013 こうしてカッコカリな役者の関係は出揃う。

「いや不誠実すぎるだろ、馬鹿かお前は?」

「いったぁ!?」


 ぱーんっ! と鋭い音が響く。加恋は俺から離れ、額を両手で抑えた。

 必殺、気合の全力デコピンが決まった結果である。


 思いの外力み過ぎたようで、微妙に俺の指まで痛い。

 けれども、お陰で味わったことのない奇妙な雰囲気は解けてくれたようだった。


 あ、あっぶねー。

 一瞬マジで流されかけた……。


 不覚にもドキドキしちゃったじゃねぇか。色々な意味で。


「て、手加減しなかったでしょ、今……!」

「当たり前だ馬鹿、馬鹿に手加減は必要ない」

「馬鹿馬鹿言わないの! 大体、成績はつむぎんの方が下じゃん!」


 かなり俺の分が悪そうな方向に話題を持っていこうとする加恋だった。

 でもなあ……成績が良いことと、頭の良し悪しは別なところあるからなぁ。


 少なくとも加恋は馬鹿の部類ではある。主にご覧の通り、倫理観がガバってるところとか。

 まさか幼馴染の口から「寝取る」とかいう単語が出てくるとか思わねぇだろ。


 基本的にえっちなコンテンツでしか見ないワードだった。

 今どきJKがそんなはしたない言葉使ってんじゃないよ。


「つむぎんは女子高生に夢を見過ぎだよ……男子よりずっとエグイ下ネタ話とか全然するよ?」

「聞きたくなかったタイプの事実が出てきちゃったな」

「誰々のは大きいとか、あいつは上手いとか、あの先輩は早いとか」

「生々しい話を展開し始めるのはやめろ!」


 夢は夢だからキラキラして見えるんだなって思いました。

 てっきりそういう、あっけらかんとした話をするのは加恋くらいなものだと思っていた。


 そっか、女子高生って全員そんな感じなんだ……。

 ちょっと童貞には過激すぎるなと考える。いや、俺が童貞という訳ではないのだが。


「つむぎんは童貞じゃん……」

「お前本当に人の心読むのやめろ」

「や、読むも何も、これまで私以外に、女子の知り合いすらいなかったじゃん、つむぎん……」

「……ぐう」


 加恋の用意した圧倒的理論武装の前に、思わずぐうの音が出た。

 完敗である。

 シンプルに成す術がなかった。


 コミュ力と成績。

 この二点に関して俺は、加恋には手も足も出ない。


「まあ、成績に関して言えば、つむぎんのやる気次第だと思うけどね」

「暗に努力してもコミュ力はどうにもならないって言うのやめろ」

「だってつむぎん、人との関係を維持しようとしたことないじゃん……」

「……それはアレだ、お前みたいな超アクティブなやつと一緒に育ったから、自然と受け身な人間になっちまったんだよ」

「何て横暴な責任転嫁!?」


 小学生でもギリ許されないよ! と叫ぶ加恋だった。判定結構厳しいな。

 小学生なら通じるだろ。


「っつーかお前、女友達いたのか……」

「出来た傍から消えちゃうけどね」

「ああ……」


 渡り鳥みたいな生き方してんな……。

 とはいえそれは、加恋自身が望んでそうなっているという訳でも無いのだろうが。


 他の女子とつるむ度に、その女子の彼氏だったり、好きな男子だったりが加恋に靡いてしまうのだろう。

 加恋が嫌われる所以、その一端である。


「……何かもう、そういう雰囲気じゃなくなっちゃったから、今日はもう何もしないけど。私は一つも冗談言ってないからね」

「分かってるっての……その上で言うぞ。加恋とは付き合えない、何故なら──」

「──何故なら、『朝宮ちゃんと付き合ってるから』でしょ? それじゃ理由にはならないってば」

「理由にはなってるだろ……」

「正確に言えば、私を止められる理由にはなっていない、かな」


 ドヤ顔で加恋が言うものだから、普通に腹立つ顔だなあという感想だけが残ってしまった。


 しかし、好きか……。

 幼馴染とはいえ、誰かにこうして直接的な好意をぶつけられたのは、十七年の人生でも初めてではないだろうか?


 嬉しいか嬉しくないかと言われれば、嬉しくはある。

 ただ、受け取れるものでは無いことだけが確かであり、それ以上はいらなかった。


「だいたい、さっきも言ったけど、お前の場合は彼氏がいるだろ。せめてフッてから次行けよ……内定決まってから退職しますみたいなムーブを人間関係でするんじゃない」

「そんなの、早いか遅いかの違いじゃん……」

「じゃあさっさとするこったな」


 まあ、別れたからと言って相手にするという訳でも無いのだが。

 というかこれで、じゃあ問題は無くなったな! 隠れて付き合っちまうか! とかするような男、嫌すぎるだろ……。


 裏切りは信頼を無くす行為であり、信じていた人を傷つける行為だ。

 それが仮に許されたとしても、失くした信頼は取り戻せるものではない。

 傷つけてしまった事実は無くならない。


 最も裏切ってはいけない人を、裏切ったという過去は決して消えない。


 過去は累積する。

 累積した過去は、そのまま今の己を表す。


 であるのならば、いつだって未来の己が恥じない行動を取るべきだろう。


「──けれども、一人の女の為になら、俺は最低にだってなる」

「変なモノローグを付け足すんじゃない! ならねぇよ!」

「私はなっても良いと思うよ? もちろん、私の為ならって意味だけど」

「悪魔の甘言だ……お祓いとかしに行った方が良いかな……」

「悪霊扱いされてる!?」


 悪魔だっつってんだろ。

 そんな小言を交わしながらも加恋は、スマホを取り出しタンタタンッと小気味良くタップしていた。

 

 うわぁ、LINEで別れを告げるタイプなんだ……。

 そういうのって遠距離でもない限り、直接会って話そうってなる流れなんじゃないの……と、不思議な罪悪感に苛まれながら見守っていれば、不意に加恋が立ち上がる。


「会って話すことになっちゃったから、行ってくる」

「おぉ、予想的中……」

「うっさい。今日はもう帰るから、また明日ね。つむぎん♡」

「はいよ、じゃあな」


 手早く玄関へと向かった加恋へと手を振っていれば、加恋は軽いウィンクをしてから出て行った。

 ついで、ガチャリと鍵が閉められる音がする。


 …………?

 ……あっ! あいつ、そういや俺の家の鍵持ってるな!?


 畜生! そういや今回は回収し忘れていた!

 やっべー、と思えば手元のスマホがピロリンと鳴る。


 友也:早速相談良いか?


 画面に表示されたそれを凝視する。

 それから「ふむ」と唸り、少しだけ考えて、


「あれ? もしかしてこれ、超面倒臭いことになってんじゃねぇの……?」


 ポツリとそう呟いた。



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