金髪王女様、バイトに無茶な注文をつける。
「鮮やかな真っ赤が出せないんですよね。やっぱり顔料が違うんでしょうか」
「うーん、このカップも綺麗に見えますが……」
スカーレット様が持ってきたカップはワインレッドの大人っぽいカップとソーサーのセットだった。
なんでも王女様が直々に運営している陶器工房があるとかで、うちの喫茶店にある食器を見てインスピレーションを得て色々と作っているらしい。
それでたまに見せてくれることになったんだけど……。
「原色の綺麗な色を出そうにも、ここから原料を変えると陶磁器に定着しなくって」
「どんどん専門的な話になってきた」
あっという間に芸術家目線での話になってしまってついていけなくなる。
ボクは喫茶店に合いそうな食器を選ぶことはできても、どういう食器にどれだけの価値があるだとかそういう目利きはできない。
「それで本題なんですけど」
「前置きにしてはすごいマニアックな話だった……」
「このカップとソーサーに合う飲み物を用意してください」
「本題はもっと難しい話だった……」
カップ&ソーサーをよく見る。
ムラなく塗られたワインレッドは鮮やかで、現代日本でもかなりの価値がつきそう。
とてもお姫様のお遊びには見えない。
「実は、けっこう切羽詰まったお話なんです」
「作れと言われたら、とりあえずやってみますけど……」
まだ背景が分からない。
ただの注文ならいつも通り自分なりにやってはみるけれど。
「私の工房が資金難になってまして」
「王族御用達が経営の危機……どこかで聞いた話だな……」
うちはお代をいただかなくてもやっていけるとマスターが言ってたけど、工房ともなれば色々とあるんだろう。
ここまで綺麗な食器を作るんだから原材料だけでもすごいお金がかかっていそう。
「それというのも私が色々と試していくうちに材料費がかさんだんですよ」
「これだから凝り性のオタクは……」
「私の趣味に税金を使うわけにもいきませんし、かといって趣味もやめたくないんです」
「公私ともに真面目すぎる」
さっきまで
経営を気にしたり職人になったり忙しい人だ。
「なのでカップとソーサーのセットを売り出そうと思ったんです。そこに目新しい飲み物もあればマーケティングになると思って」
「ファンタジーな異世界で急に横文字が出てくるとびっくりしちゃうな」
やりたいことはだいたい分かった。
問題はボクは他の誰かが考えたものを言われたままに出す仕事で、マーケティングだって専門外だってこと。
「どうか考えていただけませんか?」
「困っているお客様の力になりたいのは山々なんですが……」
「成功したら報酬は期待してくれていいんですよ?」
「やらせてください」
お金とか褒美とかそういう話をされると弱い。
決してスカーレット様が腕に抱きついてきて胸が当たってきたのに負けたとかそんなんじゃない。
「受けてくださってとてもありがたいです♪」
「うーんボクはもっと嬉しい気分なんですが当たってます緊張します」
「当ててるかもしれませんね?」
「いけませんお客様ー!」
困ったな。大人の女性には弱いのでこういうことをされると困る。
脳裏でロリリア様の怒った顔が浮かんだので大急ぎでカウンターの裏に逃げる。
「あなたには期待してますよ♪」
スカーレット様がカウンターに頬杖を突きながらにこにこと微笑みかけてきて動悸がやばい。
緊張でうっかり手を滑らせそう。
「飲み物といっても、なにかご希望はありますか?」
「若い女の子受けがいい甘い飲み物です」
「モテたことのない若い男の子には無理難題がすぎる」
「あら、こんないい人なのにもったいないですね」
そういうことはあまり言わないでほしい。
女性に免疫のない男子だから簡単に勘違いしちゃいそう。
男子校出身だったらもう勘違いしてるところだった。
共学でよかったとこんなに感謝した日はないよ。
「女性向け……というか若者向けだとジュースは定番ですよね」
「手軽さでいえばそうかもしれませんが、貴族の娘に売るとすると庶民的すぎるかもしれません」
「名家って大変だなー」
日本で話題のクレンズジュースやコールドプレスジュースならうちから卸せていいかと思ったけど、やっぱり異世界だと感覚が違うんだろうな。
しかしジュースがダメとなると、この異世界でも珍しいものはどうやって作ればいいだろう。
「こっちのコーヒーはなくても
「毎日飲まされてますね」
「
「緑のお茶……?」
なるほど。茶葉はあるけど緑茶はないか、それか一般的には飲まれてないんだろう。
茶葉があるならこの世界でも製法を真似て作ることはできるだろうし、入手方法もそんなに困らなそうだ。
「緑茶。これならいけるかもしれません」
「緑のお茶……私、とても気になります」
「ちょっと、いやかなり邪道なものですがこの場で作りましょう」
「やったぁ!」
大人っぽい女性なのに急に子供っぽいところを見せないでほしい。
好きになっちゃうだろ。
千利休が見たら右ストレートで殴ってきそうな、お茶の世界からすれば異端ともいえるドリンクを作る。
抹茶ラテを、作る。
「こちら抹茶といいまして、紅茶とは別の方法で発酵させた茶葉を粉末にしたものです」
「粉のお茶ですか。長旅に便利と聞いたことはありますが……」
「このような形ですが、緑茶の最高級品です」
「ふむん」
こっちの世界の人からすれば本格コーヒーを飲みにきたのにインスタントコーヒーを出されたようなものだろう。
これを和洋折衷にして利休に喧嘩を売るような飲み物に変えさせていただく。
「ボウルに出した抹茶小さじ1杯に、生クリームと砂糖をお好みで入れます」
お好みとはいったけどそこそこの量を入れる。
「見ているだけでも甘そうですね?」
「抹茶は苦味が強いのでこれくらいでないと甘味が負けてしまうんです」
「ふむふむ」
スカーレット様はいつの間にか取り出したメモ帳に羽ペンでさらさらとメモしていく。
メモ帳はクリーム色で高級な雰囲気があり、柔らかい羽ペンもインクをつけていないのに書ける特別仕様のマジックアイテムらしい。
コーヒーのうんちくを語った時にロリリア様もやっている仕草で、この姉妹は勉強家で似たもの同士なんだろう。
「お湯を少しだけ加えて、ダマにならないよう溶かしつつ目一杯混ぜます」
「ふむ」
「これでもかというほど混ぜます」
「お菓子と同じで難儀なものですね」
甘いものはだいたい混ぜる必要がある、とはどこかのパティシエの言葉らしい。
抹茶は固まりやすいから小まめにお湯を加えながら混ぜるといい感じになる。
「抹茶シロップが出来上がりましたら、鍋で温めた牛乳を注ぎます」
「甘そうですね」
「今日は見た目にもこだわっていきたいので、このミルクフォーマーを使います」
「リリーナちゃんがカプチーノを飲んだ時に使ったものと聞いています」
抹茶ラテにさらにミルクを注ぎながらピッチャーを傾けて模様をつけていく。
カップに注いだものがこぼれないように気をつけて、けれど模様が沈んでいかないよう素早く注ぐ。
「葉っぱの模様、ですか?」
「ラテアート、といいます。コーヒーなど色の濃いものに、泡立てた牛乳を注いで描きます」
「ふむ……これは目にも嬉しい工夫ですね」
カップをスカーレット様が持ち上げる。
彼女が持ち込んだワインレッドのティーカップの向こうに、赤い瞳がキラキラと輝いている。
「ラテアート。カップだけではなく注がれた飲み物でも美しいものが作れるのですね……」
日本ではたしかに見慣れた模様ではあるけれど、今でもSNS映えのするメニューとして親しまれているし、異世界の人ともなればより感動してもらえるかもしれない。
「それにこの抹茶の色、ワインレッドの補色にある濃い緑色を選ぶとは、バイトさんもデザインに詳しいようですね」
「知らなかったそんなこと……補色ってなに……」
ネットの辞書によると「ある色と相性の良い色」という意味らしい。
例えば白い背景に黒い文字とか。
ボクがスマホで補色という言葉を検索している間に、スカーレット様がカップを傾けて抹茶ラテを飲んだ。
「うん、甘くて飲みやすいのにコクがあっていいですね。大人も飲めるいいメニューになりそうです」
「コーヒーを加えて抹茶コーヒーラテにするのもいいですよ。甘さを気にされる男性はそうやって飲んでいる人もいます」
「老若男女にも提供できる汎用性がありますね……」
スカーレット様が両手で持ったカップの中で揺れる抹茶ラテを見つめながら考え事を始めた。
これは長そうだ。今のうちに甘さを変えたり牛乳を豆乳に入れ替えたお代わりを用意しておこうかな。
「決めました。うちの茶畑にも作らせましょう」
「王族御用達がまた出てきた」
「どうせならいろんなところを巻き込んで元手を増やして大きく儲けましょう」
「生まれついてのビジネスパーソンが出てきちゃったな」
話が大きくなってきたので、適当に相槌を打ちながら抹茶ラテのバリエーションを作る。
そろそろ経営とか大きな話にはついていけなくなってきたから。
「レシピ考案者としてバイトさんの名前を載せておきますね」
「はい」
今なんかボクに関係ありそうな話題が流れた気がするけど、まぁ悪いことにはならなそうだしどうでもいいか。
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