第2話 詐欺師、取引きを持ちかけられる
「飲め」
「……」
テーブルの上に置かれたティーカップ。湯気が立ち上るそれを手に取り、俺は口をつけた。あの後、俺はこの仏頂面の女騎士に連れられて騎士団の駐屯所までやって来た。
簡単な聞き取りと事実確認が済み地下室のような場所に案内された。聴取については確認されれば意味がないのでウソはついていない。(もちろん、わざと含みを持たせるように話している部分もあるが)
さて、俺はここからどうなるのだろうか。
「私は王国騎士団副団長のカトレアだ」
「……なんで副団長がこんなしょうもない事件に関わっているんだよ」
「四大貴族の怒りを買うということの意味を理解していなかったようだな」
「……」
副団長というのは王国騎士団の中でも九人しかいない幹部で、その上の役職は団長しか存在しない。組織の№2にも相当する大物だ。それならばあの怪物加減も頷ける。
「二千万Gだぞ? 四大貴族ともあろう御方なら痛くも痒くもないだろっての」
「阿呆。金ではなくプライドの問題だ。お前は大貴族のプライドを傷つけてしまった。極刑だろうな」
「……ぐっ」
厳めしい兜の中から、淡々とした言葉遣いでカトレアが事実を述べていった。まぁ俺が極刑を免れないのは分かりきっていたことだが……。こうして突きつけられると中々に“くる”ものがあるな。
「それとは別に、私は今困っていることがあってな?」
「は?」
「人の話は最後まで聞くものだ、口を噤め」
「……」
底冷えするような威圧的な声が響いて思わず俺は気圧された。
黙ってカトレアの言葉を待つ。
「陛下から九賢人を探してくるようにと仰せつかったのだが――生憎と、私が探していた賢人は既に他界していた」
「……」
九賢人と言えば、この世界で最も強い九人の魔法使いのことだ。市井じゃお伽話の類いとして認識されているし、俺自身そう思っていたが……。実在するっていうのか?
だとして、この話は俺と何の関係があるんだ。
「これは困ってしまった、そう思うだろう?」
「死んでいたなら仕方ないだろ。正直に国王に伝えればいいじゃねぇか」
「たわけ。いいか? 私はこの国の歴史上最年少で副団長に就任したエリートだ。なぜ、この偉業を達成できたかお前に分かるか?」
「……分かるわけないだろ」
「ただの一つも、失敗をしなかったからだ。そんな私のキャリアに! この程度の失敗が刻まれて良いはずがないだろう!」
ダンッ!
カトレアが力強くテーブルに拳を振り下ろす。その言葉にも自然と熱が入り始めているようだった。そんな彼女に若干引きつつ、俺は話しの要点を考察する。
わざわざその困ったこととやらを俺に伝えるんだ。カトレアは俺を利用して、その困りごとを解決しようとしているのか? だとすれば、どうやって。
そこまで考えを進めたところで、カトレアから答えが提示された。
「私の出世街道を確保するためにも、手ぶらで帰還することは許されん。そこでだ――お前、詐欺師なのだろう?」
「あ、ああ」
まさか。こいつ……。
「しかも大貴族相手に詐欺をする胆力があると来た。そして一時は成功させる腕を持つ。賢人の振りをして第二王女の師となれ。そうすれば、命は助けてやる」
「お前、俺が告発するとか考えなかったのか?」
「逆に聞くが、今ここで断った場合お前のような罪人を生きて帰すと思っていたのか?」
「裁判があるだろ。いくらなんでもこの場で斬り殺すことなんて――」
「団長補佐以上の役職には刑罰即時執行権限が与えられている。お前が下手人であることは疑いようがない。その首、私であればいつでも撥ね飛ばせるということだ」
「……」
そういえば、そんな話を聞いたことがある。
騎士団の幹部たちは、ある程度の根拠があれば定められた刑罰を即時執行することが可能だという話だ。(おおよそ、死刑の執行が多いらしいが)
俺の人生において、こんなエリート様と関わり合うことがなかったから忘れてしまっていた。なるほど、この話を聞いた時点で協力者になるか死ぬかしか選択肢はないということか。
「案ずるな。お前に賢人の真似事ができんことは分かりきっている。生きて帰ることができる目も十分にあるぞ?」
「……詳しく?」
「第二王女は、端的に言って魔法の才能が皆無だ。魔導学園の退学すら危ぶまれているほどにな。お前は私が連れてきた賢人として第二王女に魔法を教えるフリをする。ほどなくして、王女には才能がないと告げこの国を出るというわけだ」
「その前にバレてしまったら?」
「その場合は賢人を騙る不埒者として、私が即お前を斬り殺す。そうすれば、私の失敗はお前という大罪人の前に霞むだろう?」
「……」
こいつ、完全に俺を都合のいい捨て駒として扱ってやがる……。
「だが、無事逃げ果せたのなら国外に出るための支援は惜しまないぞ? どうせ断っても極刑だ。賭けてみたらどうだ?」
「……」
俺は腕を組んで思案した。
確かにカトレアの言葉には一理ある。ここで断れば俺はカトレアに殺されてしまう。彼女の話に乗れば僅かながら生き残る可能性が生まれるのだ。ともすれば彼女の誘いを受ける他ない。
でも、そう簡単に引き受けられる話でもなかった。
国王や王女を騙す。しかも、どんな人間か分からない賢人とやらに化けて?
不可能だ。
「どうする?」
「……」
でも、俺に選択肢は残されていない。
紅茶をヤケ飲みして俺はカトレアを見据えた。腹を括るしかない、か。
「分かった。手を組もう」
「手を組む? 対等にでもなったつもりか? 勘違いするなよ下郎。だが、良い返事だ」
差し出した手を払いのけられて、カトレアはそう言った。こいつ――どこまでも俺を舐めてやがる。まぁ仕方ない。元よりなれ合うつもりもない。
この女だって俺を利用したいだけなのだ、変に心を許してハヌたちのように裏切られても困る。望む所だ。
ともかく、俺は王族を騙すという人生で最大規模の仕事を引き受けることになった。失敗すれば即死刑。そんなデスゲームの始まりだ。
俺は最弱で最強の賢者様~盗賊団を追放されたと思ったら王女様の魔法教師をやることになった詐欺師。バレたら死刑だから早く逃げ出したいのに、王女様と姫騎士がそれを許してくれません~ 雨有 数 @meari-su-
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