「そこの胸が大きくてコミュ障の魔法使いがうちのマスターです」

 今日もバイトのコーヒーを飲みに来てやった。

 閑古鳥が鳴くこの店は私が飲み食いして支えてやらねばなるまい。


 決してバイトに会いに来たとか話に来たとかそういうわけではない。

 ないったらない。 


 そういうわけで今日も他に客のいない店に来てやったのだが……。

 私の他にもうひとり客がいた。

 どういうわけかバイトはその女性が見えていないかのように振舞っている。


「……こんにちわ」


「………………フィヒッ」


 その女性はぎこちなく微笑みながら頭を下げてきた。

 もしかして今の変な音は挨拶か?

 魔法使いのようなローブを着ているが、異国の文化かそういう職業とか事情があるかもしれないから深く聞かないでおく。


 だがしかし、うむ……。


「大きいな……」


 どことは言わないが、女性らしさを表すところがとても大きい。

 大人の女性らしさでいえばスカーレット姉様に匹敵するんじゃないだろうか。


 羨ましくもあるが嫉妬はしない。

 私も血筋的にはすぐに成長するはずだ。

 きっと。たぶん……。


「おいバイト」


「はい?」


「こちらの女性にどうして水を出してやらない?」


「女性?」


 バイトがきょろきょろと辺りを見回す。

 まったく見当違いの方向を見ている上に演技している風にも思えないから本当に見えていないのかもしれない。


「すぐそこに座っているじゃないか」


「すぐそこ?」


「キャヒッ……」


 私が示した方向にバイトが目をやって魔法使い風の女性と視線が重なる。

 そのせいか女性がちょっと聞いたことのないような小さい悲鳴をあげた。


 ようやくなにかを察したのか、バイトが何とも言えない微妙な顔をする。

 初めて見る顔で、あまり人前ではやらないような表情にすこし驚く。


「もしかして、体の一部がローブの上からでも分かる大きな魔法使いの女性がそこに座っていますか?」


「もしかしなくても、胸部が豊かで女らしい体をした魔法使いがそこに座っているぞ」


「その人、マスターです……」


「こいつが!?」


「エヘヘ」


 魔法の道具や奇妙な機械をたくさん持っていて、こんな喫茶店を構えられる魔法使いと聞いていたから、もっと堂々としていて威厳に満ち溢れるものだと思っていた。


「それがこんな……猫背で緊張感のないふぬけきったような女性が……」


「フヘ……」


 ふにゃふにゃとして甘ったるい声だった。

 こういうおとなしい女性に魅力を感じる人もいるだろう。

 なんだか見ていて放っておけない方だ。


「まだ見えていないんですが、とりあえずここにマスターがいると仮定して話を進めます」


「もうひとつ右の席だぞ」

 

「見えないの不便だな……ここら辺かな」


 マスターの頭のあたりを狙ったバイトの手は空振りして、「きゃっ」と小さい声が聞こえてくるだけだった。

 執拗にローブを狙うバイトとその手から逃れるマスターの一進一退の攻防が続く。


「女性の服を剥ごうとするのはどうかと思うぞ」


「ローブを取らないと見えないんですよ。ボクが」


「不便なんだか便利なんだか分からんな」


 魔法は便利だがそういうこともあるか、と納得しかけたところでマスターが口を開いた。


「は? 誰に見えて誰には見えないか自由に選べて普通のローブに偽装できる透明マントは私しか作れないし他に存在しない便利グッズなんだが?」


 急にまくしたてられて驚いた。

 この人、変な音以外に普通に話すことができるのだな。


「マスター、しゃべったぞ」


「その人、魔法のことになったら早口になるんですよ」


熱心な愛好家オタクというやつか……」


「エヘ……」


 バイトが自分の話をしている時はすごく嬉しそうにしているのだが、魔法の話になった途端に真顔で早口で話すから少し近寄りがたい雰囲気がする。

 この人が私の雇用主になるのだと思うと先が思いやられるところだ。

 優秀な魔法使いには違いないだろうが……。


「……バイト、とりあえず甘いコーヒーでもくれないか」


「僕の許可もなくバイトに命令しないでもらえるかな?」


「いいですよ、何か淹れてきますね」


 マスターの言葉をまったく無視してバイトがカウンターの奥に引っ込んでいった。

 あれはたしか苦くて濃いものエスプレッソを作る機械だったか。


「ふぇ……」


 無視された形のマスターは見るからにかわいそうなほどショックを受けている。

 よもやバイトに自分の主人を無視するだけの図々しさがあるとは思えないから、きっと理由がある。


「もしかして、姿だけではなく声も消せるのではないですか?」


「わ、忘れてた……これそういうローブだった……」


 マスターがローブの袖をぎゅっと握ったまま椅子の上で小さくなる。

 なんだこの生き物、放っておけないぞ。

 目を離したすきに転んでしまう子供みたいだ。 

 

 無視されたのがよほど堪えたのか「うぇぇ……」と涙声が聞こえてきた。

 可哀想だから気晴らしにでもならないかと話に誘ってみる。


「バイトとは親しいようですね?」


「ふふ……顔が良くて真面目なイケメンが僕にコーヒー入れてくれるからね……」


「否定できない」


「分かる!? やっぱ誰だって執事服を着た青年にお茶とお菓子を作ってもらいたいよね?!」


「分かったのでもう少し声を抑えてもらえますか」


「あっ……すみません……」


 愛好家オタクってそういうところあるぞ。

 否定しはしないしよく分かるから同意見なのだが。


「まぁ、私もそういうところがあるから来ていますが」


 とはいえバイトと親しい女性が同じ理由で来ていることを知ったら、どうにも胸が騒ぐけれど。


「だってさ……研究に詰まって発狂してる時にさ、『お茶でも飲んでゆっくりしていってください』って優しく言われてみなよ……あれは落ちるよ……」


 ぐでーっとテーブルの上に溶けたようにうなだれるマスターから、小さな声だがそんな言葉が聞こえてきた。

 うちのスカーレット姉様が上手く陶芸品を作れなくて「でーきーなーいー」と泣きながらソファで暴れている時と一緒。


「まぁ、そうですね……」


「やっぱり癒しって大事だと思うんだよね……美味しいお茶とスイーツなんて無限に食べられるじゃん……でも研究って無限に発狂するじゃん……対消滅させるしかないじゃん……」


「分かったような分からないような」


 私はこうやってバイトの店に来て話をしてお茶ができれば満足だが、大人というものは大変なんだろうな。

 ルバート兄様みたいな冒険野郎は毎日楽しそうだから別としても。

 そもそも生きてるのかあの人。


「しばらくお店に来れてなかったから心配だったんだよ……ここがなくなったらストレス解消できないじゃんね……」


「お疲れ様です。魔法使いともなれば苦労も多いでしょう」


「へへ……《世界を渡り歩ける人プレインズウォーカー》とかなるもんじゃないよ……」


 プレインズウォーカー、たしか世界に何人もいない別の世界に移動できる魔法使いか何かだった気がするが、まぁ愛好家オタクは話を誇張するものだしな。


「でも、お茶とお菓子ばかりでは、その、体重が気になるのではないですか」


「うぐ……や、やっぱり邪魔、だよね、これ」


 マスターが唐突に自分の胸を手に取った。

 頬を赤らめた女魔法使いが自分の胸を強調させる姿は昼間から人前で見せていいものではないし、さてはこの方は食べた分だけ大きくなるタイプだな。

 姉がそうだからよく分かる。母もそうだったというからよく分かる。


「邪魔です。一刻も早く取り除くべきでしょう」


「でも”うちのバイト”はたまに視線がここに向いてるよ……?」


「”私のバイト”にそんなことはさせません」


 なんだか引っかかる言葉があったから対抗しておく。

 マスターの顔も何故だか私をからかうような笑みになっているように見えるのも気のせいではないだろう。


 二人分のコーヒーを盆に乗せたバイトがやってきた。


「変な噂を流されていた気配がするんですけど」


「気のせいだ」


「気のせいだよ」


 バイトは疑いながらもコーヒーを置くと、「剣呑な気配がする……」と言いながら椅子に座った。

 マスターの隣に座ったことに気づいていないのか、マスターが身振り手振りでバイトの所有権を主張しているが、これは無視しておく。


 コーヒーはカフェラテのようだったが、上に何か載っていた。


「カフェラテを改造してみました。甘い生クリームとチョコソースをかけてあります」


「甘そうだが、甘すぎないか?」


「マスターの好みなんですよ」


「へへーん」


 勝ち誇ったように笑顔でダブルピース。

 ピースに慣れていないのか指が伸び切っていないし、表情筋が乏しいのか引きつった笑顔になっている。

 無性に胸が騒ぐのでバイトを蹴っておく。


「痛いです」


「痛くしているんだ」


 怒りを覚えたがコーヒーに罪はないのでありがたくいただく。

 子供向けのような甘さの後に、苦くて濃厚なエスプレッソがコーヒーの味を残していく。


 まぁ、これはこれで悪くないし、苦味の強いエスプレッソで生クリームとチョコソースの甘さを楽しめるならリピートしてもいいかもしれない。

 スイーツと合わせても良さそうだ。


「これがあると研究が捗るんだ……カフェインと甘味は脳に素早く届いてストレスを消してくれる……」


 子供のように両手でカップを手にして油断しきったふにゃふにゃの笑顔を見せるマスターは、とてもこの喫茶店の道具を整えた偉大な魔法使いには見えないが、バイトの作るお茶とお菓子が好きな人間には違いなさそうだ。


 目の下のクマが濃くて今にもマスターが倒れそうで不安だが。

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