清楚な見た目に騙されるな。 そういう女に限ってどいつもこいつもイカれてるから ──1──

「ふひ! ねえねえねえねえ! 隣座ってもい~いぃ?」


 最もイカれてる女騎士、ルビーが俺とリヴィアの間に入ろうとしてくる。

 だが俺はリヴィア以上に騎士を信用していない為、断りを……。


「嫌だね、なんでこっちを殺そうとした奴らと話さにゃなんねえんだよ。 絶対お断…………おい!」

「どーん! きゃははは! 失礼するんだよぉ! きひひひ! たっのし~い!」


 なんなのこいつ、本当にイカれてんな。

 ルビーは断られたにも関わらず、無理矢理隣に詰めてきた。

 しかもそれだけじゃ飽きたらず、瞳孔の開いた目で見つめてきたと思ったら。


「おまっ、ほんとどっか行けよ!」

「奴隷くん、綺麗な目持ってるねぇ! それルビーにちょうだい! 一個だけで良いからぁ! キラキラ宝石、ブラックパールみたいで綺麗だから一個だけ貰ってい~い? にひひひひ!」


 いきなり何を言い出すのか。

 ルビーはそんな物騒な事を言いながら、俺の瞳に指を………………!?


「ぎ、ぎゃああああ!」

「ぷぎー!」 

 

 このままでは目玉が抉られる。

 瞬時に反応した俺は、咄嗟にうり坊と木の幹から脱兎。

 イカれ女から距離をとって抗議を喚き散らした。


「お、おいいいい! おまっ、なにさらすんじゃボケェ! 目玉取る気か、このクソアマが!」


 しかしルビーは、耳が機能していないのか。 

 はたまた、母胎に会話能力を忘れてきたのか。

 被害者の訴えを無視してこんな事を言い出し始める。


「それでそれでえ! なんで奴隷君は、セシリア様と知り合いだったのぉ? 目はもう取らないから教えて教えてよぉ! きゃはははは!」


 それは俺の方が知りたいので何かを言える筈もなく。

 詰めよって何度も尋ねてくるルビーに言いあぐねていた、その時。

 唯一答えを知っている、俺を見ては頬を染めるセシリアが、タイミングを計ったように口を開き……。


「ユキト様を初めて見たあの日は今でも忘れられません。 まだユキト様が六歳の時。 ユキト様は、とある貴族令嬢の剣術訓練に付き合わされいました」


 思い出を噛み締めるような恍惚な表情で応え…………え?


「最初ユキト様は、お相手の姉にボッコボコにされていました。 もうボッコボコ。 見るも無惨な程に、ボッコボコでした!」

「そ、それはなんとも……」


 …………すんごい記憶にあるんだけど、それ。

 だってセシリアが言っているのは。


「ですがユキト様は諦めなかったのです! どれだけ床に転がされても、地に伏しても! 血反吐を吐こうとも、ユキト様は何度も立ち上がったのです!」

「ごくり…………」


 俺の六歳の誕生日だった今から四年ほど前。

 フェイエルに「六歳になったのなら剣術を教えてあげるわ、このフェイエル様がね」と騙された挙げ句。

 それから続く特訓……ではなく、虐めの幕開けとなったあの日の事だったからだ。


「…………あ」


 そして俺はそこで、ようやく思い出した。

 しごきが始まった初日。

 

「ただの奴隷でしたら、きっとそこで泣いて許しを乞うと思います。 しかしユキト様は一切諦めていない光を瞳に灯していました! せめて一撃やり返してやるという意思が感じられたんです。 そしてその日の夕方ごろ、お相手の方が疲労を見せた時ユキト様はやったんです!  相手の木刀をスパーン! と弾き、切っ先を喉元に突き付けたんですよ!」

「あ…………あああああー!」

「きゃっ! ユキトさん、いきなりどうしたんですか!? 急に大声をあげたかと思ったら、四つん這いになって! うり坊も驚いてますよ?」

「ぷぎー?」


 そりゃあ叫んだりもする。

 だって完璧に思い出したのだ、あの日……。

 姉フェイエルにしばき倒されていた、あの日。

 その光景をびくびくしながらも、ワクワクした面持ちでずっと眺めていた幼い女の子を。

 俺は横目で見ていたのだから。


「はあ~! あの時のユキト様、カッコよかったなぁ~。 凛々しくて強くて、あれが本物の男の人なんだってその時思ったんです! 先程のようにうり坊を助けた時みたいに、とてもカッコよくて…………。 一目惚れしてしまいました…………エヘヘ」


 まだ幼かったセシリアを。

 

「あ、あの…………それでユキト様。 私のこと、思い出して……いただけましたか?」


 姉の虐めが過酷すぎて、記憶の彼方へと行ってしまった少女セシリアの記憶。

 それを思い出した俺が狼狽していると、セシリアが近寄り問いかけてきた。


「あ、ああ…………まあ。 なんとなくは……」


 ので、俺はゆっくり立ち上がり、目線を逸らして曖昧な返事をする。

 他人が聞いたらなんて気のない言い方なんだろうと、後ろ指差されるのは間違いない曖昧さだ。

 だが、セシリアは俺が少しでも覚えていたのが嬉しかったらしく。


「ふわぁぁぁ! ほんとですか? 嬉しいです!」


 満面の笑みで大喜び。

 若干の罪悪感をこの俺が珍しく女に感じていた、そんな時。

 

「あっ、実はユキトさんとまた会えたら見て欲しい物がありまして! 少しお待ちください!」


 突然セシリアが思い出したように、自分の馬の側に行った。

 そして馬の下半身に取り付けてあるカバンから、スケッチブックを取り出し。


「これ、見て貰えますか?」


 それを俺に渡してきたのだ。


「…………スケッチブックか。 見て欲しいのか?」

「はい!」


 と言うので、俺は遠慮なく何の気なしにスケッチブックを捲っていった。

 …………のだが。


「これは男の子のイラストか? 随分と上手……………………ッ!?」


 俺は早々に見たことを後悔する羽目となったのだった。

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この最低な世界で俺は今日も奴隷となる @belet

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