剣聖の婚約者

ヘイ

第1話 責任

 剣者。

 そう呼ばれる者たちが居る。彼らは魔剣を握り鬼を斬るのだと言われている。

 

「お、落ち着けよ」

 

 剣進けんしん学園。

 剣者を育成する機関であり、特に優れた学生は剣進学園五剣聖と呼ばれ恐れられる。

 

「ほら、謝るから……さ?」

 

 剣進学園に通う生徒達もまた魔剣を握り、鬼を狩る一人前の剣者になる事を目的として修練に励むのだ。

 

「…………」

 

 少年、飛鳥あすか國斗こくとは額に突きつけられた鋒に戸惑っていた。

 

「下着見たくらいで魔剣出さなくても……ね?」

 

 國斗の言葉が少女の琴線に触れたのか、鋭い斬撃が國斗の真横を通る。

 

「おおっっ!!??」

 

 ワナワナと少女が震えている。

 顔は真っ赤で怒りと羞恥に震え、キッと國斗を睨みつける。五剣聖の一人、紫雲しうんみことは薄紫の髪を揺らしながら叫ぶ。

 

「き、きき……貴様!」

「はいっ!」

 

 彼女が次に口に出した言葉は國斗には想像もしていない物だった。

 

「わ、私の結婚相手は私より強い者だと決めているんだ!」

「は? え?」

 

 結婚。

 何の話をしているのか。

 

「わ、私の下着を見ただろう!」

「え、う、嘘だろ……」

 

 この場合において命が言いたいのは詰まり、責任を取れと言うことだろう。

 

「いやぁ、俺は命様より弱いと思うなぁ……」

 

 國斗が苦笑いを浮かべ答える。

 この学園に於いて五剣聖に勝てる様な生徒などまず居ないだろう。

 

「ならば」

 

 命の顔は赤いまま。

 彼女の魔剣が音を置き去りにして振るわれる。

 

「死ね!」

 

 流石に死ぬ。


「うぉおっ!!??」


 國斗も咄嗟に魔剣を召喚する。

 

「それが貴様の……魔剣」

 

 魔剣は魂と結ばれた剣。特殊な能力を宿し、単純な刀剣とは比べ物にならない程の威力を持つことから魔剣と呼ばれている。

 

「私の相手に相応しいか! 見せてみよ!」

「これどっちが勝っても角が立ちそうなんですが!?」

 

 國斗が彼女に負ければ物理的に死に、彼女に勝てば結婚を強いられる。どの道、彼に逃げ道はない辺り相当だ。

 

「何でっ……編入初日からこんな目にぃっ!」

 

 國斗は向かいくる彼女の魔剣、金剛剣を自らの魔剣で防ぐ。ぶつかり合うたびに火花が散る。

 

「なかっ……なかやるではないか、編入生とやら!」

「そりゃどうも! 兎に角、こんな不毛な戦い辞めましょうよ!」

 

 鍔迫り合い必死の形相で見つめ合う。

 

「無理な話、だ!」

 

 弾けて距離が開いた。

 

「貴様は私のパ、パン……ツを見たんだ! 死ぬか責任を取るしかあるまい!」

「死にたくねぇよ!?」

「なら責任を取るために勝つしかあるまいな!」

 

 再び接近。

 彼女の袈裟斬りを受け止めて、弾く。何度も重なる切り合い。高度な駆け引きが行われている。

 

「良く考えろ! 俺でいいのか!? 結婚相手は俺でいいのか!?」

 

 國斗は自らを左手の親指で指しながら叫ぶ。黒髪で中々整った顔立ちであると國斗も自負しているが、流石に今回の件では尋ねるしかない。

 

「少しずつ知っていけば良いし! 私も好きになっていく所存!」

「クソ! 懐広すぎんだろ!」

「浮気だけは許さない!」

「その点は全面同意だ!」

 

 國斗が逆袈裟で彼女の剣を弾く。

 

「……貴様、五剣聖の私相手にここまで。ならば私の奥義を見せよう」

「ちょ、待て! 奥義は不味い!」

 

 魔剣には奥義と呼ばれる技が存在する。

 魔剣の出力を二〇〇パーセントにまで引き上げる究極の攻撃。扱えるものは剣者の中でも少数。学生では更に限られ、五剣聖のみが使えるのではないかと言われている。

 

「『金剛修羅光明剣こんごうしゅらこうみょうけん』!」

 

 命の背後に巨大な修羅が現れる。右手に剣を持ち、國斗を見下ろしている。

 

「アカン……そう言うのってもっと大事な場面で使う奴じゃん!!」

 

 こんなくだらない事に奥義を持ち出すなどどう言う事だ。國斗の魂の叫びに彼女が答える。

 

「け、結婚は乙女にとって大事な事だもんっ!」

「…………っ!!」

 

 ご尤もです。

 國斗は振り下ろされた長大な剣を全力で避ける。前転し、後方を振り返れば振り下ろされた巨大な剣が見える。

 

「はあっ!」

 

 次いで横薙ぎ。

 避けられない。

 

「クソ! 『黒曜』!」

 

 小さな刀が折れる事なく修羅の握る刃とぶつかり合う。

 

「ノォアアアアアアッッッ!!!!」

 

 足元が横に少しずつずれていく。元の位置から左に一メートル。漸く國斗の身体が止まる。

 

「ドォラァッッッ!!!」

 

 全力で修羅の刀をかち上げ走り出す。

 

「お、俺の……ハッ……ハア、勝、ち」

 

 國斗が剣先を命の額に向けて宣言した。

 

「おい、飛鳥〜……」

 

 國斗が中年男性の声に顔を上げて反応を返す。

 

「あ、庄司しょうじさん!」

「おう」

 

 白衣を着た短髪の男、御影みかげ庄司は剣進学園の教頭である。編入手続きの為に國斗を探していたのだ。

 

「お前」

 

 國斗と命の様子を見て呆れた様にため息を吐いて、額を右手で覆う。

 

「ハア……騒ぎ起こすなって言ったのに」

「……」

 

 面目ない。

 國斗が「すんません」と言いながら彼の近くに行くと命も庄司の元に寄ってくる。

 

「どうした、紫雲?」

「今回のは非公式です。幸い、他の生徒も周囲には居ませんでした」

 

 居た場合は全員の記憶を消さねばならない所であった。

 

「騒ぎというほどではありません」

「そうか」

「それはさておき……挙式はいつにしますか?」

 

 見上げてくる命からフイと國斗は視線を逸らした。結婚の話は進んでいる様だ、彼女の中で。國斗としては消化しきれていない部分が多いのだ。

 

「紫雲……悪いことは言わんからコイツは辞めとけ」

「嫌です。責任を取ってもらわなければ」

「コイツに女心の理解なんて期待するだけ無駄だぞ」

 

 庄司の言葉にどう言う事だと抗議する様に視線をぶつけるが、彼は國斗を無視することにしたらしい。目が一瞬あったかと思うと直ぐに逸らされた。

 

「問題ありません」

 

 好きになっていくと彼女は言ったのだから。

 別に彼女が惚れやすいのではない。國斗が強かっただけ。強かったから、好きになっていこうと彼女は言ったのだ。

 國斗とて他人からの好意には慣れていないが、こうして向けられる事には些かばかりの喜びがある。

 

「おい、國斗」

「え……? 何ですか?」

「マジで結婚すんのか?」

 

 結婚などと言われてもわからない。

 だが、彼女の好意は今はまだ小さな物だとしても。強さにしか今はまだ意味を見出されていないのだとしても。

 

「いや、悪くないなと」

 

 庄司が信じられない物を見る様な目で國斗を見ていた。

 

「お前……そうか」

 

 彼は納得した様な表情を見せた後で、「取り敢えず校長室に行くぞ」と告げた。

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