016 新・恋人(仮)との放課後は緩やかに流れる。


「そういう訳で、何デートをするか決めましょう、揺日野くん!」

「そうだな……お家デートとかどうだ? 各自帰宅してのんびり過ごそう」

「それはデートになってないと思うんですけど!?」


 時は放課後。場所は教室。

 俺達に気を遣ったのか、あるいは警戒しているのかは知らないが、教室に他の生徒はいない。


 そんな教室の、端っこの席(というか俺の席)で、朝宮が「やれやれ」と言いたげな顔をする。


「揺日野くんは、本当に揺日野くんですね……」

「そう言うな、照れるだろ」

「褒め言葉じゃありませんけど!? むしろ罵倒です、ばーとーうーっ!」

「あんまりでっかい声で言うなよ、どうするんだ。俺の苗字が罵倒用語として定着しちゃったら。普通に不登校になる自信あるからね?」


 ただでさえ、他人への影響力◎みたいな女なのである。

 仮に陰口であっても「あいつマジ揺日野w」みたいな会話を聞いてしまったら立ち直れない自信があった。


 日陰者にも人権を! と訴えかけながら国会の周りに集まる野次の一人と化してしまうことだろう。

 休日には賛同者を集めるため、駅とかに出没する迷惑ヒューマンになってしまう可能性すらあった。


「際どいラインの発言はやめましょうね、コメントしづらいので……でも、揺日野くんの気持ちが分からないって訳じゃありません。わたしも運動は不得意ですし」

「100m走とかぶっちぎりでドベだったもんな」

「なっ、ななな何で揺日野くんが知ってるんですか!?」

「や、朝宮は目立つし……」


 そういうところが良い、みたいな話もちょくちょく耳に挟んだことがある。

 基本的に孤立している俺でも聞くくらいなのだから、全校生徒知ってるんじゃないだろうか?


 人気者は些細なことでも共有されてしまうんだな……と密かに震えてしまった記憶が蘇る。


「わ、わたしのプライバシーが守られていないです……」

「俺のプライバシーも守られてないからトントンだな」

「プライバシー皆無カップルなんてわたし嫌ですよ……!?」

「俺だって嫌に決まってるだろ……」


 むしろ好ましいと思えるやつはこの世にいないレベル。

 学校での立ち位置は真逆にも等しいというのに、こういうところばかり似通うんだなと思った。


 俺、こんな共通点いらない……。


「まあでも、これからは守られるだろ。というか、俺が守る。そういう約束だしな」

「えへへ、頼りにしてますよ」

「や、あんまり期待はしないでくれ。二日目にして既にガッツリ疲れてるんだ」

「そこは嘘でも『任せろ、あと世界で一番愛してる』って言うところですよ?」

「後半の全部余計じゃなかった?」


 俺が突然愛の告白をする変人になっていた。

 客観的に見ても嫌すぎる男だったし、そのような言動を求めてきた朝宮にも恐怖を抱く。


 薄々感じてはいたのだが、もしかして朝宮、相当変な女なんじゃないか……?

 人のベッドで大暴れするし──おっと、これは無かったことにしたんだった。


 危ない危ない。

 迂闊に口に出したら無言でペチペチ叩かれちゃうからな。


「冗談はさて置き」

「本当に冗談だった? 結構目がマジだったとも思うんだけど」

「冗談は! さて置き! わたしとしては図書館デートとか気になるんですけど、どうですか?」

「ふむ……ぶっちゃけ図書館デートとかいう単語が初耳だから、どうもこうもないってのが正直な感想になるな」


 図書館に恋人と行って何するんだよ。

 図書館で出来ることと言えば、読書するか勉強するかくらいだぞ。


 そしてその二つは誰かとするようなものではなく、一人で粛々と嗜むものである。

 あと図書館って騒げないからな。


 そもそもにおいて、ぼっちであることを強制される憩いの場と言い換えても良い。


「図書館イメージが微妙に偏見に染まってませんか……? あとちょっと古いです」

「偏見はともかく古いって何だよ……!」

「最近は図書館と一口に言っても、色々とあるんです。複合型図書館とか知りませんか?」

「ああ、あのリア充向けにアップデートされてる似非図書館」

「偏見が露骨に出てきましたね!? 抑えて抑えてっ!」


 だいたい、今の揺日野くんはそのリア充じゃないですか! と俺を窘める朝宮だった。

 まあ、確かにその通りではあるので、口を噤まざるを得ない。


 最近の俺は論破されすぎな気がすると思ったが、割と日常的なことだったなと思い直す。

 理屈を押し通せた経験、皆無である。


「あそこならお話も出来ますし、読書に集中だって出来ます。あと、お勉強だって教えてあげられますしね」

「勉強もデートに含まれるのか……」

「含まれるというか、含みたい、ですね。揺日野くんの成績、絶望的じゃないですか」

「ギリギリ赤点は回避してるんだから、良くないか?」

「ダメです。そんな心構えじゃ、わたしと一緒の大学には行けませんよ?」

「何か俺の進路がシレッと決められているな……」


 しかも大学でも付き合う設定になっているっぽかった。

 流石にその頃には別れていると思うのだが……。


 あんまり長続きする関係じゃないからな、こういうのって。

 恋人という単語を使う以上は、互いに好き合っている方が良いに決まっている。


 都合の良い関係と、恋愛関係は真逆の位置にあるものだ。

 自由さを求めた先にあるのが都合の良さであるのならば、不自由さを覚えるのが恋愛であるのだから。


「そうじゃなくっても、成績は良くて悪いことはありませんよ? 単純に、この先やれることの範囲を広げられますから」

「急に理にかなった話し始めるなよ……頷くことしか出来なくなるだろ」

「それは分かってるのに、何もしないのがザ・揺日野くんって感じですよね」

「まあ、基本的に俺は”人生なるようになる”って思って生きてるからな」

「それ最終的にどうしようもなく詰むやつですよ……」


 そう言って、ジト目をぶつけてくる朝宮だった。普通に怖い未来予想をしないで欲しい。

 俺はほどほどに楽をして、ほどほどの人生を、ほどほどの満足感を得ながら全うしたいだけなんだけどな。


「それじゃあやっぱり、図書館デートでお勉強ですね。決定です!」

「今の話聞いてた? 特に勉強はしたくないって話なんだけど、ねぇ……」


 嫌だよーと駄々をこねてはみたが、朝宮のキラキラお目目に浄化されてしまった。

 ……まあ、今朝に何でもするとか言っちゃったからな。


 ため息交じりに嘆息し、準備を済ませた朝宮と手を繋いだ。


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