女性に激モテな騎士団副団長令嬢はモフモフの王子様をイケメンに戻したくない

豆ははこ

第1話

「ただ今帰りました……」

 皇国騎士団副団長令嬢ハオルチア・フォン・ベイエリーは女性に大人気。男性にも男前!とその豪腕を敬われている。


 今日は昼間のパーティーだったが、長身を更に美しく見せるバッスル型のドレスで主催者である公爵家の奥様と優雅に踊り、並み居るご令嬢方をときめかせて早々に退出してきた。

 それと言うのも、婚約者たる騎士団団長令息が彼女をエスコートせず、その上、婚約者の有る無しに拘わらず見目麗しい令息には平等に親しくされるとの令嬢と実に仲睦まじい様子だったからである。

 そもそも、あの令嬢は確か招待はされていなかった筈だが。

 確か、男爵令嬢だっただろうか。

 因みに婚約者と副団長令嬢は侯爵家である。家格は対等か、歴史からしたら令嬢家の方が上。恐ろしい事に婚約者は自分自身の魅力でどうとでもなる、と思っているらしい。

 彼の脳内ではハオルチアが彼にベタ惚れらしい。怖い。


 主催者ご夫妻は団長令息よりもむしろ貴女に来てもらいたかったのでいらして下さりありがとうと仰っていたし、大半の子女は彼女の味方。

 そもそも、婚約については人格と力量を騎士団団員から強く尊敬されている騎士団団長閣下に比喩ではなく土下座をされた上でのものであるばかりか、破棄と解消については皇国の学院を卒業後は自由にして下さいという婚約内容(令嬢側のみの権利。あちらには万が一の時には公的な手段が求められる)だったし、現在では奥様に毎度毎度お茶会でこちらが恐縮する程に深くお詫びをされている程の婚約関係なので今回の件も特に不快でもない。


 ただ、

「正直、卒業前に破棄してもらえないかなあ……」

 とハオルチアは思っている。

 実際は書類上は無理なのだが、断罪劇場でもやってもらえたら、多分その瞬間に剣舞の一つや二つや三つは舞える位に喜んでしまう事だろう。


「まあまあお嬢様、お支度が出来ました。今日の夕食は料理長がシチューをと申しておりましたよ。時間に合わせてパンも焼き上がりますから。きちんと帰っていらして下さいね」

 料理長のシチュー。焼きたてパンも。

 何て素敵な響き。

 しかもこれから行く先は……。


 騎士団を退役した凄腕のメイド達があっという間に着替えさせてくれたそれは、冒険者スタイル。

「……行って参りまあす!」

 ドレス姿の時とは雲泥の差。

 スキップしたい位の衝動を抑えつつの転移魔法。

 転移先は冒険者ギルドだ。

「ああ、早く銀階級になりたい……」

 彼女は現在銅階級。年齢からすればかなりのものなのだが、現在皇国の学院騎士クラスに在籍中の身なので卒業までは実績があっても昇級が出来ないのである。これは学院を退学して冒険者になろうとする者が出る事を防ぐ為に、とされているが、自分の実力もわきまえない者達の護衛役をさせられる冒険者を減らす為というのが真の理由なのだ。


 但し、令嬢の様に優秀な人材については実績自体をギルドが卒業後の昇級用資料として保管してくれている。

「そもそも、士官学校生なら階級上限がないのに……同じ騎士クラスなら友好国の王立学院に留学したかった……」

 士官学校生なら自分とまともに遣り合える猛者がいる。

 友好国の王立学院には人材が揃っていると噂に聞いている。噂と言っても、父や団長閣下からのお話なので信憑性が盤石なものだ。


「……昇級できないのも、それもこれも、全てあの婚約者のせいなんだよねえ」


 こんな時には、思い出してしまう事がある。

「……本当に申し訳ない。あいつは士官学校はおろか、騎士クラスさえ入学が微妙なのだ……」

 またまた土下座されつつの騎士団団長閣下からの懇願のお話。

 要するに、令嬢に託された役目は学院在学中のお目付役。

 貴族階級や高位の令息が箔付けに士官学校ではなく騎士クラスに入学する事はままある。だからと言って、真面目に騎士道を学ぼうとする学生に迷惑はかけられない。彼等は信念、何なら将来を賭けているのだから。

 あの婚約者では、実力もないくせに騎士団団長令息である事を鼻に掛けて……などはやる。絶対に。

 因みに、騎士団団長ご夫妻が子どもに甘い、等と言うことはない。

 冷静にきちんと言葉と態度で。本当にいけない時には力で。それも、かなり控え目に。

 それでも彼の性根は治らない。治らないくせに、やたらと見た目は美しいから性格が屑でも良いという一部の女性達からはモテている。

 ……が、ハオルチアの方が大人気。そりゃそうだ。


「……はーい、銅階級には厳しい依頼よ。でも貴女だから、ね。お任せしちゃうわ。よろしくね!」

 受付のお姉さん(やっぱりハオルチアのファン。でも仕事はしっかりタイプの人)から依頼をもらい、早速お仕事。


「……おお、暴れ牛狩り! しかも依頼は角! やったあ!」

 思わず声が出る。

 暴れ牛の肉はかなり上質。角も武器や細工物用に喜ばれるが依頼は通常肉の方が多い。今回は高名な細工師からの依頼らしい。

 血抜きや解体諸々をギルドに任せるとその分手数料が取られるが、彼女はその辺りも自分で行う。

「婚約祝い……たくないから婚約解消品だよ」と両親がくれたマジックバッグは暴れ牛五体は入る特上品だ。


「うらうらうらー!」

 転移をしたら草原はあっという間。

 しかも、今の時間帯は冒険者が少ないから、魔弾も撃ち放題。ハオルチアの魔弾は水魔力を溜めて強烈な威力のある水鉄砲にしたもの。


 ……楽しい。

 更に身体の一部にだけ能力増強魔法を掛けて、びしょ濡れにされて怒り心頭の暴れ牛に豪快な蹴りを決める。

 必要以上に魔獣を痛めつけたい訳ではないから、早めにとどめを刺す。

 血抜きや解体などを終わらせて、清浄魔法も掛けてから綺麗にマジックバッグに収納。


「さあて、と」

 討伐後のお楽しみ、解体し立てのお肉の味見。

 大地に傷を付けない様に、きちんと処理をしてからマジックバッグから薪を取り出して火の魔法。

 下味をつけて、串に刺した肉を周辺に並べる。

 ぽた、ぽた。

 溶け出す獣脂が食欲をそそる。


「……よおし。いただきまあす!」

 いただきます。友好国の食事前の挨拶。食後はごちそう様。食材に感謝している気がして気に入っている。


 ……あれ。

 視線を感じる。この辺りのボス格、暴れ牛をものともしない彼女に向かってくる獣はいない筈だが。

「……か、かわいい!」

 そこにいたのは、フワフワでふわふわのもこもこな猫?

 柔らかそうな銀色の毛並み。

「え、魔猫ちゃん? かな?……どうしよう、かわいい……」

 冒険者ギルドへの登録の際に受けた魔獣講義や教科書には無かった種類だが、新種なのだろうか。

 とりあえず、探知魔法。……よし、爪や牙に毒性は無し、と。抱きしめても良い、って事ですね!

 いや待て、もう一つ。

 ……健康状態は、うん、大丈夫。少し毛艶が悪い位かな。栄養が必要?


 多分お腹がすいているんだよね。

「……暴れ牛の肉って、魔物にはあげてもいいんだっけ?」

 マジックバッグから魔物辞典を出そうかと考えていたら、魔猫ちゃんが首をめちゃくちゃ縦に振っている。

「え、言葉、分かるの?……食べる?」

『ありがとうございます!』

 ……嘘、念話?

「……念話って、貴方魔獣の王族さんとか、いや、獣人さん? あ、とりあえず食べて!お水、は出せば良いか!」

 あ、布、お皿! ときちんと人をもてなす様に準備をしてどうぞ、と言えば、

『本当に感謝に堪えない。私の名前は………』

「あれ、名前が聞こえないねシル……? じゃあ、シルヴァンさんで良いかな? 銀色の毛並みが綺麗だから。食べたらきっと毛艶も良くなるよ!」

『……そう、して下さい。……いただきます』

 うわ、この魔猫ちゃんじゃない、シルヴァンさん、絶対どこかの高貴な猫族さんだ。大きく開いた瞳まで銀色。

 いただきます、も知識でご存知みたいだし。

「あ、私は」

『……存じています。騎士団副団長ご令嬢ハオルチア・フォン・ベイエリー侯爵令嬢』

 いや、凄いな。

 自慢じゃないけどこの冒険者スタイルで女性って初見で分かった人(?)初めてだよ? とハオルチアは驚く。


「ちょいと失礼して……男性ですか。食べたらギルドに行くから、付き合ってね。貴方の捜索願いも出ているかも知れないし。……あ、怒った? ごめんなさいね、でも私の感知魔法だと性別までは分からないんだよ。触ってないから許して、ね。ほら、お肉! あとこれは父上にも褒められた魔法! 見て、美味しいお水を冷やしたよ!」

 そう言って、水魔法と冷却魔法の同時発動で冷たい水を並々と皿の中に。

『これは素晴らしい』

 下半身を確認されて、銀色の毛並みを赤くしていた(様に見えた)シルヴァンは、それも忘れて感嘆していた。


 絶妙な魔力配合。獣にも優しいその心根。

 そして文句のない強さ。


 ……やはり、この方しかいない。


『私の名前はシルヴァニ・フォン・ラウリンゼ。ラウリンゼ国の第六王子です。お願いします、貴女に婚約者がおられる事、学院卒業後は解消のご予定である事は存じております。婚約を解消されましたら、私の婚約者になって下さい』

「え、やだ」


 え、即答?

『な、何で? いえ、あ、人の時の私の容姿を気にしておられるのですか? こんな呪いを一方的にかけられる程度には美しいらしいです! 誰にも渡したくない、という事らしくて! イケメン、という表現で良いのでしょうか?』

「違う違う。人の時にイケメンとか王子様だとかはどうでも良いの。いや、猫族の王子様だったら嬉しかったけど。人間の王子様とはねえ。……とにかく私は今のシルヴァンさんが良いの。理由は簡単。かわいいから。あとフワフワもふもふだから!」

『……嘘。イケメンはともかく、王子である事よりフワフワもふもふが重要なのですか?』

「重要ですよフワフワもふもふ! それから、侯爵家は私が継いでも継がなくても良いって言われてるし、イケメンは性格屑な婚約者がいるからあんまり……。あと恐縮ですが私、女性にもてるみたいなんですよ。だから王子様が嫉妬されてこのフワフワでもふもふの素敵なお体に何かされたりしたら嫌だし。……と言うわけで、他に誰かを探して下さい。ラウリンゼ国は力が強い方を尊ばれるお国であられますよね? だから多分そのお姿も力が強い方を探される為なのでしょう?  あ、強い愛の力! 当たりですね? 真実の愛、即ち強い愛の力を持つお方、そういうお相手を見付けられたら、私はシルヴァンさんから離れますからご安心下さい!」

 だからそれまではシルヴァンさん、王子様のお世話をさせて下さいね!

 うわ嬉しいなあ、王子様をお守りできるなんて護衛騎士みたいです!


「必ず私が貴男をお守りします」

 と、どっちがイケメンなのかなあ? とツッコみたくなる様なイケメンにキメ顔で言われたシルヴァン。あと、誰にも渡したくない、とかは設定だと思われている。


 実は、ハオルチアは知らない真実がある。と言うか、忘れている。

 嘗て、王子が国賓としていらしたパーティーで、騎士団の誰もが気付かなかった暗殺者に気付いたハオルチアがマーメイド型の美しいドレス姿で華麗にソバットを決めてナイフをたたき落とし、脳天に扇を直撃させ気絶させて、そのまま何食わぬ顔で王子を控え室にお連れした事を。

 因みに暗殺者の事はしっかりと覚えている。かなりの手練れだった。

 倒した相手は忘れない。それが(女性に)激モテ令嬢ハオルチア・フォン・ベイエリー。


 王子シルヴァニはそれから頑張った。

 強くて美しい侯爵令嬢と恋仲になる資格を得る為に。

 第六王子と言うことで、婿入りも許可された。王子の国は知力体力魔力等、力がある人間を尊重する国。それから実は王妃様が令嬢のファンなのだ。ありがたいと王子は思った。

 ハオルチア令嬢には婚約者がいるとの事だが、あくまでも在学中の仮も仮だと近衛隊隊長が教えてくれた。彼は令嬢のお父君と親しい。

 何でも、生まれた国は違うものの、会えば拳を交わす間柄らしい。


 つい最近、とりあえず一度、あの国に行っても良い、と許可が下りた。国自体を確認して、留学なども検討しなさいと。

 ありがとうございます! とウキウキとしていたら、出発前日に公爵令嬢に薬をかけられてしまった。なんてことだ。

 殿下の事は諦めますから最後に二人だけでお会いしたいと言われて油断した結果だった。

 勿論警護の者達もいたのだが、令嬢では有り得ない魔力を用いた隠蔽魔法で薬品を隠し持っていたのだ。

 心に決めた方がおります。王妃にも認めて頂いています、ごめんなさい。という断りの手紙を何度も何度も何度も……送った令嬢だった。

 他の家の令嬢は王妃の存在に恐れをなして諦めてくれていたのに。

「美しい王子様。私以外の人のものにはさせません……」

 そう言う彼女は衛兵に引っ張られ、彼方に消えた。

 公爵家に玉璽入りの査察状を携えた騎士団近衛隊が入り、令嬢が家宝を持ち出して下町の秘薬売りから怪しい薬を購入した事が分かった。令嬢はご丁寧に日記を残していた。王子様はこれで誰のものにもならない、寧ろ悲願が叶い嬉しい、と最後の頁に書かれていたのを見た歴戦の勇士たる騎士団員達は吐き気を催したという。秘薬売りは逃亡。目下捜索中だ。

 公爵家は即刻お取り潰し。

 元公爵令嬢は今の所は病院にいる。魔力を薬物で一時的に高めすぎた事による記憶喪失、そして身心摩耗が激しい。


 診察をしてくれた魔法師団長が治す方法を解明してくれた。

 猫族になってしまった事以外は安全。記憶や頭脳や魔力は王子殿下のまま。お命に何か影響が、とかはありません。

 しかし、元に戻る方法はただ一つ。

 王子の恋心を隠して、意中の方に愛してもらう事。それも単身で。協力者は募ってはならない。

 公爵令嬢、難題をぶつけてくれたものだ、と皆が頭を抱えた。

 これは大丈夫だからと師団長からあらゆる魔法を付与してもらい、万が一の時は自動で国に帰ることも出来る。但し、猫族のままで、らしい。


 意中の令嬢に会える可能性が高く、最も王子(猫族)を可愛らしいと思ってもらえる時間と場所を師団長達に予測してもらい、上手くいった。

 ……いったけど!


「大丈夫ですよ殿下。うちの者は皆獣が大好きです。お好みの食材は?……あ、済みません、ちょっとだけ……」

 そう言われて大好きな人にフワフワもふもふな腹毛をスーハーされて、顎の下を撫でられて、

「うわあ、最高……素敵……。もう、ずっと一緒にいたいです!」

 とイケメンな笑顔で言われている現状。


 嬉しいか、と訊かれたら嬉しくなくはない。

 でも。


 いつか、人の姿で素敵といって頂くのだ、と決意をするシルヴァンのお手々のぷにぷに肉球のかわいらしさにまたまたハオルチアの笑顔は止まらない。


「とりあえず、冒険者ギルドに向かわせて下さいね。納品をしませんと。それから我が家へ。そうだ、一緒にお風呂に入りましょうね! お背中をお流しいたします!」


 ……え。


 ダメダメダメ! それは駄目!

 シルヴァンは抵抗しているつもりでも、それ即ちかわいいフワフワもふもふ猫パンチ。ご褒美以外の何ものでもない。


 ハオルチアの喜びは止まらない。


 シルヴァンとしての愛され猫族生活。

 シルヴァニ王子のイケメン王子様な日常。

 フワフワもふもふの明日はどっちなのだろう。


 ……それはまだ誰にも分からない。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女性に激モテな騎士団副団長令嬢はモフモフの王子様をイケメンに戻したくない 豆ははこ @mahako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ