第2話 家族と気付き

朝帰りした俺は、帰宅するなり両親の熱烈な歓迎を受けた。とは言っても、両親とも仕事があり少しして別れてしまったのだが。

イヤイヤ言いながら父さんに引きずられて車に乗る母さんの姿、非常に面白かったです。


その後ある程度片付けが終わり、シャワーを浴びたあとはバイクの洗浄や点検を行い、友人宅に挨拶回りし、そのままゲームをして過ごした。

少しの間に面白そうなゲームが発売されており、プレイ中にちょくちょくプレイでマウントを取ってくる友人の姿、非常に腹立たしかったです。


そして今、帰ってきた両親と一緒に夕食を作って頂いているという訳だ。

今日のおかずは俺が頼んだハンバーグ。箸を入れると肉汁が溢れ出し、一口大になった肉を口に放り込むと味の奔流が口の中で暴れ回る。味蕾と鼻腔が脳に与える感覚を逃さないように、じっくりと味わう。


「うめぇ……うめぇ……」


「ゾンビみてぇな食い方だな」


「味わってくれるのは嬉しいけど、冷めないうちに食べてね!」


「当たり前じゃん……こんな尊き食物のランク下げられるかよ……」


「ハンバーグを崇めながら食べるのはこの愛息だけだろうねー」


一人暮らししないと親のありがたみが分からないと言うが、今俺は擬似的にそれを実感した。母親の料理に対して、猛烈に感動している。旅路では袋麺とかパスタとかばっかり食べてたからな……肉のインパクトが脳に響くぜ。


そしてこのソース。この甘味と酸味、肉汁の旨味が混ざり合って、ひき肉の塊を神の食物までに昇華している。ご飯とのマリアージュによって、美味という単語以外脳から消え去ってしまった。うめぇ。


一口一口を噛みしめるように味わいながら食事を楽しんでいると、父さんがウズウズとした表情で会話を仕掛けてきた。


「それで、SLはどうだったよ?途中でなんか無かったか?」


「いや、最高だったわ。トラブルとかはあったけど、それ以上にあいつに乗って景色を見る爽快感とか色んなとこを巡る楽しさが大きすぎた。あいつで旅して本当に良かったよ」


「がっはっは!そりゃあ良かった。そこまで言ってくれるならお前にツテを貸した甲斐もあるってもんだ!」


そう、俺の相棒であるSL400は既に販売が終了されており、一目惚れした俺が購入しようとしてもプレミア価格で買えない事態に陥った。だがしかし俺にはバイク狂の親父がいた。範囲が尖りすぎてるコネクションで格安で販売してくれるバイク仲間を見つけ出し、更に貯金が足りなかった俺に金まで貸してくれた。感謝してもし切れない。


ちなみに借金は全額耳を揃えて返した。子供の頃からの貯金では到底足りない金額をバイトの質と量で解決した。追加で日本一周で使用する旅費だったり、道具や服(ギア)だったり、金がいくらあっても足りなかった時代。ちょっと思い出したくない記憶である。ちょくちょく2人からご支援を頂いてなければ今回の計画は無に帰していただろう。


そんな風に親父とバイク談義に花を咲かせていた所、痺れを切らした母さんが割り込んできた。


「はい、もうバイクの話はいいよね!次は旅の話!」


「そうだね、母さんが作ってくれた計画のお陰で迷うことは殆ど無かったかな。自分が行きそうな所は大体母さんが地図に書いてくれたし、持っていくアイテムも足りない物は無かった。ホントに助かりました。ありがとう」


「んふー、良かった。私に任せてよかったでしょ?」


「最初から信頼してたよ」


「もう、譲ったら……」


「逆に世界中を旅してるカメラマンを信頼しないで、誰を信頼すればいいんだ」


「もう、譲ったら……」


「話聞いてる?」


くねくねと悶えている母さんは放っておいて、実際母さんがいなければどこかで問題が起こっていたと思う。

旅の注意点や道具の選定、おすすめの観光地やグルメだったり、俺が必要だったものをほとんど考えてくれた。おかげで勉強とバイトに専念することが出来たし、なにより旅の憂慮が無くなったことで一人旅に踏み切れたと言っていい。


……よく考えたら、俺は二人に頼りきりだった。旅の間心配も掛けただろうし……俺がやったことは正しいことだったんだろうか。いや、もちろん楽しい旅だったが、周りに負担をかけてまでするべきことだったか?二人が俺に協力してくれた事が思い浮かぶたび、少しずつ不安になってくる。

そんな俺の心情を見抜いたのか、二人の顔が少し引き締まったように感じた。


「なんだかちょっと暗い雰囲気だけど……なにか嫌なことでも思い出した?」


「そういうのは人に愚痴るのが一番楽になるぞ。言ってみろ」


気遣ってくれる二人に感謝しながら、俺は正直に打ち明けることにした。


「いや、さ……父さんと母さんのお陰でこんな楽しい旅ができた。嫌なこともあったけど、それもいい経験だったと思ってる。それでも、俺は二人に迷惑と心配をかけただけで、本当にやってよかったのかっt」


「馬鹿野郎!」


「うおっ!」


父さんがテーブルに両手をついて、顔を寄せてきながら叱責してきた。怒りながらもどこか優しさを感じるような、そんな表情だった。


「まだ働いてもいねぇガキがんなこと言ってんじゃねぇ!いいか、子供に出来ることはな……やりたい事をやる。それだけだ!」


「……でも、それじゃ」


「良く聞いてね、譲。あなたは悩みに対して答えが出ているよね?」


「え……」


反論しようとしたが、母さんに遮られてしまった。顔を見ると見透かしたように優しく微笑んでいる。


「私たちは旅をすることが大好きだし、譲のことも大好き。そんな譲が一人旅をしたいと言って、私達に協力を求めてきた。これ以上に嬉しいことはないよ。だから、どんなことだろうとしてあげるし、嫌だと思うはずがない。譲も、内心では分かっていたと思う」


「それでも、俺たちの考えを聞かないと不安は収まらない、か。随分と女々しいじゃねぇか、譲」


「……うるさいな」


気恥ずかしくなって顔を逸らす。それを見た二人が笑って、更に恥ずかしくなってくる。

すると父さんから真面目な話オーラが漂ってきたので、嫌々ながら目を合わせる。


「いいか、譲」


そこで一つ溜めを作り、父さんは言った。


「常に挑戦し続けろ」


「……」


「何も無謀なことをやれと言ってる訳じゃねぇ。どんなことでも良い、自分がやりたいと思ったらすぐに行動しろ。周りが許容する範囲で好きなだけやれ。そして最後まで諦めるな。それが一番お前のためになる。それだけだ」


「……それじゃあ、今度一緒にスカイダイビングしたいと言ったら?」


「そんな減らず口を叩くのはこの口か?」


ちょっと恥ずかしくなってそんな返しをすると、高所が苦手な父のゴツい手が顔に近づいてきて、慌てて体をのけぞらせる。


「ごめんって……あのさ、ありがとう。父さんの言う通り、色々やってみるよ」


「おう、そうしろ」


そう言ってニッと笑って、伸ばした腕そのままに頭をグシャグシャと撫でられた。


昔から顔に似合わぬ優しさと、イメージ通りの頼もしさを持ち合わせていた。若い頃から挑戦し続けて、数々の失敗を経て、今この言葉が出るまで経験を得たんだろう。そんな父さんからの言葉は重く、深く心に刻まれた。


止めないといつまでも撫でてきそうだったので払いのけようとすると、その前に母の手が頭上の手を叩き落とし、そのまま取って代わった。驚いている父さんを無視して、何事もなかったかのように話し始める。


「あのね、譲」


細長い指で撫でられながら、若干の羞恥心を覚えながら母の言葉を待つ。


「私から言いたいのは、全てを楽しむこと。色んなことに手を出せば色んな苦労をすることになると思う。嫌なこともいっぱい経験すると思う。もしかしたら諦めたくなるかもしれない。でもね、その時はなぜそれを始めたかを思い出して欲しい。そして初心に帰って目一杯楽しむ、そしたらガラッと視点が変わってどんどんいい方向に向かっていく。それが人生のコツだよ!」


そう言ってニコッと笑った。母さんも父さんに負けず劣らず凄い人生を送っている。日本一周したばっかりの俺の視点と、世界中を見た母さんの視点は全く違うものなんだろう。

それでも。


「いつかは母さんみたいな視野を持てるように、世界を旅してみせるよ」


「うんうん。楽しみにしてるよ」


「……もうそろそろ撫でるの止めてくれない?」


「えー、どうしようかなぁ?」


「さっき冷めないうちに食べてって言ったのは誰なんですかね……」


「確かにそうだったね。なら仕方ないかぁ……それじゃ、これでアドバイスは終わり!ほらほら、早く食べて!」


「さっきまで長話してたのはそっちじゃん」


「がっはっは!今日も飯がうめぇぞ!母さん!」


「ありがとう、譲は?」


「……美味い」


「うんうん。いっぱい食べてね!」


そんな賑やかな夕食は続いた。

この時、たしかに俺の心が変わった。



翌日、日の出前。俺はあの場所に来ていた。人生が変わったあの場所。徐々に明るくなっていく世界を見ながら、俺は堤防の縁に座っていた。


記憶に残っている風の感触、潮の香り、揺らぐ海面、浮かぶ雲。全てがどことなくあの日に似ていた。


それでも、俺は景色に集中することなく別のことを考えている。

昨日教えられた、父さんからは「常に挑戦すること」、母さんからは「楽しむこと」。その言葉を頭でずっと反芻していた。


聞いてからずっと、ここで朝日を見たいという思いを抑えられなかった。また新しいことを知ってここに来ることで、人生が変わりそうな、そんな気がした。まぁ、疲れで早く寝られたんだが、おかげで今こうして最高のパフォーマンスでこの景色を見ている。


そう、調子がいい。目の解像度は抜群で、耳も何も聞き逃すことはなく、鼻は世界の全ての匂いを感知している、はずなんだが……その割には特に何も感じるものがなかった。あの日感じた心の高ぶりが起こらず、ただ素直に感動しているだけ。


もしかしたら、あの日が特別だったのかもしれない。そう考えて素直に景色を楽しむことにする。


……だめだ。言葉が脳から離れない。嫌な気分ではなく、脳が必死に覚えようとして、そのたびに失敗しているような、もどかしい感触。その考えを振り切ろうとして目をつぶり、頭を振った。


そして目を開けた時、夜が明けた。光が目に飛び込んだ。全てがあの日と同じだった。


瞬間、あの日のことを明確に思い出した。

何を見て、何を聞いて、何を感じて、どんな事を思ったのか。まるでタイムスリップしたかのように、実際に情報を受け止めたかのように、言葉にできない奔流が脳で起こった。


記憶の自分は家から走った。今ここにいる場所まで必死に走った。美しい日の出を見るために「即座に行動した」。

まだ暗い海と空を見た。ぬるい風を受けて、海の匂いを嗅いで、どんどん世界が輝いていく様子を見て感動した。俺の全てを持って景色を「楽しんだ」。


俺の深層心理はこれを求めていたんだ。人生が変わった日、両親の教えと全く同じことをしていたという気づきを。思い出すことで、己の身をもって実感することが出来ると、俺の体は教えてくれていた。


俺は純粋に思った。


ああ、今日も最高の日だ。また新しい世界の見方を見つけた。趣味を始めた理由を思い出した。新しい視界が開けた。

今見ている朝日を、俺は忘れないだろう。



陽の光を噛みしめるように目を閉じた。


なんだか……脳みそが随分とスッキリしたように感じる。また1段階レベルアップしてしまったようだ。これからも己の心に従って挑戦し、それを楽しんでいこう。そう誓った。


「よし、帰ろう!」


そして目を開けると真っ白な空間に居て、目の前にいかにも神ですと全身で表現している人がいた。




…………………………え?

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