鬼の鼓動

そこは薄暗い空間、厳重な警備兵とセキュリティシステムがその秘密を構築する。その空間は幾つものモニターやコンソールが備えられ、それと顔を合わせ続けるオペレーターも十数人いた。中央は開けており、床には大型の液晶ユニットと立体投影が可能な特殊なAR拡張ユニットが内蔵されていた。その中央に立つ二人の男たち、2人はオペレーターが作業を続ける中で話していた。

「あの松代事件からもうじき13年。先代当主から受け継いだこの事業もようやくこれで目処がつく。新見さん、あんたも長らくこの計画に携わってきたが、やっぱり10代の未成年が兵器に登場するってこと疑問に思わんのか?」

「いえいえ、津田さん。私たちが対峙するのは非常識、即ち常識に対して明確に脅威になり得る存在。ですから私たちが持つべきカードは非常識に対しての非常識、つまり非常識に対しての脅威です。それに必要に人材が子供であれ、我々はそれに勝てなければ、あの厄災がまた広がるだけです。」

「...手段は選ばんって訳か..。」

「えぇ、妖隗はそんな人に優しく対処させてくれる存在ではない。それが先代のよくおっしゃっていたことです。彼は妖隗をよく熟知していた。あの人はあの脅威に対抗する手段を模索した末にこのHAFという人型機動兵器に可能性を見出しました。」

「だから新見さん、アンタはそれにつけ込み防衛省内での政争を勝ち抜いてここまでこぎつけた...か。お偉方がよくここまで認めたもんだな一見するとこんな計画..。」

「そうですね、たかがHAFの製造にイージス艦の建造費に匹敵するコストを注ぎ込むという無謀、でも彼らはそれを認可した。それは?」

「妖隗という未知に恐怖して認めざれおえなかった。」

「この国は現にその恐怖を知った。松代事件で情報の漏洩こそ防げましたが、異国からの侵略ではなく異界からの侵略とでも言いましょう。一見、ファンタジーな話ですが松代事件はそれを幻想ファンタズムの話ではなく、現実リアルの事実とさせた。...明確に目に見える恐怖というのは何よりも怖いですからねぇ。」

「.....。」

二人が話していたのは13年前に起きた事件、通称「松代事件」。長野県の松代の外れの集落で起きた前代未聞の大規模火災と謎の致死性気体による中毒死、行方不明者30人、死傷者300人異常を出した出来事である。彼らはこの事件の犯人を知っていた。妖隗、そう呼ばれる魔性の存在。集落をほぼ焼き尽くした火災も、謎の致死性気体も、すべての悲劇はこの一体の妖隗から連鎖して始まったのだ。あれから13年、彼らは国家ぐるみでこの真実を隠匿。この悲劇を阻止すべく、妖隗に対抗しうる力を極秘裏に完成させたのだ。


「...新見さん、確かに目に見える恐怖というのは何よりも怖い。だが、目に見えない恐怖がそれ以上の禍をもたらす落とし穴にだってなる。昔の冷戦のあの緊張だって見えない恐怖だ。そんな恐怖が半世紀近くに渡って、世界を支配していた。」

「見えない恐怖...それは核戦争のことですか?」

「それも一つに含まれるな。」

「核戦争...人類の終末戦争というバットエンド。それは確かに見えない恐怖ですね。核弾頭はその実際の威力よりも政治的脅威としての方が価値がある。最も、あれを打ったら目に見える恐怖を感じる前に互いに消滅しそうですけど。」

「顕現した妖隗は核戦争と同様の終わりを迎えさせると?」

「それはまだわかりません。可能性の話です。ただ、一つ違うことがある、それは今我々には奴らに対抗しうる力があります。こう考えるとパイロットがどうであれ、見える恐怖も見えない恐怖も払拭できるということです。」

「....腑に落ちんが、まぁ新見さん。アンタの理論..いや口車には乗るよ。今はこれしかないからな..。まったく..。」

「お分かりしていただけたのなら何よりです。これからもお願いしますよ、実働部隊の陸将さん?」

「...あぁ、言われんでもな。」

新見は防衛省の高官、津田は陸上自衛隊の陸将という立場の人間であった。二人の考えのすれ違いによって発生した会話を津田が若干譲歩する形で終わらせると二人はモニターを見上げる。そこには2機の人型兵器、HAFの設計データーが映し出されていた。人の形よりも妖の形に近いシルエットを持つそれらは、兵器というくくりの中に入れるには些か違和感のある存在だった。津田はそれにまたぼやく。

「ハァ。..こいつらは一体兵器なのか。はたまた鎧を纏った巨人なのか。」

「津田さん、これは間違いなく兵器ですよ。」

すると中央のエリアに座っていたオペレーターの一人が津田に話しかけた。津田はそのオペレーターを見つめるとディスプレイと対面していた座席を180度回転させ、津田の方を向く。そして、懐にしまっていた小型のコンソールを取り出すと床のAR拡張ユニットを起動させる。

「おうっ。起動して触れるとこうなるのか...。透けるんだな..。」

「それ、触れても大丈夫ですよ、どうせ立体映像なので。....あっ、えっと。この2機に関して、玄隗げんかい煉盛れんせいはHAFとして間違いなく最高クラスの性能を有した、世界最強の人型兵器です。」

「それは設計データの数値を見ればわかるさ。俺もHAF乗りだ、数値が並のHAFでは到達できないことは重重理解している。」

「えぇ、ジェネレーター出力3890kw。スラスター総推力45000kg。大気圏瞬間最高速度250km。この数値は現用の最新鋭第5世代機にもに引けは取らない性能ですよ。まぁ、刀を主体とした近接格闘戦専用の時点で一般の兵器としては破綻してますけど...。」

「あぁ...。それは妖隗の性質上だろ。というかそれだ、妖隗の性質を持っている技術部分がまだ不明瞭でな。今までにこういったイレギュラーな兵器の運用はないもんでな。」

津田は右手を後頭部に当て、困り顔で立体映像を見つめる。通常の兵器の扱いに慣れているベテランの自衛隊員でも、オカルトに近い性質には弱かったのだ。その姿を見たオペレーターは津田になんとか理解してもらおうと解説を始める。


「...まぁとにもかくのも妖隗というのは無理やり理論に当てはめるのなら次元の異なる自律生命体とでもいうべきでしょう。彼らとの次元が異なるのなら、即ち我々の持っている実弾兵器はことごとく効かないでしょう。わかりやすく言えば2次元の物に発砲している様な物です。」

「この次元がどうたらがなければ、このHAFを製造する必要はなかったがな...。」

「..ごほん、それはそれです。ですが同時に妖隗は特異な性質を有していることを観測することが松代事件の時にできました。前任者の努力のおかげです、この特異な性質或いはその物質を我々は妖気ようきと名付けました。」

「性質だけでなく、物質だと?」

「えぇ、この妖気は特定の人間だけが持っている特別な器官を返すことで神経信号として観測でき、推定エネルギーに変換できることが10年間の研究で分かりました。そしてこの妖気を神経信号に変換していたのが聖痕せいこんと呼ばれる物です。聖痕はどうやら相当稀有な先天的体質と推測されています。」

「妖気に...聖痕...か、兵器運用にオカルトが混じるのか...。」

「まだです、これらの関係性をこの2機のHAFは稼働システムに組み込んでいます。この機体には”コア”と呼ばれるものが搭載されています。一言で言えば鬼です。このコアは2機の動力源であるOASUDの炉心部そのもの、20年ほど前に清家重工と未来科学研究、そしてHAFの開発者にして物理学・理工学者だったアヅチ・ハレル・アラン博士が提唱したこの機関は次元融解を起こすもので当時ではまったくの空想物。机上の空論だったのですが、松代事件後の妖隗の残骸及び観測された妖気の性質がこの機関に足りなかった部分をまるで予言したかのようにピタリと埋めたんです。そして、OASUDは妖隗からの技術的恩恵によって次元干渉技術、妖気と呼ばれる高次元エネルギーの限定的な運用に至ったのです。」

「.....そうなのか。鬼?」

「何かしらの理由でこちら側に次元に実体化した妖隗の一部だそうです。元々は宮内庁に保管されていた未知の生物の亡骸だったのですが、妖気の観測によって実体化した妖隗の一部だと..。そして玄隗に搭載されている鬼が童子切童子、煉盛に搭載されている鬼が茨木童子だと瀬在・清家両家の判別で確認できました。そしてこの鬼には妖気を扱える機能がある様です。」

「....っ!そう言うことか。そのコアの鬼ってのは妖隗と同じ性質を持っている...。」

「総括して言いますと、HAF第5世代機にはパイロットと機体を特殊なパイロットスーツをかえして脳・神経信号と電気信号で疑似的にコネクトして操作をパイロットの思考だけで駆動させることが可能なブレイン・コネクト・オペレーション・インターフェイスが実装されています。これまでの要素をつなぎ合わせると妖隗という高次元の存在に攻撃を加えるのであれば、妖気を感じとれ、操れる聖痕を持ったパイロットにブレイン・コネクト ・オペレーション・インターフェイスを返して電気信号に変換、それを元に妖気を推定エネルギーで疑似的に再現、これをコアである鬼を用いて本物の妖気として増幅させる。これと同時に機体のトレースと武器にも妖気を纏わせます。そうすれば同じ性質の妖隗にも触れることできるので物理で殴れると言うことです。要は妖気という毒をもって、妖隗という毒を制すると言うことです。....分かりましたか?」

「あぁ、なんとか...な。どうもありがとう、感謝している。」

「それはお分かりになられたのなら光栄です。この仕事柄、自分でも時としてよく分からなくなります。」

「...そういえばこの妖気は呪詛とは違うのか?パイロットへの汚染は心配ないのは?」

「それは大丈夫です。このHAF2機には妖気の制御機構を応用した次元屈折鏡壁をコクピットを採用しているので呪詛に関しては次元をねじ曲げて干渉できないないようにしています。そもそも妖気は彼らが持ち合わせている彼らの次元での性質。そして呪詛は我々の次元との接触時に発生する不純物と考えられます。」

「...そうなのか。...先に言っていた次元干渉技術か...。」

「えぇ、次元干渉技術も元を辿ればアヅチ・ハレル・アラン博士の残した論理がこの技術のオリジナルです。」

「残した...?アラン博士はもう亡くなったのか?」

「...はい、今から10年ほど前に早世したと伺っています。21世紀の万能ダヴィンチと称された彼が亡くなったのは軍需産業界隈でも相当な話題になりました。」

「21世紀の万能ダヴィンチか...。小洒落た異名だな。」


「あの....その長い説明はもう終わりましたか?」

するとすっかり津田とオペレーターが二人の世界に入っていたのを新見が呼びかけ引っ張り出す。二人は新見を見つめて、話す。

「すまないな、新見さん。すっかり解説に気を取られていた。」

「私もすいません。こういうちゃんとした説明はあまりする機会がないもんで...。」

「....いいんですよお二人とも。私たちが戦う相手は常識が通用しない非常識、ましてはそれがあらがいように無い脅威。こう言った異常性は理屈だけでは倒せないので。」


「....あぁ、そうさぁ。その非常識の権化たる妖隗をぶっ倒すのが俺の役目ですから。」

後ろから声がした。津田と新見が振り向くとこの部屋の扉が開き、一人の青年がさっそうと現れた。青年は金髪のロン毛を結び、前髪を上げた西洋人の顔立ちを持つ人物だった。

「....明日香君かぁ....。戻っていたのか?」

「えぇ、今戻ってきたんですよ。お久しぶりです、津田さん、新見さん。...それにオペレーターのみなさんも。」

「香具 明日香...。奈良瀬在家香具家の跡取りにして妖怪討伐の要たるHAF煉盛のパイロット、これで一人揃いましたね。お久しぶりですね、明日香君。」

彼、香具明日香かぐ あすかは瀬在家の人間であり、分家の奈良瀬在家香具家の跡取りであった。そして、妖隗討伐のHAFパイロットの一人でもあった。

「イスラエルやらイラクで遺跡のアレコレ発掘から飛行機で3日かけて帰ってきましたよ。まぁ、地球の裏側からやって来たようなもんですね。」

「それは興味深い。大学では考古学を研究されて...?」

「そうです、新見さん。今回の発掘も大学の研究の一環で行ってきたものですから。」

「メソポタミア....いろいろと複雑な事情を持つ地域を、よく選びましたねぇ。」

「あそこは、人類史が築いた文明が最初に出来上がった地域です。西暦前夜の時代に人が残した最も古いとされる文明群...。それにロマンを感じない歴史好きはいないと思いますよ。」

「そうですか。若いというのは素晴らしい、兵器運用にしか視野を持てなかった私には無いものですよ。...せめて貴方の研究に成果があるように、私たちをこの10年の成果を見せるとしますか。」

「...煉盛!..実戦可能状態になったって本当だったのか。」


すると新見は部屋の中心から歩き始め、前面にある大型のスクリーンの目の前で立ち止まる。そして、180回転して津田や明日香たちを見つめて口を動かす。


「見たいですか?我々の進化、はたまた貴方の剣か。」

「そう焦らさなくてもいいだろ、新見さん。あの機体は明日香君の登場機なんだ。HAFパイロットにとって機体と自身は本体と拡張されたもう一人の自分。一心同体って訳だ。」

「...流石、HAFのベテランパイロット。自身の登場機を焦らされては面白くありませんか。」

「いえ、別に俺はワクワクはしてますけど...それで焦るほどでも..。」

「...そうですか。では、見せるとしますか。」

新見は大型スクリーンのサイドにあるコンソールを操作し、解除キーを作動させた。すると大型スクリーンは床へと収納され、代わって巨大なシャッターが姿を表した。そして、そのシャッターも上へと上げられてしまわれた。目の前に現れたのは2つの30m程ある大型のコンテナだった。そのコンテナにはそれぞれ「21」と「22」の文字が刻まれていた。

「まだ、コンテナに収納状態ですけど.....さらに本体まで見ます?」

「...いや、本体はいい。遠慮しときます、煉盛の御本尊を拝むのはアイツが...宗志郎がここに来た時にしっかりと見ます。背中を預ける奴の姿も見ないで先に見るのは気持ち悪いんで。」

「...そうですか、ネタバレは避けますか。それが良い判断かと。」

「瀨在宗家の方々が来るのも後、数時間後か。ようやく反抗戦が始められるな。それに...今日は...。」

「松代事件から13年、こんな日に揃うなんて事実は小説よりも奇ですよね、アイツ...宗志郎のやつもまだ引きずってなければいいけど...。」


すると今度は明日香がコンテナのほうに近づき、窓にそっと手を当てる。そして「21」の文字が刻まれているコンテナを見つめて、窓に当てた手をギュッと握り拳にした。そして少し、ニヤけた表情でいう。

「...この戦いの鍵になるのは間違いなく、宗志郎か。アイツじゃなければ妖隗の発生源を根絶することは不可能か。もっとも俺にアイツ並みの聖痕と神性の適応能力があればだったが、結局は夢見の戯言だ。高次元の魔性....どこまで通用するか楽しみだ。それに『玄隗』、最後の清和源氏嫡流が乗る機体.....助太刀するぜ宗志郎。」

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都牟刈ーTUMUKARIー/ The flash cut off a lightning @041109401

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