霧と人形

@Carmichaeli

静寂と霧

二月も終わりに近づいてきた。世の中では大学の二次試験がうんたらかんたら言っているが、すでに某大学に合格している私にとっては暇な毎日だ。いつものように朝起きて、いつものように準備して、いつものように学校に行く。そんな変わりない毎日が何もなくただ過ぎてゆく。

「虚しい・・。」

そう思っていたある日、確か二月の二十日くらいだったと思う。親戚の家に用事があってN市まで遠出しなければならなくなった。その帰り道に、季節にも地形にも不釣り合いなほど濃い霧がかかっていた。

「なんでこんなに霧が出てるの?ここは盆地でもないし、まだ冬なのに・・・。」

 すると目の前からぼうっと人型の何かが出てきた。それは「何か」と表現するしかないように思えた。四肢は濃い霧に包まれて見えないし、顔も心なしかぼんやりして見える。曇ったレンズを通して見た人影と言えばいいのだろうか。その人影は私の方に近寄ってきた後、目の前で散って消えた。それから家に向かって歩き始めたが、何者かに尾けられている感じがする。振り向くとさっきの人型だ。家までついてくるつもりだろうか。少し怖くなって来た。

奇妙さと不安を感じながら私は歩いた。家に着くと何だか安心して家に足を踏み入れた。

「ただいま。」

 その言葉に「おかえり。」と返してくれる人はいない。父と母は三年前、私が中学三年生の時に通り魔に殺されて死んだ。私に家族はいない。学校の友達だけが私の外とのつながり。その友達の一人は私と同じ大学に進学することが決まっているから、寂しい思いをすることは無いと思う。でも虚しい。

夕食を作って食べていると、人型が羨ましそうにこちらを見ていた。「何か食べる?」

 そう聞くとどこからか

「汁物がいい。」

 と声がした。人型が発したものなのだろうが、そこから発されたものではないような気がした。コンソメスープを作ってテーブルの向かい側に置いてやると皿全体に霧がかかり、晴れると無くなっていた。私は遠出で疲れていたので、人型にかまわず眠りについた。


 気が付くと、目の前にはおとぎ話の中に迷い込んだような幻想的で、楽しそうで、どこかふわふわした雰囲気のただよう世界が広がっていた。アリスに出てきそうなウサギやクッキー、ピーターパンの妖精なんかがあちらこちらを飛びかっていた。

「なんか楽しそうだなぁ。」

そう呟いて私は足を踏み入れた。マッドハッターのお茶会に招待してもらったり、トランプのお城に潜入したり、シンデレラの舞踏会にこっそり入って踊ったりしていると、近くにあの人型が見えた。

「おーい。」

 と声を掛けた途端、あたりの景色が一変した。夢のような世界は一瞬にして崩れ、次に目に入ったものは地面から這い出して来る人の形をした何かだった。助けて、苦しい、痛い、血の涙を流し黒目の無い目をこちらに向けて彼らは口々に呻いた。そしていつしか、皆が口をそろえて寂しい、寂しいと口をそろえるようになった。寂しい寂しい寂しい寂しい!彼らの呻き声はいつしか絶叫に変わり、私に襲い掛かってきた。どうすることもできない私はその異形たちに飲み込まれてしまった。


 布団がひっくり返るくらい勢いよく飛び起きた。あの恐ろしい夢は何だったのか。絶望を叩きつけたようなあの夢は。ふと見ると、布団の横にはあの人型が立っていた。夢の中の出来事や昨晩に煽られた不安感のせいで、この人型に対してとても腹が立ってきた。そして思わず。

「怖がらせるのなら出てって!」

 と叫んでしまった。すると人型はその場で霧に囲まれながら消えてしまった。

 人型を追い出した後、私たちの町ではある事件が発生した。薄く霧がかかり、凍雨が降り続ける・・こんな天気が二週間も続いている。もう三月なのに一向に温かくなる兆しが見られないのだ。これのせいで冷害が発生して作物が実らない。新聞によると、この事態に県も原因究明に乗り出しているらしい。      

あの人型のせいなのかもしれないが、あれがどうしてようが私には関係のないことだ。県の捜索に任せよう。そう考えながら、私は以前のような寂しくはないけど虚しい、いつもの生活に戻った。


 「続いてのニュースです。M県K市で発生している冷害並びに気象異常に関しての最新情報をお伝えします。気象庁によりますと、二月二十二日から発生している異常気象の内、K市全域にかかる霧は、K市につながるS岳からの異常な冷気が原因であると判明したとのことです。M県は、現在自衛隊がS岳を捜索しており冷気の発生源を見つけ次第公表すると発表しています。これで三月九日のニュースを終わります。」


私は、食事中は携帯を見て食事することにしている。行儀が悪いと言われるが、寝食を共にする相手がいないと何というかとても暇なのだ。そんな中、先日ニュースで報じられていたS岳からの冷気の発生源についての進展があったという記事を見つけた。そこには発生源が一人の男の死体であった事、その男の身元が分かった事、そしてその男の生前の写真が見つかった事が載せられていた。その写真を見て私は思わず箸を落とし、顔を引きつらせてしまった。

「こいつ・・あの通り魔!」

私の両親を殺した通り魔だったのだ。以前に死刑判決を受けて、その後脱走したと報じられていたが、まさかあんな山の中で息絶えていたとは思わなかった。

「じゃあ、あの人型はもしかして・・・。」

 そう呟いた瞬間、目の前が霧で包まれた。そしてあの人型が目の前に姿を現した。以前のようにぼやけた形ではなく、くっきりとあの通り魔の姿を映して。

「正体が知られたからにはこのまま君を野放しにはできない。君の両親の元まで君を連れて行かなくちゃいけなくなった。」

 今度ははっきりと口を動かし、私の目を見て人型は・・いや、あの通り魔ははっきりと話した。私は両親を殺された恨みも込めて通り魔に携帯を投げつけた。すると通り魔は、私に近づき口づけするような動きを見せて消えた。恐怖と悲しさで、私はいつの間にか涙を流していた。


 通り魔が私の前に現れた後、例の異常気象は収まった。しかし、今度は私の体に異変が起こった。ある朝起きると、体からもやのようなものが出ているのに気付いた。「君の両親の元まで君を連れて行かなくちゃいけなくなった。」

あの通り魔の一言が脳裏をよぎる。病院へ行ったところ原因不明と診断された。もやを止める手段も無く、私はただもやを吐き出すしか無かった。そして一週間後、もやのせいで日の光に当たれず、私の体は冷えていき低体温症になっていた。四肢は冷え切り言うことを聞かず、頭も痛くてしょうがない。もうダメかなと思ったその時、またあの通り魔が現れた。

「そろそろ時間かな。君を両親のもとに連れて行ってあげる。あちらではなかよくやるんだぞ。」

心臓の止まる感覚が分かった。

「さよならみんな・・・」

春のサラサラとした雨音の中、私は意識を失った。



「皆さんこんにちは、ニュースワンの時間です。まず、最初のニュースです。昨日午後四時頃、M県K市のマンションで高校生の小端京華さんの遺体が発見されました。死因は不明で、手首と首に刃物で切られたような跡があることから警察は他殺の可能性があるとみて捜査を続けています。」

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