。


 客観的に見ても残酷すぎる行為だよな……と今でも思わざるを得ない。

 俺が後輩くんの立場だったら普通に女性不信になってる自信があった。


「うぅん、別れたって言うか、調停中的な……?」

「何それこわっ」

「別れたくないですーって粘られちゃって。ほら、今も」

「おぉ……」


 そっと見せられたスマホの画面。後輩くんからの通知が余裕で100をぶち超えていた。

 普通に怯えてしまい、気の抜けたような声を出してしまう。


 とはいえ、彼を責めることは出来ないだろう。

 そもそもにおいて、加恋が自分勝手すぎるのだ──その原因の根元に俺がいるらしいので、あるいは俺のせいなのかもしれないのだが。


 まあ、知ったこっちゃない。


「でもさぁ、後輩くんだって悪いんだよ? ゲームで対戦して勝ったらすぐマウント取ってくるし」

「かなり質感のある愚痴だ……」

「デート中は私といても他の女の子に目移りするし」

「……まあ、好きと可愛いは別物だしな。見ちゃう時は見ちゃうだろ」

「ダメダメ、女の子ってそういうの敏感なんだから」


 分かってないなあ、つむぎんは。なんてことを言う加恋に、気を付けようと思う俺だった。


「それに、私をブランドみたいに自慢され回るのが嫌だった」

「すげぇコメントに困るんだけど、それ……」


 何かもう、一周回ってすげぇ後輩だった。

 やっぱり変なやつの周りには変なやつしか集まらないんだな。


「っつーか、そういうことなら今日も話し合ったりするもんなんじゃねぇの? 加恋だって、「別れましょう、ばいばい」ですんなり終了になるとは思ってなかったろ?」

「それはそーだけどさぁ、やっぱりこういうのって、向き合うにもエネルギーが必要でしょ?」

「共感を求めるような聞き方すな、俺が知る訳ないだろ」


 別れ話どころか、まともに付き合ったことすらない。

 何なら誰かを恋愛的な意味合いで好ましいと思ったことすらなかった。


 ただ、まあ、気が重いという話であるのならば、分からなくもない。

 人間関係は作るのも壊すのも一苦労だ。


 相手が自身の生活圏内にいる人であれば、なおさら。


「だから、エネルギーを補充させてもらおうかなって」

「何だそりゃ……おい、獣みたいな目で俺を見るのはやめろ! 身の危険を感じる!」

「あはっ、こういう時の察しだけは良いよねぇ、つむぎんは」


 言いながら、静かに席を立った加恋がまじまじと俺を見つめる。

 嫌な予感しかしねぇ……これ逃げても良いか? と思った瞬間、胸倉を掴まれた。


 グッと力強く引き寄せられる。


「だけど、それでも鈍すぎ。本当に朝宮ちゃんに義理を通すなら、私と二人きりになっちゃダメなんだよ?」

「生憎、朝宮には加恋に好きにさせて良いって言われていてな。懐が深い女なんだよ」

「余裕たっぷりだなあ、流石お姫様……そういう態度は、後悔しちゃうかもって教えてあげて」

「や、もしそうなるなら、どう考えても原因は」


 お前なんだが……という苦言が発せられることは無かった。

 不意打ちのように、唇が重なり合う。


 加恋の舌に口内を撫ぜられて、身動きが取れなかった。

 一秒、二秒と時間がゆっくりと進んでいるみたいで、ようやく加恋を押し退けようとすれば──


「あっ、揺日野くん。お待たせし──」


 ガラリと、扉が開く音がした。それは当然ながら朝宮であり、バッチリと目が合った。


「ほらね、言ったでしょ? 後悔するって」


 つぅ……と口を離した加恋が、蠱惑的な笑みでそう呟いた。


 

 

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