俺は最弱で最強の賢者様~盗賊団を追放されたと思ったら王女様の魔法教師をやることになった詐欺師。バレたら死刑だから早く逃げ出したいのに、王女様と姫騎士がそれを許してくれません~

雨有 数

第1話 詐欺師、賢者になる

「此方の宝石は非常に高価なものでして……。あのメルドリア家やダルド家の当主皆様もご購入を希望しておられるのですが……」

「何? 奴等のような下賤な下級貴族がか?」

「はい。私としても国有数の大貴族であるゼディス様にこの宝石を購入して欲しいのですが……如何せん、私たちも商売でして」

「いくらだ?」

「ざっと二千万Gです」

「ほう……二千万か」


 大きな髭を蓄えた男はそれを撫で回して思案している様子だった。

 俺が今話している相手はゼディス・アルバス。四大貴族と呼ばれる大貴族だ。上流貴族のさらに上澄み。二千万程度、いとも容易く支払うものだと考えていたが……。どうにも渋っている様子だった。


「メルドリアやダルドの下級貴族共はこの程度の金すら支払えんのか?」

「どうでしょうか? 両家共に購入の意思はあるように見えましたが……とても急かされているので、この機会を逃せばもう購入のタイミングはないでしょう……どうされますか?」

「ふぅむ……」


 腕を組み悩むセディス。俺はただ、その顔を見据えて和やかな表情を崩さない。人事尽くして天命を待つというものだった。


 ◆


「がっはっは! よくやったぞソフィー! あの馬鹿貴族、その辺で拾った石ころに二千万G払いやがった!」

「ああ、所詮貴族なんてあんなもんさ。金があるばっかりで、中身をロクに考えちゃいない」


 その日の夜。俺たちは裏通りの酒場でテーブルを囲んでいた。大きなジョッキを傾けるのはハヌ。俺たちの頭領で腕っ節はそこらの騎士よりもうんと強い大男。


「へへへ。これでちょっと間は遊んで暮らせますね。さっさと女でもひっかけて遊びましょうぜ」


 次いで下卑た声を出すのはダリ。器用な手先でピッキングなどを得意とする小柄な男。小心者でハヌの尻にいつも敷かれている。


「……やめておけ。足がつくと面倒だ」


 ダリを諫めたのはゲラルド。隠密行動を得意とする元暗殺者。こと剣術においてはハヌを上回るほどの実力を持っている。


「ああ、そうだな。俺としては明朝に城下町を出て北部の町を目指したい。どうだ?」


 そして俺。ソフィント。愛称はソフィー。主に計画立案を担当している。得意なことは詐欺全般だ。

 俺たちはこのジャラハーン王国で活動しているハヌ盗賊団。結成して一年ほどの盗賊団だが、それなりの修羅場を越えて来た。そして、今日大貴族相手に成功させた詐欺は俺たちの行って来た仕事で最も大きな成功だ。

 シケた安酒でも、とんでもなく美味しく感じられた。

 二千万G。今までのクソみたいな人生で手にしたことのない大金。それを前にして俺たちはやっぱり興奮していたのだ。


「ああ、ソフィーの案で問題ねぇ。明朝、そこらにある馬車をかっぱらって出発だ。準備はいいな、野郎共!」

「承知しました!」


 ハヌの言葉にダリが気前よく返事をした。宴もたけなわ。俺たちが程良い万能感を味わっていると、それが起こった。


「邪魔をするぞ」

「……?」


 酒場のドアを蹴破ってぞろぞろと入って来たのは王国騎士たちだった。ついさっき大貴族相手に詐欺をキメてきた俺たちだが、こういうのは慣れっこだ。

 変に緊張したり騎士団を意識する方が怪しまれる。やや意識をそちらに向けつつも、俺たちは宴を続けた。


「あいも変わらず、この酒場はクソの吐き溜めだな?」

「はぁ、お偉い騎士様がそんな吐き溜めに何の御用で?」

「大貴族ゼディス卿が今日詐欺に遭った。人相も割れている。聞き込み調査をした結果、つい先程怪しい四人組がこの酒場に入っていくことを目撃したという証言があった」

「……」


 なるほど、バレるのが早かったみたいだ。別にここの店主と仲がいい訳でもない。騎士に反感を買うくらいなら容易く俺たちのことを売るだろう。

 およそ数分後には俺たちが当の詐欺犯であると露呈し、追われることになる。となると、動くならば今しかない。

 俺たちは互いに目配せをして勢いよく立ち上がった。


「む? 待てお前た――」

「うっせぇよ下っ端騎士が」

「ぐわ!?」


 騎士が言葉を吐き終わる前にハヌのアッパーが華麗に炸裂した。気持ちのいいくらい吹っ飛んでいく騎士を見送って、俺は用意していた台詞を吐く。


「店主さん、その騎士の身ぐるみを剥いだのは俺たちということにしていいんで、裏口を借りても?」

「……あいよ、好きにしな。脅されたってことにしてやるさ」

「どうも、ありがとうございます」

「さぁ、ずらかるぞ野郎共!」


 ハヌのかけ声と共に俺たちは裏口から店を出て行く。

 多分に正面は騎士の仲間で塞がれていることだろう。まずは発見される時間を遅らせなければならない。馬車さえ盗めばこっちのものだ。

 俺たちは石畳を踏み抜いて裏通りを走っていく。確か、大通りに馬車が置いてあったはず。こんな事もあろうかと、俺は店に入る前にある程度の情報を頭に叩き込んでいた。こういうのは事前の準備が大切なのだ。


「そこを右に曲がろう」


 俺の提案通り、四人全員が右へ曲がりお目当ての馬車を発見できた。夜も更けているからか、付近に人影はない。静かに寝息を立てる馬が二匹いる程度だ。

 俺たちは急いで馬車に乗り込んだ。運転を務めるのはダリ。馬の扱いは俺たちの中で一番上手かった。鞭を手綱を気勢よく震わせれば、馬が力強く駆け始めた。


「待て、お前たち!」


 馬車から背後を確認。騎士たちがわらわらと群がり始めるが時既に遅し。既に走り始めた馬車に追いつくわけもない。そのうちに馬車はどんどんと加速し初めて、直に最高速に達する。

 こうなればこっちのもの。

 俺たちの勝ちだ。一時はどうなることかと思ったが、この程度は日常茶飯事である。


「さて、野郎共。予定は早まったが北部の町を目指すぞ」

「ああ、そうだな」

「待て」


 胸を撫で卸す俺たちだが、ゲラルドだけがまだ騎士たちの群れを見ていた。黒いフードを被っているため、彼の表情は分からないが……その声色から緊迫していることだけは分かる。

 ゲラルドの視線につられて俺もまた、騎士たちを見た。


 一人。


 見慣れた甲冑とは全くデザインの違う鎧を身に纏う騎士が立っていた。それも、中央に。もう距離はうんと離れている。その騎士だって豆粒程度の大きさになってしまっているくらいには。

 けれど、なぜだか背筋が凍てついた。


 ◆


 ――数時間前。


 ジャラハーン王国の僻地。迷いの森と呼ばれる深い森林にて。


「……カトレア様、私はもう」


 そんな言葉を残して一人の騎士が倒れてしまった。先導をするのはカトレアと呼ばれた騎士。今回の調査に向かった騎士たちのリーダーであり、そして今や調査を続ける最後の騎士でもあった。

 倒れた騎士に帰還魔法が施された魔道具を貼り付けたカトレア。その帰還を見届けて、小さくため息を吐いた。


「全く、陛下も無茶を仰る」


 彼女に与えられた仕事はシンプル。成績不振が原因で魔導学園を破門されてしまいそうだ第二王女のために賢人を連れて来いという仕事。

 シンプルだが……これが面倒極まった。

 方々を聞き回ること半月。ようやく居所らしい居所を掴んだカトレアたち。しかし、彼女たちを待ち受けていたのは森全体が巨大な迷路となった迷いの森である。一人、また一人と部下の騎士たちが脱落してしまい……遂にはカトレアただ一人となってしまったわけだ。


「全く、しごきが足りんかったか。とはいえ、これでゴールだろう。ここまで苦労させたんだ。手柄はしっかりと貰うぞ」


 森の出口を視認して、カトレアは一人ごちる。逸る気持ちを抑えて森を出れば……そこにあるのは小さな民家。

 藁の家ともいうべき非常に質素なもの。なるほど、賢人が居座るにはある意味“らしい”ものだ。カトレアは扉を叩くが反応はない。

 二度目。

 なし。


 三度目。

 やっぱりない。


「……」


 しびれを切らしたのか彼女はドアを蹴破り押し入った。本来であれば褒められた行動ではないが、数日も森を彷徨わされもすればストレスが溜まっていたのだろう。ともあれ、彼女は藁の家に押し入ったのだが……そこにあったのは既に白骨化した謎の死体一つだった。

 側にあった手記を手に取りページを捲るカトレア。そこにあったある記述を見て目を見開いた。


「……す、既に他界しているだと!? この私に手ぶらで帰れというのか……!」


 そう。

 彼女が探し求めていた賢人は既に死んでしまっていた。全てが無駄であると知ったカトレアは一人肩を落とす。

 徒労感も相当なものだが、それ以上に国王から負かされた仕事の失敗という事実が重くのしかかった。


「……わ、私のキャリアに傷が」


 わなわなと震えるカトレア。

 とはいえ、死者蘇生の魔法などそれこそ賢人でもなければ扱えない。大人しく引き返すしか道はない。

 舌打ちと共にカトレアは自らの胸部に札を貼り付けた。帰還用の魔道具である。城下町から遙か離れたこの場所からも、一瞬で帰還することができる便利な道具だ。

 魔力の光に飲まれるカトレア。彼女の頭の中にはどうやってこの失態を取り繕うか……という考えのみだった。


「今帰還した」

「はっ! カトレア様、ご無事なようで何よりです。早速のところ申し訳ないのですが……一つお話ししたいことがありまして」


 帰還の座より出現したカトレアを出迎えるのは部下の騎士。かん、と地面を槍でついて綺麗に敬礼を行った。カトレアは横目で騎士を確認し、それを遮る。

 

「なんだ。私は今それどころでは――」

「四大貴族のゼディス様たってのご希望なのですが……」

「なるほど。続けろ」

「どうやら、詐欺に遭ってしまったようでして。二千万Gを盗み取られたと……。今すぐに下手人を捕まえて来いと大層お怒りなのですが……」

「人相書きは?」

「はい、ここに」


 渡された紙を受け取り、確認するカトレア。


「所在は?」

「はっ! 既に疑わしい店を見つけ出しております。向かわれますか?」

「ああ、馬の準備は必要ない。どこだ?」

「裏通りにあるアンダー・アルという店です」

「ご苦労」


 地面を蹴り、カトレアは凄まじい速度で飛び上がった。たん、たんと軽快なステップで地面を踏みしめさらに加速。

 夜の町を駆けていった。

 満月を背に着地。わらわらと集まっている騎士たちを確認して、カトレアはため息を吐いた。


「何をしている?」

「あ、あの……下手人たちが馬車を盗み逃亡してしまいまして……魔法を扱えるものも一人もおらず……」

「あの馬車は貴族のものか?」

「いえ、そういうわけではありません!」

「見たところ安物か……。分かった、剣を貸せ」

「えっ?」

「二度も言わせるな。剣を貸せ」


 戸惑いながらも剣を差し出す騎士。それを受け取ってカトレアは剣の切っ先を馬車へと向ける。より正確には馬車の車輪だ。


「力加減はこんなものでいいか――」


 瞬間、投射。

 風を斬る音と共に、剣が凄まじい勢いで車輪を穿った。


「さて、これでいいだろう。かかれ」

「はっ!」


 転げた馬車に向かって十数名の騎士たちが駆け寄っていった。カトレアはその様を後方から眺める。


 ◆


「何が起きた!?」

「あの距離から剣を投げてぶち当てるだと……!?」

「鉄剣のカトレアか……。噂通りの怪物だな」


 ガラクタになった馬車から飛び出した俺たち。幸いにも怪我はない。騎士たちが此方に向かって来ている上に、後詰めにはあの化物か。


「さてと、やることは決まっているな。ゲラルド、先導しろ」

「承った」


 闇に紛れ、消えていくゲラルド。いつも彼は逃げ道を確保する役目だ。さてと、肝心の俺たちはどうやってここから切り抜けたものか。


「おい、ダリ。馬を立たせろ!」

「はい!」

「……?」


 ダリが手際良く馬を操り、その上にハヌが飛び乗った。


「あばよ、ソフィー!」

「は?」

「この状況で詐欺しかできないお前を庇う必要はもうねぇ! 山分けする人数が減るし、俺たちのために精々時間を稼いでくれや!」

「おい、待……」


 馬の嘶きが俺の声をかき消した。そのまま走り去って行くハヌとダリ。

 やっちまった……。


「動くな。抵抗すれば命の保証はない!」


 ショックを受ける俺を取り囲んで騎士たちが叫んだ。

 俺は諦めて両手をあげて降伏した。勝ち目がない……。ここから逃げることも不可能だ。最高の日は、一転して最悪の日になってしまった。


「人相書きにもある主犯だな。ひとまずはこれで良しとする。お前たちは逃亡した残りの下手人を追いかけろ。私は主犯を連れゼディス様に報告を入れる」


 厳つい鎧を着込んだ化物騎士が俺を見据えて、底冷えした声で命令を発した。

 俺はただただ同じアウトローを少しでも信頼してしまった自分の迂闊さを呪っていた。

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