014 意外にも友人(暫定)は良いやつである。

「別れるってさ」

「なんて?」

「だから、別れるんだって」

「誰と誰が!?」


 加恋が家を出て行った二時間後。陽が少し落ち始め、夕方の色が見え始めた頃合い。

 文字媒体だと著しい誤解を生みだしそうな事態に陥ってしまった俺は、仕方なく浮雲と、今日二度目の邂逅を果たしていたのだった。


 場所は駅近くのゲーセン。

 一人で遊んでいるというので、わざわざそこまで出向いたのであった。

 

 おいおい、実は俺と同じぼっちなのか~? と思ったのも束の間、単純に今日はいつもの面子と予定が合わなかっただけらしい。

 まあ、そうでもなきゃこの時間帯に俺に連絡とかしないよな。


 俺の方も手早く事情を説明したかったので、まずは端的に事実を伝えていくか……という方針を元に、UFOキャッチャーでもやりながら話を切り出せば、やたらと切羽詰まった様子で肩を揺すられるのだった。


「そりゃ、加恋と例の後輩くん以外にいないだろ」

「そっっっちかい~! あんまりビビらせんな、揺日野と朝宮さんのことかと思ったじゃねぇか!」

「な訳ねーだろ……」


 付き合って一週間も経ってないんだぞ。そんなスピード感で別れられるやつ、加恋くらいなもんである。

 だから、例の後輩くんについては本当にもう、気の毒であると思わざるを得なかった。


 あんなアホ女に引っ掛かったばっかりに……なんてことは、流石に口には出せないが。

 どうにも原因は俺らしいし、何より加恋のことが好きなやつが目の前にいるのだから。


「それにしても、本当に早かったな……流石幼馴染、預言当たったな」

「や、流石に俺も、もうちょっと続くとは思ってたんだけど……」


 何なら長続きすることを、心の底から願っていたほどであるのだが……。

 どうにもこれまで別れたりなんだりを繰り返していたのは、俺のせいみたいなところがあったらしいからな。


 飽くまで加恋の言葉を馬鹿真面目に拾うのであれば、の話ではあるが。

 あいつ、俺の気を惹くためにやってたとか言ってたよな?


 もしそれが本当であるのならば、何ともコメントがしづらかった。

 ただ一つ言えるのは、加恋は本当に馬鹿だということくらいだ。


「で、ここからが重要な話になるんだが」

「今のは重要じゃ無かったんだ」

「まあ……夏場の蝉くらい意外性が無い話だし」

「じゃあ次のは?」

「トラックに轢かれて異世界転生しちゃったくらいの話だな」

「ビッグニュースだー!」


 逆に不安になってきたんだけど……と目を見開く浮雲だった。異世界転生とか伝わるんだ。

 陽キャにも色々いるんだなあ、なんてことを思った。


「まあ、何て言うかな、加恋は俺のことが好きらしいんだ」

「ごめん、もう一回」

「加恋は俺のことが好きらしい」

「う、裏切り者ーッ!」

「人聞きの悪いこと言うのやめない?」


 裏切ってないからここにいるんだっつーの。むしろ限りなく誠実だからこそ、こうして話す場を設けていると言っても良い。

 このあと朝宮にだって連絡しなきゃいけないんだぞ、俺は……!


「え? じゃあ何? 揺日野は、二人とも俺の物だからって宣言をしに来たのか……?」

「だとしたら俺、滅茶苦茶嫌なやつじゃないか!? あとで仕返しされても文句言えない類の悪役だよそれ」

「でもお前は、あの有名な百人切りの揺日野だし……」

「俺の知らないところで最高に不名誉なあだ名がつけられている!!」


 そもそも百人も知り合いがいない俺に、そんなこと出来る訳ないだろうが……!

 悪評を立てるにしたってもっと何かあっただろ。


 どうやったらいつも教室の端っこにいるやつが百人切りとか出来るんだよ。

 本当の実力は隠してるタイプのラノベ主人公じゃないんだぞ。


 悲しいくらいありのままの姿だった。


「だいたい、俺は加恋と付き合う気はない。さっきも振ってきたばっかりだ」

「お、おぉ……あっさりと言うな」

「まあ、その加恋には絶対寝取る宣言されたんだが」

「ベタ惚れじゃねぇか! それを僕に聞かせてどうしようって言うんだ!? 最悪性癖が捻じ切れるぞ!」


 ただでさえ最近性癖が歪みがちなのに! と余計な報告までしてくる浮雲だった。歪みがちなんだ……。

 一体最近何があったんだよ。


「ここまではただの情報共有だって……後はまあ、意思確認みたいな?」

「意思って、僕のか?」

「そう、この話を聞いてもまだ加恋を狙うのかなーって」

「当たり前だろ、好きな人がいるくらいで諦められるなら、とっくに諦めてるって」


 へへっと屈託なく浮雲は笑う。流石、中学から熟成させ続けた恋心は頑強だなと思った。

 ただそれ以上に、元のメンタルが滅茶苦茶強いだけな気もするのだが……。


「良かった、浮雲がそういうやつで。それなら、安心してサポートしてやれる」

「サポートって……揺日野は、それで良いのか?」

「え? いや、別に良いけど……」

「違う! そうじゃなくて、お前のことを好きだって言ってくれてる子を、まるで邪魔者扱いするみたいに、他の男とくっつけさせようするのは、どうなんだって話をしてるんだ!

 そりゃ、僕が頼んだことではあるけど、今は事情が違うだろう!?」

「でも、浮雲が加恋のことを好きだって気持ちも本物だろ。それはそれで尊重されるべきだし、先に約束したことは優先されるべきだ。

 何も俺が加恋と向き合わないって話じゃない。俺なりに加恋とは向き合うし、それとは別に、助言くらいはするよって話だよ」


 幾らコミュ力の低い俺だって、人の気持ちが分からない訳じゃない。

 むしろ、恋愛的な意味で誰かを好きになったことがないだけに、必要以上に重視しているところすらあった。


「それに、まあ、何だ。友達のことは応援とかしてやるもの、らしいし……違ったら、ごめん。これまで男友達とかいなかったからさ、分かんないんだよ」

「……それ、卑怯じゃね? そんなこと言われたら、何も言えねぇじゃん。何かむしろ、揺日野のことが好きになっちゃいそうなんだけど」

「悪い、俺ノーマルだからその手の話はガチでNGなんだ」

「そういう意味合いじゃねぇよ! 僕だってノーマルだ!」


 うがーっ! と叫んだ浮雲は、しかしコホンとすぐに息を吐く。

 それからフッと笑った。


「分かったよ、これからもよろしく、

「あっ、いきなり名前呼びはやめてくれる? 急に距離縮められると緊張しちゃうんだよね」

「今の流れでもダメなのかー!?」


 僕たちの仲じゃんかよ~! と駄々をこね始めた浮雲を前に、やっぱり友人じゃなくて友人(暫定)がちょうど良いなあと思った。


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