女占い師、「揚げても溶けないアイスをよこせ」と言う。
今日は夕方になるまでお客様のいない日だった。
最近では遅くまでだれも来ない日は稀な方だけど、姫様しか来なかった時はそれが普通だったから、前に戻ったようで少し寂しく思いながらマグカップを洗っていた。
そんな時にやってきたお客様は、砂漠の国の王子マクトゥーム殿から聞いていた、女占い師だった。
「ご注文は……?」
「フィヒ」
「マスターと同じタイプか……」
かなりのコミュ障だった。
メニューを開かないどころか、恥ずかしがり屋なのかメニューで顔を隠しているレベル。
その顔を隠しているメニューを見てもらわないことには話が始まらないんだよな。
「困った……」
「大変ですね」
「だれのおかげだと思ってる?」
あんたのおかげだよ!
なにも頼まないで居座るお客様も客に数えるけれども、そろそろお冷とおしぼり以外のモノを出したい気分だ。
お茶とかお菓子とか。
「なにか頼んで欲しいんですけど」
「ちょっと待ってくださいよ。あなた早漏ですか」
「もっと言葉に気をつけてくださいよコミュ障」
ぴきぴきと額に青筋が立っていくのを感じる。
こんなド直球に失礼なことを言ってくるお客様は初めてだぜボクは。
できることなら怒りたいところなんですけど、
「くっ……でかい……」
女性らしさを表すところが、だいたい大きい。
しかも占い師風のローブと、踊り子みたいな露出の多いアラビアンな衣装を着ていて、とても目の保養になってよろしくない。
そんなことをされたら好きになっちゃう、とまでは言わないまでもなにをされても嫌いになれない気がする。
気がするだけ。強くて正しい大人(ぎりぎり成人)だから負けない。
「占い師じゃなくて踊り子なんじゃないですか?」
「こうすると男どもから金を巻き上げられて楽なんだ」
「分かってしまう自分が嫌だ……踊り子たすかる……」
できれば水晶とか操ってないで踊ってほしい。
健全な男子だから無限に欲望が漏れ出てしまう。
どうにかなってしまう前になにか頼んでほしい、その前にメニューで顔を隠すのをやめてほしい。
「うちの水晶玉で占ったら幽霊に言われたんだけどさ」
「この喫茶店って幽霊いるんだ……知らなかった……」
客として来たけどボクが気づかなかったのか、それとも居着いているのか。
音楽を聴ききながらモップがけして踊っているところを見られていたらどうしよう。
「ここに来ると『揚げても溶けないアイス』が食べられるらしいね」
「なにそれ知らない……その幽霊さんほんとにうちの幽霊さんかな……」
アイスは出しているけれど、そんな変化球のアイスはメニューになかったと思う。
なにか別の世界線と混線しているんじゃないだろうか。
「揚げ物も好きなんだけどアイスも好きなんだよね」
「わかる」
「両方あわせたら……最強なんじゃないの!?」
「ラーメンにケーキをぶちまける人ってこういう発想するんだろうな」
俗にケーキラーメン理論。
どう考えても合わなそうなものを「自分の好物だから」と混ぜ合わせて台無しにすること。
「アイスは温めると溶ける。子供でも知っている常識ですが……フィヒッ!」
「なんだなんだ急に笑い出したぞ」
「熱いのに溶けないアイス、そんな不思議なものを食べたらあたしどうにかなっちゃうかも!」
「おいおいそういうプレイか?」
常識が通じないお客様は珍しくないけど、こんなにも堂々とおかしな人はマスター以来だ。
そういうのはひとりで静かに満たされた状態でやってほしい。
「じゃ、あたしはここでメニューとにらめっこして待ってるから作ってよ」
「メニューくん、目と鼻の先にえっちな占い師さんがいて緊張してますよ」
「あんたは後で構ってあげるからアイスちょうだいよー」
しょうがねえな作るか……
お冷を追加したらカウンター裏に引っ込んで準備を始める。
おそらく世間一般では冷蔵庫とも自動調理器とも呼ばないだろう不思議な冷蔵庫(仮)に頭を下げ、タッチパネルにアイスクリームを注文する。
アイスはアイスでも、トルコアイス。
普通のアイスではない理由は食べてからのお楽しみ。
「はーやーくー」
「おだまり欠食児童」
手足をパタパタと振って萌え袖のローブを振り回す占い師が急かしてくるのを無視する。
あんまり可愛いことをされるとうっかり手が滑るかもしれない。
コンフレーク・砂糖・バニラサンドクッキーも用意したら、これをボウルにあけて砕いていく。
これはアイスクリームの衣に使うから、固まりができないようにしっかりと力を入れて細かく砕いていく。
「フィヒ……男が袖まくって料理してるところ最高……」
「目の付け所がいやらしい」
もしかして朝のニュース番組でイケメンが料理するコーナーが主婦に人気なのってそういう……
頭を振って邪な考えを振り払う。
細かく砕いたコーンフレーク・砂糖・バニラサンドクッキーの衣に、よく冷えたトルコアイスの玉を転がしてたっぷりと衣をつけていく。
ボールになったトルコアイスと衣の玉を、溶き卵に浸して揚げ物の衣を作る。
そしてこれを冷蔵庫(仮)に入れる。
「今から冷やしたら間に合わないと思うんですけどー、いつまで待たせるんですかー?」
「おだまり、うちの冷蔵庫……冷蔵庫? 冷蔵庫(ちょっと自信がなくなってきた)を舐めるんじゃない」
「それがなんなのか分かってないじゃん……」
それはそう。
冷蔵庫(たぶんそう)の扉を閉じたら、タッチパネルで「2時間冷凍」と入力する。
すると、数秒後には2時間冷凍された衣のついたトルコアイスのボールが出てくる。
「どういう仕組みなの?」
「さぁ……知らないけどなんか出来上がるんだよね……」
「よくそんなもの口に入れようと思うよな。はやく食べさせて」
そしてこちらが、菜箸を入れたら泡が立つほど熱した油です。
こちらの油に、衣をつけたトルコアイスを30秒ほど投下します。
「ヒヒ……跳ねる油の中にはアイスクリーム……」
「またなんかのプレイしてる……」
「熱い油の中に冷たいアイスを入れちゃって可哀想だと思わないの? ジュージュー鳴ってる音はアイスクリームちゃんの悲鳴なんだろうね。油さんも冷たいもの入れられて一緒に悲鳴あげてるよ?」
「そんな猟奇的な発想をされてもついていけない……」
自分の体を抱きながらぞくぞくと震えている占い師から目を逸らす。
見た目とやっていることはえっちなんだけど言ってることが怖い。
揚げたアイスクリームを取り出したら、生クリームとチョコソースをトッピングして、完成。
「こちら、アイスを揚げたもの、クザルムッシュ・ドンドゥルマです」
簡単にいうとフライド・アイスクリーム。
アジア料理店などではポピュラーなスイーツだけど、今回はトルコアイスを使ってトルコ風の揚げアイスにした。
「アイスちゃん揚げ物にされちゃって可哀想。今、衣をぶち破ってどろっどろの中身をお皿の上に垂れ流してあげるね」
「もうなにを言っているかも分からなくなってきた。どうぞご賞味ください」
「フィヒ!」
メニューから顔を離した占い師は、瞳をキラキラと輝かせながら頬を緩め、よだれを垂らしてナイフとフォークを構えている。
ああどこから切ろう、どうやって破ってやろうか、なんて言いながらとても楽しそうにしているから、面倒なお客様ではあるけど悪い気はしない。
決して、踊り子衣装と褐色の肌がえっちだとかそんなんじゃない。
「い、いただ、フヘ、いただきます!」
「刃物を持ってる時は落ち着いてください」
揚げた衣をフォークで刺し、ナイフで切る。
すると生地の中からトロトロの冷たいアイスクリームが出てくる。
「ふおおおおおおお」
「なんか慣れてきちゃったな」
マスターと同じタイプの生き物だと思えば扱いも分かってきた。
いちいち反応するよりも、目を離せない子供が変なことをしないか見守って腕組後方保護者面していればいいんだ。
とろりとしたアイスクリームを生地にたっぷりと絡み付かせて、粘るトルコアイスをナイフで断ち切り、占い師が一口目を食べた。
「んん〜!」
ナイフとフォークを持ったまま嬉しそうにパタパタしてる。
フライドアイスは美味しいだけじゃなくて、食べて楽しい食べ物だ。
「外はサクサクで熱いのに、中はトロトロで冷たい! 揚げたのになんで?!」
「衣を厚くしてサッと揚げれば、中の冷たいアイスは溶けないんです」
「すっげー! しかも、このアイスめっちゃ伸びる!」
トルコアイスにしたのも理由がある。
普通のアイスだったら食べている間にも溶け出してお皿の上でスープになってしまう。
でも粘るトルコアイスなら、溶け始めても衣の生地に絡みつかせれば無駄なく食べられる。
「うーん、どろどろで……濃くて……白くて……ねばっとしてる……」
「言葉に気をつけろよ喫茶店だぞ」
あまりそういうえっちなことは言わないでいただきたい。
店員が惑わされるだろ、踊り子さんたすかる。
「おかわり!」
「はいはいまだありますからね」
あっと今にチョコソースまで綺麗に食べてくれた。
第一印象はかなり悪かったけど、動きが可愛いし子供っぽくて好きになっちゃう。
ボクはお茶とお菓子を美味しく綺麗に食べてくれる人が好きだから……
「お金ないから
「食べ終わったらさっさと帰って」
「なんか? 異世界から? お客さん? 来るってよ?」
「ボクから見たらここが異世界なんだよな。あと占うならもっとはっきり占ってほしい」
「また別の世界だって。バイトの故郷でもないらしいよ」
異世界は一個だけでお腹いっぱいなんだが?
王族ばっか来る喫茶店でワンオペしてるバイトです【連載版】 すもものモーム @maugham
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