砂漠の王族、コーヒーを飲みに来る。
日差しの心地よい晴れた昼下がりのことだった。
ロリリア様が異国風のお客様を連れて来た。
「詳細は省くが、砂漠の国の王子がコーヒーを飲みたいというので連れて来た。お前の腕に外交がかかっているぞ」
「やぁ。ここで
「喫茶店をなんだと思ってるんだろうな……」
ジャンプの料理漫画とか信長のシェフじゃないんだからさ。
美味しくお茶してもらうための店に外交とか大問題を持ち込まないでほしい。
「コーヒーはともかく、異世界の喫茶店を名乗るのだからお茶請けは見たこともないようなお菓子で頼むよ」
「無茶に無理を重ねてきたな……」
こっちの世界にある砂漠の国がボクの世界にある砂漠の国と同じかどうか分からないし、たけのこの里を日常的に食べている国だったらどうしよう。
きのこ派は死んでしまうしかない。
「チョコ、そうだなチョコがいい」
「コーヒーに合うお菓子の定番といえば定番ですね」
「不味かったら……君、分かってるね?」
「王族って人に無茶を言うのが仕事なんですかね」
「私はそうでもないぞ」
「喫茶店のバイトに外交を託した人が言うのか……っ!」
まぁ作るけど。
コーヒーは普通にアラビアンコーヒーでいいだろう。
魔法で自動翻訳された言葉の中に「アラビック」と言っていたしそう間違ってはないはずだ。
「熱した砂は用意できないので炭火で失礼します」
「ん? ああ、オレは気にしないから君のやりやすいようにやってくれて構わない」
「優しい……正しく作らないと首をはねてくる信長みたいなパターンじゃなかった……」
DV彼氏に優しくされて勘違いする彼女の気分だ。
ブラック企業で休みをもらって喜ぶ社畜の方が近いかもしれない。
とりあえずコーヒーの方向性は決まった。
あとはそれに合うお茶菓子を選ぶだけ。
「チョコは甘いものと苦いもの、どちらがよろしいでしょうか?」
「甘い方がいいな。長旅で疲れが……いや、滋養をとるならカカオが強い方がいいか?」
「それでは両方ということで」
チョコなら同じメニューで味を変えればいいから、即興でもまだなんとかできそうだ。
組み合わせは考える必要があるけど。
アラビアンコーヒー、もしくはトルココーヒーは日本では馴染みがないものの、スパイスを入れた飲み方が特徴的。
それに負けないだけのお菓子を用意しないと、コーヒーが勝ちすぎてちぐはぐになる。
ただのチョコに何かを添えるだけでは足りないだろうな。
「分かりました。それでは用意させていただきます」
「ま、不味くても気にはしないからそれなりの物を頼むよ」
なんだぁてめえ。
飲んだ後に不味いと言われたら納得するけど、最初から期待していないと言われるとピキっとくるぞ。
お前満足させてやるから覚悟しとけよ。
「マクトゥーム殿」
「うん?」
「あまり私のバイトを苛めるようでしたら、今後の付き合い方を考えなければいけませんね」
「ロリリア様……」
「それは悪いことをした。謝罪しよう。それだけの物を出してくれるんだろうね?」
「嬉しいですけどハードルが上がってます」
「あっ」
けっこうな無茶振りがもっと無茶になった。
それはそれとしてかばってもらえて嬉しくもあり、今度なにかサービスしてお礼を言おう。
「アラビアンコーヒーにモカ、それもイエメンのマタリ産だな……」
腕を組んでメニューを考えるボクを、マクトゥームと呼ばれていた王子とロリリア様が見つめている。
口元を手で隠して呟きながら考える姿が珍しいのかな。
人目を集めていることにすこし緊張するけど、メニューに没頭すればその緊張もすぐに解ける。
「
アラビアンコーヒーは浅煎りでトルココーヒーは深煎りというけれど、特に厳密な違いはなくてバリスタに任されている。
王子様ともなればカルダモンが入っているくらいでは満足しないだろう。
他にもシナモンなどを入れて味にリッチ感と深みを出していこう。
そうと決まれば後は作るだけ。
アラビアンデザインの縦長で取っ手のついた小さな鍋を取り出す。
「初めて見る道具だな。それはなんという?」
ロリリア様から質問が飛んできた。
このポットは現代日本でもなかなか見ないだろう。
「へぇ、
「ええ。本格コーヒーを名乗るなら、コーヒー発祥の地の淹れ方も勉強しないと」
「バイト、といったか。なかなか分かるじゃないか」
バイトは名前じゃないけどまぁいいや。みんなそれで呼んでくれるし。
イブリックと一緒にスパイスを入れた鍋を炭火にかける。
まずはお湯を沸かさないことにはコーヒーを淹れられない。
「そっちのスパイスはなにをしている?」
「お菓子に使うのかい?」
「これはコーヒーに入れます。カルダモン、クローブ、シナモン、粉末にしたジンジャーです」
ふむ、とロリリア様が腕を組んだ。
「これが
「こうやって何種類も入れることはあるね。普通はカルダモンだけなんだけど」
「お疲れのようですから、香辛料で元気を出していただこうと思いまして」
シナモンもジンジャーもお菓子によく使われるスパイスの王道で、クローブは日本では馴染みが薄い香辛料だけど、ナツメグに似た甘くて上品な香りが持ち味。
コーヒーの香りを華やかにさせて風味を増すにはこの組み合わせが一番。
これと一緒にお菓子も作り始める。
「そのナッツは?」
「ピーカンナッツです。これをチョコで包んでいきます」
「一工夫ってそれだけかい?」
「まだまだ序の口です」
ピーカンナッツをローストしつつ、ボウルに50℃のお湯とチョコをあけて湯煎にかけて溶かす。
いい具合になったらピーカンナッツを取り上げチョコに入れて、よく絡めていく。
そして、ここから。
最中の皮を取り出す。
「また知らないものが出てきたな」
「最中という日本のお菓子があります。その皮だけを使います」
チョコが固まりきらないうちに最中の皮に、ナッツを包んだチョコをのせていく。
そして「よくお菓子の上に乗ってるピンク色の粒々」こと、木いちごを乾燥させたフリーズドライフランボワーズをのせる。
これでお茶菓子は完成。
次はアラビアンコーヒーを進める。
スパイスを煮出したお湯をイブリックに移して炭火から下す。
そしてイブリックに挽いたコーヒーの粉を3杯ほど入れる。
すぐに粉がぷくぷくと膨らんでくるから、もう一度炭火にかける。
泡が細かくなって吹きこぼれる寸前に炭火から離す。
これをそのままカップに注ぐ!
「フィルターには入れないのだな?」
「はい。コーヒーの粉も一緒に入れます」
そのコーヒーの粉が沈むのを待っている間にも、コーヒーとスパイスが混ざったかぐわしい香りが店内に広がる。
カップの底に粉が沈んでいったら完成。
「どうぞ、アラビアンコーヒーとピーカンナッツのチョコ最中です」
背が低く小ぶりなコーヒーカップにのせてお出しする。
チョコレートは甘いものと苦いものの2種類。
「香りは合格といったところかな」
カップを回してコーヒーの香りをくゆらせる姿は、さすが王子様だけあって堂々としている。
コーヒーに負けないだけのスパイスの香りが食欲を刺激してくる。
「ありがたくいただこう」
カップを傾ける。
砂漠の国の人にしか、本場の人にしか出せない自然な雰囲気を醸し出しながら、一口飲んだ。
よくよく味わってからマクトゥーム殿が顎をさすって、一言。
「うん、本国で飲むものに勝るとも劣らないものだ」
小さくガッツポーズ。
異世界とはいえ、コーヒー発祥の地の人に褒められて悪い気はしない。
「何種類もスパイスを用意し出した時は驚いたが、なるほど、砂糖やミルク以外にもこういう味の付け方があるのだな」
ヨーロッパで発達したコーヒーとは枝分かれしたアラビアンコーヒーやトルココーヒーは独特で、国によってはコーヒーの皮と香辛料を煮出すものまであるという。
そのためお茶はお茶でも気軽に飲むというよりは、ゲストをもてなすための大事なドリンクであったり、国によっては漢方薬に似たエナドリのように扱われているという。
「このコーヒーとスパイスのハーモニー、うん、よく出来ているじゃないか」
「ありがとうございます」
コーヒーは合格したようだ。
最初はとげとげしい人だと思ったけれど、素直に褒められると好感度が上がってしまう。
「菓子の方は……私もこの店で見たことがないものだな」
「ナッツとチョコの組み合わせはポピュラーだけど、モナカというのは初耳だな」
「どうぞお試しください」
「うん、いただくとしよう」
モナカとチョコの相性については、偉大なチョコモナカジャンボが証明している。
とはいえチョコモナカジャンボをそのまま出すのも喫茶店の名折れ、ちゃんとスイーツを自作して一工夫いれた。
最中をアレンジしたのは初めてだけど自信はある。
「……うん」
マクトゥーム殿が口に入れた。
食べやすいよう一口サイズにしたモナカの皮に、ピーカンナッツを絡めたチョコレートが包まれている。
「このモナカというのはパリパリとした食感が楽しいね。それに香ばしいな」
「チョコも、コーヒーの苦みとスパイスの風味の後で食べると、甘さが嬉しい」
かなりの高評価。
ナッツを入れたのも最中で包んだのも、正解だったようだ。
アラビアンコーヒーの格調高い風味の強さに負けないためには、ナッツとモナカで香ばしさを、チョコレートの甘味と苦味でまとめる必要があった。
それでうまくバランスを取れたんだろう。
「俺が出した条件はふたつ、『アラビアンコーヒー』と『俺が見たこともないようなお茶菓子』だった」
だから本格的なアラビアンコーヒーと、この世界にあるかどうかも怪しいモナカの皮を使ったチョコレートを出した。
「合格だよ。どちらも最高のものだった。俺と一緒に来た連中にも出してやりたいんだ、お茶菓子だけでも持ち帰るかな?」
「もちろんです。よければ他に追加しますよ」
とても嬉しい。
見返してやったとかじゃなくて、自分の作ったもので人が喜んでくれる姿がなによりの幸せだから。
それも異世界とはいえ本場の人に認めてもらえたことで感慨もひとしお。
「じゃ、次は俺より面倒くさい女の占い師が来ると思うから、そいつのことも頼むよ」
「この世界の王族って人に無茶振りしないと生きていけないんかな」
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