015 偶然にも新・恋人(仮)は大義名分を得る。

「という訳で全部バレちゃったんだけど、どうする? 一発土下座した方が良い感じか? 何なら靴とか舐めるけど」

「謝罪に対する姿勢が随分前向きですね!? そこまでしなくても良いですよ!?」


 翌朝。再び迎えに来てくれた朝宮に向かって膝を付ける。

 くっ、これでも許されないとなれば……やはり、金か?


「だから、本当に怒ってませんってば。そもそも、夜城さんに隠し通せる気はしていませんでしたし……」

「そうなのか?」

「ええ、だって夜城さん、見るからに揺日野くんのことが好きだったじゃないですか」

「そうなんだ……」

「自覚無しだったんですか!? て、天然女誑し……」

「シレッとただの罵倒が出てきちゃったな」


 しかも一度も誰かを誑かしたことがなかった。

 もしその手のスキルが俺に本当にあるのなら、今頃友達も彼女もいてウハウハだろう。


 見てみろ現実を。

 元恋人(仮)と、恋人(仮)と、友人(暫定)しか周りにいないんだぞ。


「ハリボテみたいな人間関係しかありませんね……」

「今日一鋭い言葉出てきた! やっぱり怒ってない? パシリでも何でもやれるよ?」

「それじゃあ、朝ご飯用意してくれますか?」

「仰せのままに! つっても、大したもんは作れないけどな」

「愛情たっぷりに作ってくれれば、わたしは何でも構いませんよっ」

「へいへい……」


 雑な返事をしてから食パンに卵を落とし、マヨネーズで囲ったのをオーブンに叩き込む。

 これだけで簡単ラピュタパンの完成である。


 あまりにも手順が簡単すぎて愛情を入れるタイミングが無かったが、まあ良いだろう。

 そもそもどうやって入れんだよそれはって話でもある。


 良い感じに焼き上がったそれらと、牛乳を手に食卓へと足を向けた。

 二人向かい合って「いただきます」をする。


 流石に前日とは違い、食べさせ合ったりはしない。


「むぅ……愛が足りませんね」

「食べたら分かるものなんだ! エスパーとかってレベルじゃないぞ」

「これは別の形で愛情を示してもらわないといけませんね……あーん」

「……あーん」


 前言撤回。

 連日続けて朝からバカップルの真似事をすることになってしまった。


 文句を言える立場ではないので粛々と従い、朝宮にパンを与えていく。

 小さな口でパクついていく様子は小動物を連想させられて、少しだけ微笑ましかった。


「それで、夜城さんについてなのですが」

「えっ、あ、おう」


 突然の切り替えにこっちが戸惑ってしまった。

 ちょっとした動揺と共に続きを促す。


「特に何か、わたしの方からこうして欲しいとか、ああして欲しいって要望は無いです。これまで通り過ごしましょう」

「良いのか? それで」

「良いんです。わたしは、誰かが誰かを好きって思う気持ちの邪魔はしたくないですから」


 それに、と朝宮は言葉を続ける。

 実にお姫様らしい返答に呆けていた俺の頬へと片手を添えて、ふわりと微笑んだ。


「揺日野くんは、わたしのことを裏切らないって、信じてますから」

「……なるほど」


 良くも悪くも、俺に全てを委ねるらしかった。その事実自体がもう、牽制されているも同然ではあるのだが……。

 気分としては悪くない。


「でも、そうですね。もし夜城さんのことを、本当に好きになっちゃったなら、先にわたしに言ってください。その時は潔く身を引いて、円満に別れますから」

「はぁ? いや、それは──」

「約束が優先されるべき、なんて言わないでくださいね。幾らわたしでも、好き合ってる人の邪魔をする気はありませんよ」

「本当に出来たやつだな、朝宮は……」


 人の気持ちに寄り添っているというか、自身の利益は度外視に出来るというか。

 危うさすら感じさせる献身さだった。


「いえ、思いやりとか気遣いとかではなくてですね、これは徹底抗戦しますよ、という意味合いです」

「急に物騒な言葉出てきた! 何? 誰と戦うの?」

「もちろん、夜城さんとです──夜城さんが揺日野くんを落とすか、あるいはわたしの傍に揺日野くんを置いていられるか。これはそういう勝負です」

「知らんうちに俺が景品扱いされている……」


 しかし、まあ、朝宮の気持ちが分からないという訳でもない。

 俺と朝宮の関係は確かに、表面上は恋人であるが、その内実は別物だ。


 恋心の類を介した関係ではない。あるいは、恋心を介していないからこその関係と言っても良い──少なくとも、俺にとっては。

 なればこそ、そのような関係を理由に、誰かの恋心を一方的に挫くのは違うのではないかと考えているらしい。


 当事者じゃなかったら頷ける理論なんだけどなあ。

 困ったことに当の本人が俺だった。


 すげぇ頷きたくねぇ。

 基本的に面倒ごとは回避したい俺だった──面倒ごとと、一言で纏めて良いものではないかもしれないが。


「だからもちろん、揺日野くんがわたしに惚れちゃってもわたしの勝ちです。えへへ、出来レースみたいなものですね」

「すげぇ強かだな、おい」


 とてもではないが、絶対に惚れないから、なんて理由で俺を選んだ女とは思えない言い分だった。

 というか、惚れたら惚れたで今の関係は解消になるのだが……。


「そういう訳ですので、わたしはこれまで以上に恋人らしく振る舞おうと思います。例えば……そうですね。今日は帰りにデートとかしましょうか」

「えぇー……」

「露骨に嫌そうな顔しないでくれませんか!? それはそれでわたし、傷ついちゃいますよ!?」

「俺、人多いところ苦手な……ああ、分かった分かった! エスコートだろうが荷物持ちだろうが、何でもするから涙目で睨むな!」


 美女は怒れば怖いとは良く言うが、美少女の泣きそうな顔というのも、かなりの攻撃力を誇っているのだった。

 思わず無条件で降伏しちゃったもんな。


「最初からそう言えば良いんです……と、そろそろ時間ですね。行きましょうか」

「はいよ」


 朝はまだ始まったばかり。

 自然と腕を絡めてきた朝宮を見ながら、今日も長くなりそうだなと思った。




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