涙とラーメンと人魚との約束

秋雨千尋

姿が見えない君は何者?

「大将、おかわりくれ!」


「いい食いっぷりだな小僧。ウチで働くか?」


「お願いします!」


 中卒で働き始めたラーメン屋は大人気。

 客が毎日ズラリと並んで、口コミサイトでも星がたくさん付いている。

 大将には子供がいないし、俺がこの味を継ぐんだ!


 忙しく、希望にあふれた日々は三年で終わりを告げた。

 大将が過労でぶっ倒れたからだ。

 女将さんは泣きながら、最後の給料を俺にくれた。

 いつもより多めだった。


 からっぽの胸を抱えて海を見に来た。

 大将のラーメンをもう食えないなんて……。まだ何も教わってない。役に立ててない。

 沈んでいく夕日に向かい、大声で泣き叫んだ。



「ねえ、ちょっと話さない?」


 すっかり暗くなった浜辺に一人で居たら、誰かに声をかけられた。

 高校生ぐらいの女の子の声だ。

 大きな岩の向こうから聞こえてくる。


「あっ、ダメ。見ないで」


「なんで?」


「恥ずかしいからよ。このまま話して欲しいの」


 なんだか怪しいから帰ろうとしたら、キレイな歌声が響き渡った。音楽の授業で聞いた「翼をください」だ。

 思わず聞き惚れて、座り込んだ。


「すげえ上手い」

 

「ありがとう。私ね、歌手を目指していたの」


「今からでもなったらいいじゃん。タメぐらいだろ?」


「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。あなた、お師匠様が亡くなったからって世界の終わりみたいに泣いて」


「大将が目標だったんだ。どうしたらいいか分かんねえんだよ」


「……浜辺の頑固オヤジラーメン」


「は?」


「このあたりで知らない人がいない人気店なの。試しに食べに行ってみたら?」


「ありがとう……」


「どういたしまして。ねえ、いつかあなたのラーメンを食べさせてよ」


「分かった。最高の一杯を食わせてやるよ。でも顔が分からないからな」


「じゃあ合言葉を決めましょうか。私が“あの日の人魚です”と言うから一杯おごってね」


「ああ人魚なのか、どうりで歌がうまいワケだ」


「あと五年もあればキレイに人間になれると思うんだけど」


「そっか。じゃあ五年後にまた!」


「ええ、五年後に」



 手を振って浜辺から離れようとした時、水平線から日が登り始めた。

 キレイな夜明けだ。

 俺は彼女が隠れている岩にそーっと戻る。

 本物の人魚を一度見てみたかったから。



 そこに居たのは、白骨死体だった。



「え?」


 頭が真っ白になる。

 あれ、なんで……だってさっきまで話して。

 わずかに残された服の切れ端から、女の子であることは分かる。


《私ね、歌手を目指していたの》


 嘘だろ、幽霊だったのか?

 俺は砂浜にぶっ倒れた。


 +++


 彼女は歌手のオーディションを受けに行く途中で交通事故に遭い、声を出せなくなったらしい。

 それを苦に海に飛び込んだそうだ。


 警察で取り調べを受けて、その帰り道に教わったラーメン屋に向かった。

 行列の人達は順番を譲ってくれて、大将はタダにしてくれた。どうやら死にそうな顔色だったらしい。


 その一杯はあまりにもうまくて、涙がボロボロこぼれ落ちた。


「大将、ここで働かせてくんない?」



 +++


 五年後。

 俺は自分の店を持った。

 浜辺の頑固オヤジと、初代師匠の味を元に自分なりの最高の一杯を生み出した。

 ありがたいことに好評で、今日はテレビの取材が来る。


「──ラーメンへのこだわりがよく分かりました。ところで大将は独身との事ですが、好みのタイプを教えてください」


「そうですね、歌が上手い人がいいですね」


「その言葉を待っていました。最年少で紅白出場を果たした天才歌手をお連れしています」


 キレイにドレスアップした、幼い少女が現れた。

 あまりにも美しい歌声に、全国の大人が泣かざるを得ないため、特別な名前で呼ばれている。


「いらっしゃいませ、ご予約のお名前は?」


「“あの日の人魚です”」



 終わり。


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涙とラーメンと人魚との約束 秋雨千尋 @akisamechihiro

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