第4話 転移

最初に感じたのは背中に感じる柔らかな感触、次に全身を照らす暖かな日差し。そして手に握られているズッシリとした本の感触だった。


ゆっくりと目を開け、太陽が目に入りそうになり少し細める。細く見える視界からは見慣れた青い空とまばらな雲が見える。今日もいい天気だな、てかここどこ……。


ってああ。そういえば。


俺か異世界に来ていたんだった。


……………………!?


「やべぇ!!!」


気づいた瞬間に焦りと恐怖に襲われてバッと体を起こす。

今まで寝ぼけた頭で何も考えられなかったが、よくよく考えるととんでもない状況じゃねぇか!

1ミリも知らない世界でのほほんとしている場合じゃねぇ。状況判断して、今の状態を確認する。


とりあえず近くには革のリュックサックがある以外、至って普通の原っぱの様に感じる。これは俺の物……だろうな。他に誰も居ないし、神様が最低限の道具くれるって言ってたし。中身が気になるところだが、とりあえず後回しにする。


遠くの方には……お、遠くの方にでかい塔がある!その下には街も見えて、ぱっと見た感じ規模もかなり大きそうだ。人がいる場所が見つかっただけでも安心感が段違いだな。良かった。


少し落ち着いてゆっくりと遠くの方を見ると、色んなものが見える。森と山と空飛ぶ鳥、言葉にすると3つしかないが、実際に見てみるとちょっと感動するくらい美しい。風も吹いていい心地だ。

やっぱり自然の雄大さを感じる時が1番テンションが上がるな。世界に来て環境に喜びを感じるっていう、精神的には幸先がいいスタートを切れた。後はこの世界で生きていけるか、だな。


安全も確認出来た事だし、この調子で荷物の確認を始めよう。気になるものがいっぱいだ。


まずは俺が持っていたこの本。表紙は青色でどこにも題名は無く、全体的にクオリティが高く感じる。神様がくれたものだからなのか、これがこの世界の基準なのかは分からない。そもそも魔術がある時点でまるで違う成長を遂げるはずだし、いちいちこんな事気にしてたら日が暮れる。

さっさと次に行こう。


結構な厚さの本をパラパラと読んでみると、活字ばかりではなく挿絵も入っていた。いや分かりやすそ。

とはいえ全て読むには時間がかかりそうなので、とりあえず後に読むことにした。次はリュックを片付ける。


何らかの革でできていて、どことなくファンタジー感が漂っているが、つなぎ目も素材も丈夫そうだ。持ち上げてみると、中に何か入っているようでそれなりに重い。早速開けてみる。

鞘に入ったナイフ、テントや寝るときに使えそうな布、水の入った水筒、日持ちしそうなパン、異様に固い硬貨(銀貨?)の入った革袋。他にも色々と役立ちそうなものが入っている。


なんというか……元の世界でも通用しそうな感じだな。水筒も食器も金属製で、不安になるほど柔らかい訳じゃないし、見た目に反して軽い。この世界特有の鉱石でもあるんだろうか?その割にナイフは鉄で出来ているように感じる。謎だ。


でもまあ、リュックに関しては以上だな。これ1つで旅ができそうなオールインパッk……いや、オールインバッグだった。


最後は服についてだ。サラサラとしていて動きやすい着心地のいい服に、フード付きの外套、足にフィットした靴。少し歩いてみたが、軽くて疲れにくそうな感じだ。想像していたより遥かに質がいい、見た目も全体的にファンタジーだし、ワクワクが止まらない。

防御力はなさそうだが、日常生活をするには十分すぎる装備だ。


良い装備に、良い道具。これが実用に耐えうるかは今後次第だが、現時点では大満足だった。ありがたい。


さて……気になることは無くなったか。まだ日も高いし、周囲には危険になりそうなものはない。たまに遠くから大声と馬車のような音がするのみだ。

それじゃ、読書と洒落込むか。平原のど真ん中に寝転んで、風に吹かれ山と森に囲まれながら、本を広げる。


うーん、最高。


――――――――――――――


途中で食べたパンは意外と味があって、美味しくはなかったけど不味くはなかった。水が無いと食べられなかったが……不思議と悪くなかった。

これがこの世界の基準だとしたら、ちょっと嫌なラインだが。携帯用だからこのレベルということを願っています。


それはさておき。

体感で3時間、ざっと読んでみたところ主に2つの情報が書いてあり、それは常識と魔術の使い方について。今は常識について読み終わったところだ。

色々と書いてあったが、3つにまとめる。


「魔導国家テオが発行しているオルニス硬貨は広い範囲で利用されている。金貨、銀貨、銅貨といった種類で特殊な魔術を使って発行されている」


「今いる国は商業国家ミレンス、特徴的な4カ国に囲まれた国であり、多くの商人が集い大きく栄えている」


「様々な職業があるが、冒険者はこの世界の「エリア」という特性上、世界中を旅することになるため俺にピッタリの職業」


袋に入っていた銀貨についてなんだが、本にあった情報と照らし合わせると大体1ヶ月くらいは収入なしでも生きていける金額だった。ただそれは、生活費だけのものであって、冒険者になりたい俺は装備やら道具やらを買わないといけない訳でありまして……胃が痛くなりそう。


早いところ魔術を覚えて、収入源を得たい。読んだ部分も合わせながら練習していこう。


魔術。それはイメージしたものを体内魔力を使って放つ力。とは言っても色々と制約があるようで「金を大量に出して大金持ち!」「即死をイメージして最強!」とはいかないらしい。まぁ試してはみるけどな!


初心者の頃は、イメージに対して魔力の出力が足りず、火種を出すような小さい魔術しか出来ない。

これを「魔術の壁」と呼び、この壁は越える事ができるらしい。後述する強化魔術が存在する影響で、1つ差でも結構な戦闘力の差が出るとのこと。更には越えた際に新たな魔術を覚える(思いつく)こともあるため、めちゃくちゃ重要な項目っぽい。


ただ、差がつくのは出力だけであるため、創造力と想像力次第でひっくり返る、らしい。

それでも基本的には多くの壁を越えた方が強いとされているため、数に比例して高い格を持つ。


数え方は「超越」という。

もう一度言う。「超越」だ。


「俺は2回超越したぜ!!!」


みたいな。嘘みたいだが本当だ。

まぁ実際、超越した数が上がるたびに人間離れしていくから……間違ってはいない、のか?

正直かっこいいので、積極的に使っていきたい。


ちなみに超越する方法は明確にはされていないらしく。

死にかけて上がった、勉強してたら上がった、ずっと同じ魔術使ってたら上がった、なんか知らんけど上がった……枚挙に暇がない。

超越数が増えるほど難しくなっていくのは共通事項だ。ただ、超越だけにかまけていたら威力だけ、もしくは威力すらも負ける魔術になるため、発動スキルに関しても重要になってきそうだな。


これが一般常識だと言うから驚きだが、超越に関してはどんな仕事にも関係あって、特に強化魔術を使う以上必須級の項目ため幅広く知られているようだ。


次は魔術の発動に関してだな。系統として4つ存在しており、それぞれ強化魔法、放出魔法、操作魔法、付与魔法がある。

右に行くほど難易度が上がり、付与魔法使いはは希少らしい。とりあえずは放出魔法まで覚えていきたい所だ。

 

19歳(俺の年齢)と言う年齢では大抵1回は超越しているらしく、そこに至るまでの方法が書かれている。

……やっぱり、この本の情報量と質って異常だよな。この世界にこれ並みの書物があるかどうかは知りようがないが、いつか何らかの問題を連れてきそうな気もする。

しっかり管理して失くさないように心がけるか。


発動方法なんかもこれに書いてあるし、見た感じ簡単そうだから楽勝だと思う。アニメとかでも魔術なんてすぐ使えてるし、そんなもんなんだろう。

それじゃ、日が暮れる前にちゃちゃっと覚えちゃいますか!


――――――――――――――


体感2、3時間経過、日は真上の位置。


俺は発動の糸口も掴めずにいた。楽勝とか言ってた過去の自分をぶん殴ってやりたい。

いや、そう勘違いするほどに説明が淡々としてるんだよ。いかにも出来て当然ですみたいな書き方しているから、てっきり秒で扱えるようになると思っていたんだが……正直舐めていた。

 

そういえば、神様も素質だけじゃ道は進めないみたいなこと言ってたな。ということは、これは努力で解決できるってことなんだが。

……出来る気がしねぇ。


いや、何も今日中に覚えなくともいいんだが、本には強化魔術はほぼ全ての人が唱えられると書いてある。つまり、街の中で何かあった場合、基礎能力が低い俺はどうしようもない訳で。

強化魔術だけでも急いで覚えたい気持ちがある。


ので、おざなりではなくしっかりと考え学んでいくことにする。

まず、体内の魔力は感じ取ることは出来た。とは言っても微かであり、なんとなく本筋を掴めていない気がする。まずそこからしっかりと意識していく。


全身を巡る血のように、流れる魔力を感じる。

どうもこの魔力は魔術を使わずとも体に影響を及ぼしているようで、意識しただけで何かが変わった気がする。

その何かを活性化させるように、徐々に高まりつつある力を保つ。保つ…………た、たもっ……


「だぁっ、無理だっ!」


溢れ出る力に耐えきれず、魔力が霧散してしまった。

いやむっず。これ初歩の初歩だぞ。


これを維持して、イメージして、出力値を調整してとやらないといけないのか……と思っていたが。


かなり色々と試して何とか魔力を維持出来るようになると……なんとなく、本当に曖昧だが魔力の動かし方がわかるような気がした。何故……いや、今は考える時じゃない。この微かな流れを見失わないように、魔力の赴くままに動く。


事前に決めていた効果をイメージしながら、導かれるように理想的な量の魔力を脚に纏わせ、自然と開く口に逆らわず魔術名を発する!


「疾走強化!(ダッシュ・ブースト)」


瞬間、下半身を中心に明確な変化を感じた。どうやら、維持にはそこまで集中は必要なさそうだ。


「これは……いったか?」


うきうきとした感情を抑えられず、思わずフラグのようなことをいってしまったが、明らかに感触が違う。何もしていない今でも足が軽い。

持っている本を置き、軽く準備運動をして……


いざ。

走るっ。


「っおう!?速ぇ!」


足を踏み出した途端、風景が後ろに流れ、風圧に思わず顔を軽く伏せながら疾走する。

すげえっ、楽しすぎるっ!軽く走っただけで、自転車を本気で漕いだ時くらいの速度が出てる。まるで足に翼が生えたみたいだ。風が気持ちいい。


というかこれ、脚全体のポテンシャルが上がっているように感じるが……ちょっとジャンプして試してみるか。


「ほっ」


おっ、ダッシュ力ほどではないけど、体感できるほど高く飛べてる。……?確か本にはイメージ通りの効果しか出ないと書いてあったが、なにか理由でもあるんだろうか。

……まぁ分からないな。今後いろいろ試したり知識を増やしたら分かることもあるだろうし……要検討だ。


ま、そんなことより……


「魔術が!使えたぞー!」


うおおお!速く走れるだけでめっちゃ楽しい!しかも想像力次第で何でもできるんだぞ!こりゃ、色々魔術作っちゃうしかねぇよなぁ!

よっしゃ、次の魔術を……って、そういやさっき掛けた疾走強化、まだ解除してなかった。


強化魔術は自分の任意のタイミングで解除できるらしく、発動中は魔力を消費し続ける。消費量は魔術によって変わるようで……何となく感じる魔力から予想するに、ダッシュブーストは結構な消費量をしていそうだ。当分尽きる感じはしないが、少しでも残しておきたいし解除しておくことにする。


効果を司っている魔力を対象として、霧散させるように……おっ、解除は結構簡単にできたな。これなら何回か練習すれば即座に解除する技術も習得できそうだ。

対して発動はかなり難しいな。そんなに付け替えせずに済むように、長時間発動できる低燃費な魔術も作ってみよう。


そういや、魔力が切れるとどうなるんだろうな。街で情報収集するときにでも調べてみるか。

やりたいことがどんどん増えていくこの感覚……最高だな。


っと、そんなことよりもだ。強化魔法にはいちばん重要な要素がある。これが超越に関係することで、習得しているのとしていないのとじゃ全てが雲泥の差らしい。

体の中で一番強化するべき場所。それは……


脳だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただただ世界を旅したい 百日紅 @100drop

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ