暁なんておぼえなくていいんだよ

テルミ

暁なんておぼえなくていいんだよ

わたしが春の訪れを感じるのは暖かさでもそよ風でもなければ、窓から見える桜色でもない。


「ん。んん……」


春眠暁を覚えず。いつも先に起きているはずのあの子より早く、目が覚めることだった。

まじめで、いつもしっかりしているあの子が見せる無邪気な寝顔がわたしは好き。

でも……


「こんな時しか許してくれないもんね」


そんな寝顔で遊ぶことも同じくらい。大好きなのだ。


「……おひげ」


解けた髪で遊んでみたり。


「……ぷにぷに」


頬をつついてみたり。


「……ぎゅ、ぎゅー……なんて」


思いっきり抱きしめて。みたり。

この時間が本当に好き。ずっと春でいい。いや、春がいい。


「あの、そろそろ起きても……良い?」

「やだ。もうちょっとわたしであそばれて」


いやだ。という返答は聞かないことにしてわたしは、抱きしめて抱きしめて抱きしめて……





私が春の訪れを感じるのは暖かさでもそよ風でもなければ、窓から見える桜色でもない。


「こんな時しか許してくれないもんね」


あの子が私で遊ぶことだった。

まあ、それはそう。私じゃなくてもそうなんだよ。


「……おひげ」


思わず笑ってしまいそうになる。髪先が頬の上で楽しそうに踊っているのが想像できる。

けれど多分、もっと楽しそうなのが目を開けたらいるんだろう。


「……ぷにぷに」


頬にやわらかい触れられているのがわかる。

痛っ……今爪ひっかけたでしょ。


「……ぎゅ、ぎゅー……なんて」


柔らかい感触は全身を覆う。

伝わる熱はあの子の輪郭を描き、その内を香る苺があの子色で染め上げた。

愛おしい。そう思えるくらいに私はこの時間が、大好きだ。ずっと春でいい。けれど……

あの子、力の加減というものを知らないの?

ずっと春でいられると多分、腰がもたないのであきらめることにする。


「あの、そろそろ起きても……良い?」

「やだ。もうちょっとわたしで遊ばれて」

「いやだ」


都合が悪かったんだろう。聞かなかったことにしたのか、再びあの子は私で遊びはじめた。

抱きしめられて、抱きしめられて、抱きしめられて……いつの間にかあの子は眠っていた。

無邪気に眠るあの子の寝顔が私は好き。


「私だけじゃ風邪引くでしょ」


蹴とばした布団を起こさぬようにそっと掛け、私もまた春眠の誘惑に負けることにする。

あの子が少し笑んだような気がしたけれど、楽しい夢でも見ているのだろうか。

その夢の中に、私はいるのかな。

夢の中のあの子は、私にどんなことをしてくれるんだろう。


「起きたらお話きかせてね」


瞳を閉じて、あの子を感じて、夢見がちな胡蝶の群れに、飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暁なんておぼえなくていいんだよ テルミ @zawateru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ