第3話 対話

目を開けるとそこは謎の真っ白い空間でした。……まぁ、落ち着こう。うん。


目の前にはどっかの美術館に居そうな石像みたいな、彫りの深い顔をした青年が立っている。

やけに靴が光っていたり、兜やら笛やらを携えていたりと……ちょっと普通ではない。というかどう見ても神様だ。


「……」


絶句だ、こんなの。人生で最大級に唖然としている。わけ分かんない場所で、推定神が目の前にいる状況で脳の処理キャパシティを超えてしまった。最適解なんて無いんだが、どうすればいい?


兎にも角にも状況判断……と自慢のレベルアップ脳みそで考えようとしたが、その前に目の前の男は感情の読めない顔で喋りだした。


「はじめまして、簡潔に言おう。私はとある神だ。今回は君に提案があってここに来てもらった。取り敢えず落ち着いてもらおう。」


……まぁ、ちょっとは察してたけど、それはそれとして思考が止まった。レベルアップはどうした。

どうやらこのお方は神様らしい。いや、らしいじゃないよ。夢の可能性だってあるだろうが。ちょっとは落ち着け、全く状況について行けてない。

よく考えてみて欲しい、目を開けたら何も無い空間で神様が目の前に立っているという状況を。焦らないほうがおかしい。

それでも、この高速回転している思考を鎮めなければいけない。とりあえず深呼吸を行う。

……はぁーーー。よし。


「……ひとまずは、落ち着きました」


「よろしい。先程までの浮足立った思考より幾分かマシになった。だがこの先重要な話をするには此の上平穏な心が必要だ。君の心の波を完全に落ち着かせるための問を聞こう」


……なるほど、ちょっと回りくどいが、このお方は俺を慮ってくれているご様子。さっきまではなんとなく怖くて聞けなかったが、質問していいというのなら遠慮はいらない。疑問を無くそう。


「ここは何処なんでしょう?夢ではないんですよね?」


「ここは君の脳の内部ではない。生と死の狭間だ。魂が巡るときこの境を訪れ、そしてまた生まれ行く。」


うーん、言い回しは難しいが、何となく分かった。

死んだ魂がここに来て、そして地球に生まれる。言うなれば魂の待合所のような場所?


「正確ではないが、遠く離れた回答とも言い難い。」


……もしかして、思考読んでらっしゃいます?


「君の思考は分かっている。さて、本題に入ろう。君の魂の値が現上限値に達した。次の世界に進めるが、聞きたいことは?」


………………


「分からない事が多すぎるので何とも言えないですね……」


「確かに。ならば君の脳内の疑問に全て答えよう。よく考え、よく聞け。君が輪廻を繰り返した末に得たもの。転移であり、肉体と記憶は引き継がれる。現世界と次世界両方に存在出来る。記憶の共有は起こり得ないが、転移しても問題なく世界を進めるため存在する。不可能。魔術が日常的に使用されている世界であり、幻想的な風景が多い。君次第だが、特に問題はないと思われる。次世界の君の肉体に刻まれている。刻むものは私の力ではなく上位世界で規定されているものだ。引き継がれない。……バイクは道具に入る。これは確定事項だ。」


うわ行くのやめようかなぁ……己の半身(バイク)と引き剥がされるなんて俺の精神(マイスピリッツ)が耐えきれない。

……まぁ、行きたいけども。幻想的な景色観たいもの。魔術使ってみたいもの。溢れ出る冒険心が抑えられないもの。


願望と言うかボケが先に出てしまったが、この一瞬でえらい情報が集まってしまった。


今行われたのは、俺の脳内で起こった疑問に対する応答だ。なんとなく質問を考えたらすぐ返ってくるもんだから、気になったことはほとんど出てしまった。とりあえず回答をまとめよう。こんなことしなくても普通に質問受けてくれりゃあいいのに。そしたら話がダレるか。じゃあ仕方ない。


俺の疑問的に、それぞれの質問はこんな感じだと思う。


魂の値って何?→君が輪廻を繰り返した末に得たもの。(輪廻転生って存在したんだな)

次のステージとは転生みたいなものなのか?記憶は消えるのか? → 転移であり、肉体と記憶は引き継がれる。

それって元の世界には戻れない? → 現世界と次世界両方に存在出来る(?)。

それは俺が二人存在するということなのか?記憶はどうなる? →記憶の共有は起こり得ないが、転移しても世界を進めるため存在する。

帰ることは出来る?→不可能。

どういう世界に転移するのか? → 魔術が日常的に使用されている世界であり、幻想的な風景が多い。

なんかすぐ死にそうな臭いがするが、大丈夫なのか? → 君次第だが、特に問題は無い。

言語はどうなるのか?→次世界の君の肉体に刻まれている(!?)。

いや、どう考えても危険そうなんですが?→刻むものは私の力ではなく上位世界で規定されているものだ。

もしかして道具とか持っていけない感じですか? → 引き継がれない。

え?バイクは持っていけますよね?道具じゃなくて乗り物ですもんね?ね? → バイクは道具に入る。


特に重要なのはバイクを持っていけないという点……まぁ冗談は置いといて、記憶が共有されることは無いが、転移しても世界を進めるため存在する。これはどういうことなのか。


朧げにイメージしたのは、俺が二人に増えて、一人は現世界に留まり一人は次の世界に行く感じだ。まぁその場合現世界に残る俺の魂の値とかいうのがどうなるのか気になるが、神様が話さなかったということは話す必要がないんだろう。そんなん知ってどうするって話だし。


あと、何故記憶を持たせて転移させるのかという疑問もある。普通に死んだ際でいいんじゃないかとも思うが。


「人間の感情や意思というのは誰からも変えられない。その個体自身にしか変更権限がない強固なものだ。その点で今の君は……分かりやすく言おう、「ノッている」。そのような存在はある点で希少であり、転移するに値する。」


なるほど?確かにさっき起こったことを鑑みれば、ノッていると言っても過言ではない。そう考えると、あの気付きによって魂の値とやらが上がったのならば、もしかしたら精神的な成長が関係しているのかもしれないな。


それにしても、転移するに値するね……。何のために転移させるのか明言されていない、神様側のメリットが分からない。



……ノーコメントね。


「俺を騙したり、なにかに利用しようってことじゃあないんですよね?」


「あり得ない。これはある種のシステムであり私の意思は介在しない。君が行く世界は、今の世界よりも確実に死に近い世界だ。しかし、身を守る強大な力を身につければ旅を謳歌することが可能になるだろう。」


「その力とは?」


「魔術だ。」


そう、魔術。情報量が多くてスルーしていたが、結構気になっていた項目だ。ちょっとワクワクしてきた。そういえば魔法じゃなくて魔術なんだな。

この言い方だと、旅をするためには魔術の習熟が不可欠らしい。


「うーん、俺って転移するんですよね。それなら向こうの世界の人に19年ほど遅れをとってるわけなんですが、大丈夫なんです?」


「その問は転移後に解決するだろう。1つ言っておくと、先程の話とも繋がるが君の現在の状態、つまりは肉体と精神が次世界と相性が良い。特に序盤の伸びは素晴らしく、すぐに普遍的な能力を得ることが出来るだろう。」


「なるほど、随分と俺に都合がいいですね。俺が興味を持ちそうな世界に記憶保持しながら行ける。更には俺に相性が良いときた。……正直めちゃくちゃ行きたいんですが、本当に何も無いんですよね?」


「言ったであろう、私の意思は介在しないと。はっきり言っておく、君が持っている素質だけでは求めている道は歩めないだろう。」


「……その上で、その素質を利用して力を得なければいけない」


「そういうことだ。」


上等だ、むしろ行きたくなってきた。旅をするためには成長しないといけない、成長するためには俺の努力が必要。つまりは俺の努力次第で自由な旅を満喫できるっていう神のお墨付きを頂いた訳だ。

正直、この神様は俺に情報を与え過ぎているような気もするが……


「随分と疑心暗鬼に陥っているようだが、安心するがいい。この程度の知識で底が見えるほど、かの世界は浅くない。」


「……なるほど、随分と俺を説得するのがうまいですね。行きたい気持ちが抑えられなくなってきた」


そしてこのタイミングだ。常に挑戦するという人生の軸を作ったばっかりの俺は、次世界とやらにハチャメチャに行きたくなっている。理由としては単純、異世界転移なんて挑戦の塊だからだ。元の世界にもう一人の俺が残るってことなんで、両親や友人に心配をかけることもない。強いて言うなら、俺自身の悲しみはどうすることも出来ないが……。


それでも俺は行く。何故ならば「楽しそうだから」。これ以上の理由はない!Let's Go!


……勢いに任せた思考は置いといて、もちろん離ればなれになるのは嫌だが、二人が教えてくれた考え方、それが俺の背中を押してくれる。

前に進めと、未知(道)を楽しめと。


二人の笑顔を思い出す。そしてそれを決して、決して忘れないように脳に焼き付けた。


俺の思考が落ち着いた瞬間、神様が話しかけてきた。


「別れは済んだか?」


「はい。俺は進みます」


「よろしい。最低限の装備と道具を与える。転移後忘れずに確認するように。その後は己の道を歩むが良い」


意外と手厚い……じゃない。これは俺が確認するべき点だった!というか、まだ聞くべきことがありそうな気がする。神様に言われなかったら、このまま何の情報もないところに行ってしまうところだった。入念に聞いて――


「それには及ばない。本を読めば理解できるはずだ。」


「本って……」


「転移後君が持っている物である。一般市民が持つ知識程度の情報しかない。期待するな。」


神様はそう言うが、これは間違いなく手厚い。情報は命だ。知っていると知らないで生死に関わる情報なんていくらでもある。ありがたすぎて拝んでしまったほどだ。

うざったそうな顔をしている神様を横目に、あと聞きたいことといえば……あ、そうだ。


「次の世界では、俺の知識で新しい何かを作ってしまうかもしれないですよね?その世界にはない、俺しか知らないものを。その点大丈夫なんですか?」


「問題無い。……不安を感じているようだが、君の知識でいくら富を生もうと問題無い。そこまで行けると言うのなら。」


ほうほう、何となく不穏な感じを出しているが、要するに何をしてもいいと。完全に自由なら、次の世界で色んなことに挑戦できそうだな。

……まぁ、結局旅に関すること以外やらないかもしれないが。というか、それすらも見越した言葉なんだろう。掌の上でくるくると回り続ける存在、それが俺だ。笑えよ。


あとは……無いな。もう何の憂慮もなく行けそうだ。


「どうやら準備が出来た様だ。それでは転移を開始する。」


「あ、待ってください!……ありがとうございました!」


そう言って頭を下げる。転移に関してでは無く、神様自身に対しての感謝をしたかった。会話を通して、話し方は固いが俺を気遣ってくれてるのがよく伝わった。神を評価するなんて失礼かもしれないが、それでも言わざるを得なかった。


「否。職務を全うしたことに感謝する必要など無い。」


神様はぶっきらぼうに返した後、そのまま何らかのトリガーを押したらしく、俺の体がどんどん光の粒となって空に登っていく。どうやらこうやって転移するのだろう、正直かっこいい。ちょっと怖いが。


そんな少しずつ消えていく俺に合わせて、神様が語り始めた。いや、もう消えそうなんだが……


「旅の神が命ず、君の旅に祝福あれ。……次世界も楽しむが良い。」


その言葉を聞いた瞬間に、俺の中の何かが変わった気がした。何かは分からない。今まで認識したことのないものだった。かなり気になる所……だが、それはそれとして。

神様。色々と言いたいことがあるが。


「最後の最後に重要そうな事言うの格好いいですね!」


そんな感想と共に俺の体は宙へ消えた。

いつか真似しよう。


――――――――――――――――――――――


譲が叫んで消えた後。神の前に、フードを被った人影が跪く。


「我が神。何故祝福を与えたのですか。」


「私が与えるべきだと考えたからだ。」


「我が神。何故多くの情報を与えたのですか」


「私が与えるべきだと考えたからだ。」


「我が神。我が神に属する人間を優位にしたのでは?」


「そうではない。与えた祝福は現時界で一般的とされている方法では効力を発揮しない、意味の無いものだ。本に関して、特に重要な情報は書き記していない。最低限必要な知識を与えたのみだ。」


「……なるほど、特異型は稀に起こりうるのみ。転移先も我が神の管轄内。確かに多くを与えている様で、特に問題はない。ですが……与えている時点で、かの者が言う様に優し過ぎるのでは?」


「……知らぬ。」


神の姿が消える。


「我が神?何処へ行かれるのですか!我が神!」


虚空に話しかけ、立ち上がる。


「…………我が神は全ての旅、それに属する個体を司られている。夢を見せ、眠れる心を起こし、己の力で壁を越えさせた。それ故に、あの個体にこの世界を見せたかったのでしょうか……。祝福されし者よ、資格と心を持つ者よ。汝の旅路に幸多からんことを……」


人影は消えた。

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